第44話 都ファリス
「ちっ」
舌打ちする辺境伯を前に、今でも冷や汗が停まらない。
あとから知ったことだが、どうやら辺境伯は大陸でも随一の剣士らしくて、剣術を嗜む程度の貴族とは違い、それが“本職”だという。
そんな人の剣を怒りに任せて振るわせるなって!
「セ、セシル・ドルゲマインです」
「ちっ」
あ、あはは……こりゃ……めちゃくちゃ嫌われてるな。
「お父様?」
「!? こほん。俺はティル・オル・アルゲマインだ。お前の隣に立つソフィの父である」
知ってるよ……!
って返事はしないけど、軽く会釈した。
「お前がうちのソフィと婚約をしているにも関わらず、他の女に手を出そうとしたのは聞いている」
「そ、それは……」
「うちのソフィを泣かせるような奴は、俺が全員叩き切ってやる。今度同じことをしたら覚悟しておけ」
「は、はい」
「……それはそうと、そいつの名は何という」
辺境伯の視線が俺から隣に向いた。
「うちの執事のアレンといいます」
「アレンか。どこ出身だ」
「出身はわかりませんが、都アデリアの孤児です」
アレンが小さく会釈した。
「孤児か……そうか」
どうやら辺境伯はアレンのことが気になるようだ。
俺からしてもアレンくらい優秀な人材があの過酷なところで生き続けられたのが不思議に思える。
たぶんだけど、アレンはこの年齢にして餓死してしまうのだろうな。
もし生きていたなら“ホーリーソード”でも必ず出てくるくらいにはイケメンだし、強いし、なんかキラキラするし。
「お前が望むならうちで雇ってやるぞ?」
!?
おいおい、まてまて! うちの優秀な執事を!
アレンが深々と頭を下げた。
「発言失礼いたします。大変申し訳ございません。僕は死ぬまでセシル様の執事でございます」
「ふんっ。そんな奴の何がいいんだか」
「セシル様は最高のご主人様でございます」
アレン……!
感動……してしまった! 俺……頑張るよ!
「おい。セシル。都ファリスの水路計画はちゃんとやれるんだろうな?」
「それでしたら、これから部下達と見回る予定です。その件で、都内を自由に入れるようにしてもらいたいのですが」
間髪入れずに辺境伯が指を鳴らす。
後ろから一人の執事がやってきた。
でも何か不思議な気配がするし、執事と言えばビシッと着こなしているのが当たり前だが、胸元は開いているし、ちょっとだらしない格好の執事だ。
「グン。こいつに付いてって、都内の案内を頼む」
「はあ。代わりにあれをくれるなら受けてやってもいいぞ」
「お前は執事だろ! 報酬を要求するなっていつも言ってるだろ!」
「ふざけるな。俺がお前に合わせてやってるだけだから」
え、えええええ!? 執事が口答えどころか、めちゃフレンドリーな話し方!?
でも辺境伯も気にする様子は見せない……?
「はあ。わかったわかった。例のやつな」
「うむ!」
「おい。セシル。こいつはグン。一応、俺の執事の一人だが、領内で一番顔パスが効く。どこにでも連れ回していいぞ。というか――――ガンガン連れ回してくれ!」
「あはは、わかりました。では早速、みんなを待たせているので回らせていただきます。帰りは夕刻くらいになると思います」
「おう。さっさと行ってこい」
あしらうように手でシッシッと払う仕草をする。
この辺境伯……若さも気になるが、ずいぶんとガサツというか何というか。
もっと貴族貴族しい人を想像していたのだがな。
“ホーリーソード”だとたまの接点があるくらいだが、こういうイメージではなかったんだけどな。
エヴァのこともあるし、世界や人物は一緒でも性格は違うのかもしれないな。
俺はアレン達と一緒に部屋を出た。
都ファリスを一望できる高い丘に建てられた城。
辺境伯が住まうファリス城は、まるで一国の王のようだが、実際の実権も王に匹敵する。というか、ある意味では一国の王だ。
コルオディア王国は王都と東西南北にそれぞれ辺境伯がおり、巨大な州制を採用しており、州の周囲にもドルゲマイン州のように子爵や男爵が運営する小さな州がたくさん点在している。
それぞれの方角の州を束ねているだけはあるから、それはもう王と言っても過言ではない。
それくらい権力を持つ辺境伯が住む程の都ファリスは、都アデリアと比べ物にならない程に広く、そして、美しい。
白を基調にした建物が法則性正しく建てられており、城から見下ろした街並みは美しいと言わざるを得ない。
さらに都アデリアには存在しない貴族街というものがあり、城の近くは貴族達が住まう場所になっている。
ソフィアによると半分は高位貴族の別荘があるらしいので半分は主人不在というわけだが、それでも残り半分――――つまり、アルゲマイン辺境伯派の貴族が住んでいる。
うちみたいに州を切り盛りしているわけではないが、子爵の人もいるだろうし、辺境伯の権力の強さがよくわかるものだ。
歩くのは無理なので、馬車に乗って移動する。
俺達だけでなく、今回一番のメインであるドゥルグ達もいるし、護衛もいるから五台もの馬車が一緒に移動するので、結構目立っている。
窓の外をちらっと見ると、住民の様子はわりと平穏なようだ。顔色が明るい。
それに素養が高いのがわかるというか、ちゃんと馬車が通るときに道の端に素早く寄っている。
とくに気になることもなく、俺達は都ファリスのあっちこっち通いながら、水道橋を建設できるか話し合い続けた。




