第7話 食費削減作戦
「このような場所にお越しになられるなんて……何かお口に合わない料理がございましたでしょうか……?」
それはもうとてもとても悲しそうな表情の、幸薄系の料理長が慌てて調理場から出てきた。
ちらっと見た調理場は非常に綺麗だし、働いている料理人達の雰囲気もそこまで悪いものではないが、俺が現れたせいでかなり緊張感が走っている。
「料理長。今日の料理は全て安価の食材にしてくれ」
「っ!? も、申し訳ございません。セシル様の命令でもそれは……」
「お父様の許可がなければってことだな?」
「は、はい」
「僕はこれから二年間行政を仕切ることになった。当然お父様の許可でな。これは今後の食費に関わる大事なことだ。料理長には協力してもらいたい」
「!?」
そりゃ驚くよな。十歳児が行政を仕切るって言われたら。こんなやり取りも四回目くらいだな。
「それに気になることがある。高級食材は美味しいは美味しいが、どうやらお母様が太り始めた原因がそれにあるんじゃないかなと思う。このままでは不健康で……取り返しのつかないことが起きるかもしれない」
「それは……」
「アリスから聞いた。どうやら料理長の料理はどれも美味しいらしい。ぜひその手腕を振るってもらいたい。お母様、お父様のためにも。頼む」
俺は深く頭を下げた。
「セシル様っ! 頭をお上げください!」
慌てる料理長と、調理室内の料理人達もものすごくびっくりしている。
「今日だけでいい。全ての責任は僕が持つ」
「……わかりました。セシル様にそこまで言われ……何もしなければ料理長として……いえ、大人としていけないと思いました。セシル様に力添えできるところは可能な限り力添えをいたします」
「ありがとう! 今日の夕飯楽しみにしてる」
「ははっ。我々一同、最高の料理を作らせていただきます」
「ああ。頼んだ」
そして――――食費に関わる大きな戦いが火ぶたを切って落とされた。
◆
夕飯の時間。
貴族らしい長いテーブル。向こうに父と母がいて、結構離れて俺がいる。
貴族にしては珍しく兄弟がいないので、前世の感覚から寂しいと感じてしまうような食卓である。
「お父様。お母様。先にお二人に断らなければならないことがございます」
「む? どうしたんだ?」
「実は……こちらの本を読みました」
俺は一冊の本を両親に見せた。
「それは……食と体について書かれた本だな」
さすが父。読書が一番の趣味でもあるからか、見ただけでわかるんだな。
「その通りでございます。こちらを読み進めると……とても興味深いことが書かれておりました。確証はないが、バランスが取れた料理と食材は、体に大きく影響し、やがて健康維持にも一役買うと! お母様もご存知ですよね?」
「そ、そう……ね」
「ですがうちの食卓は……食材が全て……脂っこいものばかり! このままではお父様とお母様の健康にまで問題があるかもしれません! ですから……僕は心からお父様とお母様のために……料理長に怒りました!」
嘘だけどね~。
「セシルちゃん!?」
「どうして不健康な料理ばかり出すのかと! そうすると……どうやら一定の価格以上の食材のみを使っているというのです! それは……貴族としては素晴らしいものかもしれません。ですが……僕は……これからもお父様とお母様の健康で……一日でも長く家族三人が一緒に過ごせるようにしたいっ! 誠に勝手ながら料理長に今日から健康意識の料理を作るように命じました!」
「セシル……」
「セシルちゃん……」
「お父様。お母様。どうか……ご自身の体を労わってください。でなければ……僕は……」
食費がかかりすぎるんだよぉおおおお! 僕の死亡フラグをへし折るためにもお金が絶対に必要なんだ! いらん食費ばかりかかるのは本当にごめんなんだよ!
二人はお互いに顔を合わせた。
「そ、そうだな……貴族の見栄ばかり気にするより、セシルとの時間を大切にしなければな」
「貴方……」
ちょうどタイミングよく料理長が料理を運んできた。
セバスがタイミングを見ていたようだな。
ナイスすぎる執事セバス! 仕事出来過ぎくんだよ!
ものすごく緊張した面持ちの料理長。
俺達の前に美味しそうな料理が並んだ。
「ほ、本日の料理でございます」
「料理長。僕が言った通りにしてくれたみたいで嬉しいよ」
「はっ。こちらの料理から説明させていただきます」
それから料理長は、食材やその効能、味なども詳しく説明してくれた。
食べてみると――――いや、高級食材も確かに美味しかったけどさ。これはこれでめちゃくちゃ美味しいというか……てかうちの料理長、料理上手すぎなのでは? え? こんな美味しい? ありえなくない?
アリスが何でも美味しいって言ってたけど、あれって冗談でも庶民的な考えでもなかったらしい。本当にめちゃくちゃ美味しい。
「あら。腕を上げたわね。料理長」
「ははっ。奥方様にはまだまだでございますが――――」
「えっ! お母様って料理作れるんですか!?」
一瞬焦る母。思わず声に出してしまったらしい。
これは……チャンスかもしれない!
「僕、お母様の手料理も食べてみたいです! 料理長の料理もすごく美味しいんだけど……お母様の料理ってこれよりも美味しいんですか!? 料理長! どうなの!」
「……それはもう。私は奥方様の料理の腕に憧れておりました。いえ、今でも……でございます。あの頃の奥方様の料理は、素晴らしい中に……深い愛情がございました」
深い……愛情……?
「料理というのは調味料以上に、作った者の想いが宿ると言われております。私は今でも……あの時に食べた奥方様の料理を忘れることができません。これからも精進してまいります」
「お母様!」
「セ、セシルちゃん……」
「こんなに料理が上手な料理長が憧れるお母様の手料理……ものすごく気になります!」
最初は食費を削るために始めたことではあるんだけど……もしかして母って料理が好きなんじゃないのか? ならば、せっかく才能があるならどんどん作ってほしいよな。だって、好きなことをするときが一番楽しいじゃないか。
「……ええ。わかったわ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「セシルちゃんのために、明日の昼食は久しぶりに私が作りましょうか」
「う、うむ」
父ってたぶん母が馬鹿にされた話を知っているはず。だけど、たぶん母の料理が美味しかったのは覚えているんだろうし、実は誰よりも期待しているのは――――父だったのかもしれないな。




