第47話 レベル0vs社交界ラスボス
「アレン。どこか変な感じしたりしないよね?」
「はいっ! とくに違和感は何もありません。それより、不思議と水の力が使えそうな感じがします」
「本当に? どんな感じだ?」
アレンは両手を合わせて皿の形を作る。
すると中に綺麗な水が湧き出た。
「おお! 水が出た!」
「ウンディーネ様のようにたくさん作ったり操作するのはできませんが、ちょっとした手洗いくらいはできそうです」
「それは便利だな。これでタオルとか濡らせばいろいろ使い道もあるしな」
「はい。これから練習してみます」
なんだか嬉しそうにするアレンに俺まで嬉しくなりそうだ。
アレンが契約したウンディーネだが、どうやら二人は離れていても意識が繋がっているようで、契約を結んですぐに離れたけど、とくに問題はないらしい。
これでアレンに伝言を頼めば、いつでも水を送ってもらえるが、そのための配管を通す必要があるので、それはまだ少し先の話だ。
それにしても……どうしてウンディーネはアレンと契約したかったのだろうか? てっきり契約するならエヴァかソフィアになると思っていたのだけれど……。
まさか……面食い的な……? 将来、絶対にイケメンになるであろうアレンに先に目を付けたとか……ないよな?
まあ、考えても仕方ないから、今は前に進むしかないな。
俺達は森から辺境伯の城に帰ってきた。
◆
高級調度品が並んだ貴賓室。
俺の向かいに辺境伯、辺境伯夫人、細身の中年男性が座っている。
この中年男性は、行政官のトップの人だ。うちで言うなれば、ティルのような存在だ。
「それで? 水道橋は作れそうかしら?」
ミリア様の目が厳しく光る。
「結果から申し上げますと、都アデリアのような水道橋は作れそうにありません。もっと詳しく話すと、作ることは可能ですが、多くの建物を破壊することになるでしょう。そうなると……せっかく美しく建っている都ファリスの景色に違和感があると思われます」
「そう。都アデリアのような……ってことは、そうでないタイプの水道橋なら建てられるってことかしら?」
「はい。その通りです。ドゥルグ」
「はっ」
後ろに立っていたドゥルグがテーブルに計画図面を広げる。
「まず水路の問題を解決するために、地下水を都ファリスの中央に送ります。ここからそれぞれの方向に水を送るようにする予定です。それに伴い、地上にはそれぞれ上がってくる場所に大きな塔を建てます。それを『水道塔』と名づけましょう。そこから必要な場所に水を送れば、多くの場所で水を利用できると考えています」
「その水をどうやって都中に巡らせるのかしら?」
「塔から配管を通して送ります。全ての建物に通すまでは結構時間がかかると思いますが、不可能ではないと思います。都アデリアのような橋状の建物ではないので都ファリスの外観を損なうことなく、ポイントごとに高い建物が立つことで目印にもなるかと思います。塔の前には噴水や水飲み場を設置すれば、都アデリアのように水に不自由することはないでしょう」
「ふふっ。さすがなのね。あの都アデリアをあれほど開発できた腕は確かなようね」
「ありがとうございます」
「しかし……これほどの大掛かりな工事。請け負えるのかしら?」
「それについては何とかなると思います。ただ、問題があるとするなら、期間がかかること。今のうちの職人達だけでは都アデリアの開発で手一杯。なので都ファリスの職人達と協力する必要があります」
「ベイン? 貴方はこの件はどう思うのかしら?」
ミリア様の視線が中年男性に向いた。
ずっと聞いているだけだったけど、この事業にかなり興味があるようで目が輝いている。
「素晴らしいと思います。こちらの工事は都ファリスの職人達だけでも請け負えるでしょう。技術の問題はドゥルグ大工屋との協力できっと解決できると思います。私から見える問題点は……塔も当然ですが配管とやらの材料の仕入れでしょうか」
さすがは行政を担ってるだけのことはあるな。
「素材ね。セシルくんは何か解決策でもあるの?」
「いえ。ありません。とにもかくにも王国内から買い集めるしかないかと思います」
「買い集める……ね」
「鉱山があればすぐに掘れるでしょうけど、そう都合のいい鉱山などありませんから。アルゲマイン州に鉱山はありませんよね?」
「あるにはあるけれど、この量を賄えるほどの大鉱山はないわ。それよりドルゲマイン州の鉱山を探した方が早いのではなくて?」
「ドルゲマイン州の……ですか?」
「ええ。昔の書物には、ドルゲマイン州には大鉱山がいくつもある可能性があると書かれていたもの」
昔の書物……? いったい何のことだ?
というか、そもそもドルゲマイン州に鉱山があるという話はない。何故なら、それがわかっているなら先祖や父がとくに開発しているからだ。それくらい鉱山は異世界では収入に直結する。
でも実際ドルゲマイン州に鉱山が存在するのも事実だ。そう。ゲーム通りなら。
そんなことをミリア様が知っているってことは……と思うけれど、もし転生者ならそういう接し方になるはず。そうでないなら、書物とやらは本物か。
「その書物というのは……?」
「ふふっ。ここだけの秘密よ? 実はドルゲマイン州は――――昔のアルゲマイン州だったの」
「えっ……?」
「ほら、名前も似てるでしょう? 元々辺境伯家が治めていたのが今のドルゲマイン州。けれど立地だったり、当時の経済や政治的なトラブルであの地を離れなくちゃいけなくてね。今のアルゲマイン州に引っ越したの」
初耳なんですけど!?
「引っ越した後、辺境伯家がドルゲマイン州に何もできなかったのは、当時からあの地には多くの資源が眠っていることを知った他家からの圧力があってね。それから数百年が経ってみんな忘れてしまって、今の形になっているだけよ。だからね。あの地には……今でも無限に等しいと言われる資源が眠っているはずだわ」
そういう過去があったのか……。うちが知らなかったのは、その利権を巡ってドルゲマイン子爵家だけが蚊帳の外で争って、結果的に誰も勝てないまま、年が過ぎ、ドルゲマイン州はあの状態のままになったってことか。
「さて、これだ――――」
「ミリア様のお話が本当ならとても有用な情報だと思います。ですが、それはあくまで昔の書物の話。今もあるかはわからず、それがどこにあるかも特定できていません。僕はそういう曖昧なもので話を進められません。この事業は……ドルゲマイン家にとって、ものすごく大きな事業になりますから」
「……何が言いたいのかしら?」
「もしミリア様の仰る通りにドルゲマイン州で大鉱山が見つかるのなら、そこから採取した鉱石で配管を作れるでしょう。それができたなら多少は元の価格よりは安く提供させていただきます。それと工事費用ですがアルゲマイン家主導での事業になると、我々の技術やアイデア、理念が崩れかねません。ですので都ファリスの大工屋はあくまで我が家が雇う形にしていただきたい。工事は全て――――我がドルゲマイン家が請け負うのが条件です」
ミリア様が鋭い目で俺を睨みつける。
だがそれに屈していては、こちらばかりが損を被ってしまう。
婚約者ではあるが、あくまで貴族と貴族の交渉。こういうのはしっかりしてないと。
「それともう一つ大事なことを伝えなければなりません。実はこの工事の一番大事な水源の話です。ウンディーネ様からの協力も我がドルゲマイン家が取りつけました。地下水を送ってもらいます。その上で都全土に送るためには、こちらにいる我が魔導兵団長のエヴァの専属魔法が必要になります。それを動かすために定期的に彼女の魔力が必要になります。それについても……毎年使用料を支払っていただきます」
「っ……! こちらはソフィまで出しているのに、その程度の額も支払わないというの!?」
「この契約にソフィア様は入っておりません。仮に入っていたとしても僕は拒否するでしょう。彼女は売り物ではありませんから。これはあくまで辺境伯家と我が家の交渉事にしか過ぎないと思っております」
「王国内にドルゲマイン子爵家の評判を食い止めたのはアルゲマイン家よ!」
「知っております。当然、感謝もしております。ですが……ミリア様もおっしゃったではありませんか。ソフィア様を迎え入れるくらい王国内でもトップに上り詰めろと。この工事はその足掛かりです。水という生活に欠かせないものを街中に巡らせる。それに対価を払えるお客様と手を組む。代わりに我々はお客様に寄り添って最高のクオリティを提供できると自負しております。それを“無償”などという曖昧でいいかげんな契約にはしたくありません」
俺とミリア様の間に火花が散る。
歴戦の猛者でもあるミリア様とこうして交渉事を交わすのが如何に危険なことかくらい知っている。
だが、魔法を思いついてくれたエヴァやこれから工事に尽力してくれるドゥルグ達に、成果を自慢できるくらい手柄を立てさせたい。それを勝ち取ることこそが……俺の役目だ……!
「あ、あのっ! お母様!」
隣に座っていたソフィアが立ちあがりながら声を上げた。
「ソフィ。貴方はこの交渉には――――」
「いえ! 私も当事者です! お母様がセシル様に力を貸してくださったことは聞きました。お言葉ですが……お母様が力を貸さずともセシル様なら乗り越えられたと思います! 私はあの地でセシル様をずっと見てきました。水道橋のことも当然ながら多くの民がセシル様を慕っております。セシル様の力があるからこそ、都ファリスの水路事業がようやく活路を見出せる。お母様がそう思ったからこそ今があるのではないんですか? でしたらセシル様を信じて賭けてみるべきです! 私はこれからもずっとセシル様のお傍で力になりたいと思ってますっ!」
貴賓室にソフィアの覚悟が込められた声が響き渡る。
直後、少し顔が赤くなったソフィアは、ちょこんと座った。
何だか……こう……婚約者からここまで言われると……こそばゆいのもあるけど……嬉しさもあるな。
誰かにここまで期待されるなんて……いつぶりなんだろうか。
「ぶわっはははは!」
辺境伯が大声で笑う。
「貴方ッ!」
「ミリアの負けだな! しかし、生きててミリアが負けるとこを見る日が来るなんて、セシル・ドルゲマイン。なかなかやるではないか」
ミリア様は苦虫を嚙み潰したような顔になって、そっぽを向いた。
「お前の提案通りにしよう。だが一つだけ忠告しておこ」
「?」
「……もしここまで言っておいて失敗でもしたら……うちのミリアを怒らせたことを後悔するだろう。それくらい責任が重いことだと理解しての交渉だったんだろう?」
「……はい。そもそもそういう自信がなければ、この話は最初から断っています」
「クククッ。その歳で肝が据わっているな。面白いじゃねぇか。グン! お前はどう思う?」
「いいと思うぜ。見た目以上に、中にはどす黒いものがある気がするからよ」
ど、どす黒い!? 俺が!?
ま、まあ……否定はしない……全ては……銀貨のために!
こうして、俺は都ファリスの水路計画を請け負った。




