第6話 次の課題とメイド
「領主代理セシル様に敬礼!」
兵士団長の声に合わせて兵士十名がビシッと敬礼する。
その後ろでは悔しそうにしているゲスリン傭兵団の面々と、どこか面白そうにしているシェイル商会の面々がいる。
よし。俺の番だな。
「こほん。では安全第一で領民の命最優先で。道中自己判断でシェイル商会からの援助を受けても構わない! 傭兵団も討伐依頼は慣れていないと思うので、兵士団の指示にはしっかり従うように!」
「はっ!」
そして、シェイル商会の一団の移動と合わせて兵士十人と傭兵団数十人が旅に出かけた。
「本当にゲスリン傭兵団が来るとは……中々壮観ですな」
「兵士団長も思った?」
「あのデリオン商会お抱え傭兵団ですからな。よく手名付けましたね」
「手名付けというか……自滅かな? 我が家を陥れたこと、後悔してやるよ」
「……くくっ。まさかあのセシル坊ちゃまがこうなるとは思いもしませんでした」
「そう?」
「ええ。変わられましたね」
「良い方に受け取るよ。でもこれからだから、兵士団長にもいろいろまたわがまま言うと思うけど、よろしくね」
「ええ。でも、こちらの提案の件もよろしくお願いします」
「当然だよ。そもそも予定範囲内だから」
シェイル商会一団が見えなくまで見送った。
◆
数日後。
さて……資金投資と宝石の一件は一旦これでひと段落だとして、まだまだ問題がある。
「セシル様~紅茶を淹れました!」
笑顔いっぱいのアリス。
まだ十歳くらいだけど、可愛い少女だと思う。
けっして、おっさんとしてじゃなくて同年代としてな。セシルちゃん(10歳)だから。
「ちゃんとホルマ紅茶にしてくれたか?」
「はい。でも……ピュリシャ紅茶にしなくてよろしかったのですか?」
ピュリシャ紅茶はいわゆるSランク紅茶。ホルマ紅茶はシェイル商会で出されたBランク紅茶だ。
「ああ。コップをもう一つ用意してくれ」
「もう一つでございますか……? かしこまりました」
目を丸くしてもう一杯の紅茶を用意してもらった。
「アリス。飲んでいいぞ」
「ひぇ!?」
びっくりしたアリスは、驚いたまま固まった。
名付けて“石化アリス”。
最近俺の楽しみの一つである。
アリスは思考回路がショートすると、固まる性格らしい。
ゲームで石化したキャラって本当に石になるんだけど、それにそっくりで面白過ぎる。
彼女の石化が解除になるまで紅茶を堪能する。
ん~娯楽とかもないし、魔法とかも撃てない俺にとっては、この時間が一番至福の時間である。
異世界の紅茶はBランクですらめちゃくちゃ美味しい。
「アリス~もう一杯くれ」
「はっ! か、かしこまりました!」
「あ、こっちは僕が飲むから新しい方はアリスが飲んで」
「ひぇ!?」
「アリス~紅茶淹れながら石化すると大変だぞ~」
「ふええええ!?」
それはもう見事な慌てっぶりに、ニヤニヤが止まらない。
これはけっしておっさんとしての自分ではなく、セシルちゃん(10歳)の脳で楽しんでいるのだ。けっして、変なことを想像しているわけではないのだ!
相変わらずあたふたするアリス。
「落ち着いて座ったらどうだ?」
「ひょえ⁉ む、む、無理ですよぉ……」
「そうか……アリスは僕とは一緒に飲めないのか……」
「しょ、しょんなことありましぇん!」
人ってびっくりすると呂律も回らなくなるんだな。
ノックする音が聞こえて、セバスが入ってきた。
「セシル様。――――ん?」
「セバス。ちょうどいいところに来た。アリスが一緒に紅茶を飲んでくれなくてな」
察しの良いセバスはそっとアリスの肩に手を載せて、椅子に座らせた。
「セ、セバス様!?」
「アリス。メイド道というのは主様の望みを聞くこと。しっかり自分の役目を果たしなさい」
「で、ですが……セシル様とお茶だなんて……」
「セシル様がそれを望まれている。ならばそれに従うことこそが大事だ」
「ふえぇ……」
さすがセバス。執事道を極めし我が頼りある執事である。
俺をチラッチラッと見ながら震える手で紅茶を飲み始めた。
「おいしい……!」
そうじゃろうそうじゃろう。貴族が嗜むだけのことはあるよな。紅茶。
「それでセバス。どうしたんだ?」
「はい。先日言われました相場表が出来上がりましたのでお持ちしました」
「さすがはセバスだ。仕事が早い」
彼が持って来てくれた三枚の紙を見る。
そこには、うちが購入していた高級食材の品々がずらりと並んでいて、購入した価格と王都を基準にした平均的な値段が書かれていた。
「……五倍か。やってくれるな。デリオン商会」
魔獣がいる世界なので物流にお金がかかるのはわかるが……これはあまりにも高いというか、ぼったくりすぎる。
もちろん、運搬中に紛失してしまい大きな打撃を被るケースもあるので、多少は上乗せするのが当たり前だが、それでも五倍はあまり聞かない。
あの宝石にしろ……余程我が家を舐めているらしい。
「それと例の件はどうだった?」
「はっ。どうやら……裏にブルス子爵が絡んでいるようです」
「ブルス子爵って……お父様とそこそこ仲良かったのでは?」
「……表向きでは」
「そういうことか。ありがとう。いろいろ腑に落ちたよ。まあこれからはシェイル商会に頑張ってもらうとしよう。問題は……お父様達を説得することだな。どうしようかな……」
アリスが目を丸くして俺を見つめた。
「なあ。アリス」
「は、はひ!」
「どうすればお父様達に普通の食材の料理を召し上がってもらえるかな?」
「ふ、普通の食材って……普通のですか?」
普通の食材って普通以外何があるというのか。
「こほん。そうだ。それこそ、アリスやセバスが口にしている食材と同等の物をだ」
「あ、あまり想像できません……」
「そうよな~」
一瞬、何かを言い出そうとして、止めるアリスだ。
「構わない。言ってみてくれ。いいヒントになるかもしれないから」
困った表情でアリスがセバスを見つめると、小さく頷くのが見えた。
「え、えっと、高級食材もそうですが……料理長様がとてもすごいもので……なんでも美味しいんですよね……それはダメなのでしょうか……?」
「ん? 料理長……?」
そういや、うちの料理って、わりと何でも美味しいよな。
あれ? 昔は母も手料理なんてしてなかったっけ?
「セバス。昔、お母様が料理をしていた頃ってなかったっけ」
「ございました」
「あれは何でなくなったんだ?」
「…………」
「いいから正直に言ってくれ」
「はい。どうやら王都のお茶会で、奥方様が料理をしていることを……少々茶化されたようです。料理は庶民がするものだと」
「あ~そういうことか。そっか……馬鹿にされ……ん? 嫌いになったわけではないんだな?」
「はい」
「ん? もしかして……お母様達が太り始めたのもその頃か?」
「…………」
さすがにこれには答えないが、顔を見るとわかる。
なるほど。いろいろ合点がいった。
「アリス! よくやった! いいヒントをもらえた!」
「ふえ!?」
「ご褒美にこのお菓子を全部やる」
「ひょえええ!? む、む、無理ですぅうううう!」
それから拒否し続けるアリスに、半ば強引にお菓子を食べさせた。
泣くくらい美味しかったらしい。




