第41話 芽生える意志
「こ、こんにちは!」
「遊びに来てたのか」
「は、はいっ! ソフィア様から紅茶に誘っていただきまして」
「あ、立たなくていい」
サラサラの水色の髪を掻き分けながら、少し気まずそうに笑うエヴァだ。
「生活は慣れたか?」
「はい。アレンくんにいろいろ教えてもらって、周りの人達もみんな優しくてとても楽しい毎日です。あと、セシル様がお考えになられたというアパートもすごいです!」
「それはよかった。ゆくゆく“マンション企画”が走った時にはエヴァ達にもたくさん協力してもらわないといけないから。よろしく頼むぞ」
「もちろんです! セシル様の力になるのなら……私、何でもやります!」
「ああ。頼りにしてる」
そんな俺達の会話に、頬っぺたをぷくっとさせてジト目で見上げるソフィアが見えた。
「ソフィア様? どうしたんですか?」
「むぅ……何でもないです。それよりセシル様は何かご用があったんじゃないですか?」
「そうでした」
「むぅ……用事がないと来てくれないですし……」
ソフィアが何か小さな声で呟いた気がしたけど、小さくて聞き取れなかった。
なんか……俺まずいことでもやっちゃったか……?
ま、まあ、今日の用事できっと機嫌がよくなると思う。
「じ、実は、先日話した都ファリスの先遣隊の予定が決まりました。三日後出発することになったので、ソフィア様もご一緒にと」
「ファリスに!?」
「ご家族にも会えると思いますし、少しの間、都ファリスに滞在したいと考えてます」
嬉しそうにニコッと笑うソフィアは強も天使のようだ。
そのとき、隣にいたエヴァが焦った表情で声を上げた。
「あ、あの!」
「ん? どうした」
「そ、それって……セシル様もソフィア様も何日も帰ってこないということでしょうか……?」
「そうだな。大体一月くらいかな?」
「えっ……一月も……」
「どうかしたのか?」
「…………」
どうした? ずいぶんと悲しそうにしているな。
「あのっ! それって、魔法使いも……け、研修の知見を広げたいので同行することはできないでしょうか!
ソフィアと目が合った。
お互いにクスッと笑みがこぼれた。
「いいと思うけど、一月は帰ってこれないけど大丈夫か?」
「それは問題ありません!」
「わかった。それなら三日しかないから準備しておいてね?」
「はいっ!」
「ソフィア様も必要なものがあったら何でも言ってください。すぐ準備させますから」
「ふふっ。は~い。でも……一番欲しいのは難しいと思います」
「何でも言ってください。全力で準備してきます!」
「内緒です~」
「えっ?」
「これからエヴァちゃんと旅支度の話をするから、セシル様はあっち行っててください!」
じょ、女子の会話……にはさすがに俺みたいなおっさんが混ざっても仕方ないしな。
「では僕はこれで失礼します。また来ますね」
「はい~」
「セシル様、また!」
エヴァもだいぶ今の生活に慣れたみたいで何よりだ。
執務室に戻ると、ちょうどセバスがやってきた。
「セシル様。困ったことが起きました」
「ん? 何かあったのか」
「気にしなくてもいいとは思いますが、セシル様に一応報告をと思いまして」
「言ってみろ」
「セシル様の政策により、アパートが普及して多くの民が部屋を契約しております。さらにマンション企画が進んでる中――――セシル様が考えられた“ウィークリーマンション”の企画に問題を問う者達がございます」
「ん? 誰だ?」
「それが……今まで宿屋を経営していた者達から不安の声が上がっております」
そうか。ついに来たか。
まあ、アパート計画すらすでに宿屋の経営者達には不安材料の一つだったものな。集合住宅がない異世界で、宿はある意味――――約束された事業だからな。
貪っている……とは言わないが、それに甘んじて欲しくはない。そろそろ彼らにも一つ上のステージに進んでもらわないといけないな。
「セバス。都で宿屋を切り盛りしている経営者達を集めろ」
「かしこまりました。明日には全員集めておきます」
「お、おう。大丈夫なのか? 明日で」
「……問題ありません。セシル様からチャンスを頂けるだけで感謝すべきです。それを掴めない者は」
こえぇええええ! うちの執事、めちゃくちゃこえぇよぉおおおお!
「お、お、おう。穏便に……な?」
「心得ております。穏便にすませます」
違う意味に聞こえるんですけどぉおおおお⁉ こえぇってええええ!
◆
翌日。
屋敷のホールに大勢の人で賑わっていた。
大多数が夫婦になっているのは、宿屋の経営は大体夫婦で営んでいるケースが多いからだ。
「今日は集まってもらって感謝する。俺が計画している“ウィークリーマンション”についていろいろ思うところがあると聞いた。今日は全て無礼講にすると約束する。お前達の中から信頼できる代表者から意見があれば聞こう」
中から一人の男性が手を上げながら立ち上がった。
どうやら事前に話し合っていたみたいだ。
「失礼します。私は長い間都アデリアで宿“オルゴール”を経営しておりますルガールと申します。本日は代表としてセシル様と言葉を交わせることを大変光栄に思えます」
「うむ」
「ではさっそくになりますが、現在、都アデリアはセシル様の素晴らしい政策によって、大きな発展を遂げております。それによって最近では噂が広まり観光客も増えております。ですが、それでも我々の収入の中で一番大きい部分は――――冒険者達の宿泊でございます」
そう。異世界には“冒険者”という職業が存在する。
戦闘能力に秀でた者に一番人気のある職だ。
彼らは通常職業よりもずっと収入が高い。代わりに命の保証がないので家を持たない生活をするのが常識だ。しかも一か所ではなく、その時の流れで場所を転々とするのだ。
「だが我が都アデリアに冒険者は少ないと思うのだが?」
「……はい。ですが少なくとも冒険者はいらっしゃいます。さらに都アデリアでは……飲み水が無料でございます」
「へ? それが……何かあるのか?」
「大ありでございます。飲み水は冒険者にとっては命の次には大事なものです。それを無料でいつでも飲める上に、少量で個人が使う分には汲んで出るのも自由。すでに何人かの上位冒険者は住み着いております。彼らの宿泊代は多くの宿屋にとって大きな収入です。ですが……セシル様が現在進めておられる“ウィークリーマンション”は……冒険者達にとってうってつけのものになります。このままでは……我々の中では経営が難しくなる者も出るでしょう」
「うむ。俺としては都アデリアを長年支えてくれた民をないがしろにするつもりはない。だが何でも時代によって変わるものだ。アパートやマンション、ウィークリーマンションの計画を中止するつもりはない。お前達に残された選択肢は三つだ。一つ目は今まで通りにする。二つ目は廃業して別の道を歩むこと。三つ目は――――セバス」
「はっ」
セバスが大きな紙を広げた。
「俺が考えた宿屋の在り方を変えるプランを変更して挑戦することだ!」
ホールがざわつきに包まれる。
「まず今後の宿屋は、全体的に価格を上げる。代わりに質を何倍にも上げる。通常のベッドではなく高級素材で作ったベッドは眠りの効果も高い。購入には難しいが宿屋に泊まれば体験できるのは大きな強みだ」
「セシル様。確かに高級ベッドはいい案だと思います。ですが……それを導入できる程の財を持つ者は……」
「そこで俺から提案だ。それら全て――――お前達には無償で投資しよう」
「無償で投資!?」
「そうだ。これまで都アデリアを支えてくれたお礼だ。時代が代わり開発が進めば……廃れてしまう業種も出てくるだろう。誰もが平等に幸せにはなれない。だが俺は可能な限りチャンスは平等にしたいと考えている。それを物にするのも全て掴もうと努力した者のみだ。あのドゥルグもフルールもゲスリンも全員自ら掴んだ。お前達も今後のことをよく考えて自らの意志で頑張ってもらいたい」
その場に集まっていた全員が、俺に向かって――――深々と頭を下げた。




