第45話 都ファリス水路計画
都ファリスに来てから五日が経過した。
毎日朝には出掛けて夕方に戻る生活を繰り返した。
辺境伯や夫人、ソフィアとは常に夕食を共にしていたので、ほぼ毎日顔を合わせている。
辺境伯は執事のグンとはずいぶんと仲がいいみたいで、グンが俺達に連れ回されていることに無邪気に笑ったりしていた。
「そんで? 今日はどこに行くんだ? 街の方が全部回っただろ?」
グンがだるそうに聞いてくるが、彼はいつもこんな感じだ。
辺境伯はともかく、他の貴族に対してもこういう態度なんだよな。
「今日は一番重要な場所かな。あそこ」
「あそこって……そこ地面だが」
呆れたような表情をするグン。
「そう。その下だよ」
「下……? ああ。地下水路ってことか」
「その通り」
「わかった。でも、いいのか?」
「ん?」
「地下水路ってことは――――」
◆
予想していた通り、鼻を突く匂いがする。
一緒に来たエヴァとかは、わりと顔が絶望に染まっている。
「エヴァ。無理しなくていいよ」
「い、いえっ! 行きます!」
エヴァもずいぶんと仕事熱心だな。
無理して倒られると困るけど……まあ、本人の意志は尊重しないとな。
俺達はジメジメした地下水路へと降り立った。
中は、暗くてジメジメして臭いが、すぐにグンとアレンが明かりで周囲を照らしてくれる。
ランタンは光の強さこそ弱めだが、非常に広範囲が見える。
これもまた魔法がある異世界の不思議だな。
「それで? こんな酷い場所で何をするんだ?」
「ドゥルグ。ここならどうだ?」
俺の質問に周りを見渡すドゥルグの目が光る。
「まだ確信はございませんが、もし水路を通すならここしかないと思います」
「やはりか……困ったな」
そう。
実はここ五日間、都ファリスを歩き回って水道橋をどう設置するかを考えたが、残念なことにほぼ不可能だった。
その一番の理由は、都ファリスが規則性正しく建物を建てたこと。
都アデリアの場合は、良くも悪くも建物がほとんどなかったり、ボロい建物が多かったスラム街が大半だった。それを撤去して水道橋を立てやすかった。
だがもし都ファリスでそれをやるとなると、正常に住んでいる建物を取り壊す必要があるし、そこにもう家は建てられない。となりと、住民達に大きな被害が起きる。
おそらくだが……あの女狐辺境伯夫人はそれも見越しての依頼なんだ。
地下水路内を歩き回る。
隣を通る下水からは、やはり当然のように酷い匂いがするし、あまり直視したくない。
しばらく回り、都ファリスの地図と地下水路の地図を頭の中で同期させられた。
「ドゥルグ。第二ポイントはどうだった」
「はい。セシル様の案はやれるかと思います。ただ大きな問題がございまして……」
「水を上に送る方法だな?」
「その通りでございます。ここまでは工事を進めれば、配管は通せるかと思います」
「わかった。ありがとう。やはり方法はこれしかないか。さて……どうやって上げればいいか」
ドゥルグと話し合ったことは一応何とかなりそう。
都アデリアのような水道橋は無理だが、類似モノなら作れそうだし、これであの女狐辺境伯夫人と交渉できる。が、実戦できるかどうかが一番の問題だ。
「セシル様? 何かお困りですか?」
匂いにも慣れたのか、多少は顔色が普段通りに戻ったエヴァが声をかけてくれた。
「ああ。仮にここに水があったとして、それを上にあげる方法がなくてな。水は基本的に下に流れるから上に流す方法が思いつかないんだ」
「水を上に……」
何かを考え込んだエヴァは周囲を見渡したり、壁をじっと見つめたりする。
そっと壁に手を振れた。
ドクン。
何か心臓の鼓動にも似た音がエヴァから響く。
そのたった一瞬の音に、心臓が跳ね上がる。
それはまるで――――魔法のような。現実を飛び越えた現実。異世界だからこそ存在する……魔法だ。
壁に赤い魔法陣がゆっくりと浮かび上がる。
ゆっくりと色が濃くなり、紋章も鮮明なモノへと変わる。
壁に向いていたエヴァがこちらを向いた。
その顔が、とても明るい笑顔だが、どこか疲れたような面影もある。
「エヴァ……?」
「セシル様っ! 上に水を送る魔法……作りました!」
「えっ!? 作った!?」
「はいっ!」
す、すげぇええええ! 賢者すげぇええええ! てか魔法って作れるのか!? いや、絶対簡単じゃないだろ! エヴァの才能大爆発だな!
「え、えっと、セシル様」
「うん?」
「この魔法陣の名前。私に決めさせてもらってもいいでしょうか?」
「そりゃもちろんだよ。そもそもその魔法はエヴァのモノなのだし、僕に許可なんて取らなくても」
「いえっ! 私はセシル様に仕えていますから、全ての決定権はセシル様にあるんです」
「……そうか。ああ。その魔法はエヴァに任せるよ」
「ありがとうございます! この魔法の名前は……ふふっ!」
お、おう……何だかすげぇ嬉しそうだな。
「ここに水さえ持ってくれば、この魔法陣の力が上に送ることができると。ん? エヴァ。その魔法はどのくらい持続するんだ?」
「こちらに同じ魔法をかけた魔力を注入すれば、一月は発動し続けると思います」
「となると魔力は常にエヴァが注入しなくちゃいけないのか?」
「厳密にはそうなります。ですが、魔力は魔石に封じ込めることができるので、私が都アデリアから魔石に魔力を入れて送れば、こちらを維持することは難しくないです」
「おお! つまり……この魔法陣を維持するのにはエヴァの魔石が必要と。となると……! でかした! エヴァ! 特大ボーナスを支給する!」
「! それって私が選んでもよろしいですか?」
「ん? ああ。エヴァの好きなもので構わない」
「やった~! ありがとうございます!」
何かすごく欲しいモノでもあったみたいだ。
さて……クククッ。これであの女狐辺境伯夫人とのバトルが楽しみになってきたな。




