第38話 突然訪れた危機
ドルゲマイン州の旅から帰ってきて、一か月程経過した。
異世界は移動に時間がかかるので、魔法使いも薬師も錬金術師も奴隷商人も誰もまだ来ていない。
予定通りなら、明日には魔法使い部隊が来る予定となっている。
そんなワクワクした予定が待っている中――――驚くべき出来事が起きた。
「初めまして。セシル・ドルゲマインと申します」
「……ふんっ」
な、何なんだ……?
超豪華な馬車から降りたのは、俺と近い年齢の少女。ただし、化粧は濃く、全身に高価なアクセサリーを飾り、狐目はどこか冷たい印象がある。そのうえ、あからさまにツンとしてる。
隣の官僚服の男性が頭を下げた。
「セシル様。初めまして。こちらはルシナ・エラ・コルオディア第十二王女殿下になります」
お、おう……正真正銘のお姫様ってこと……だよな。
「こんな田舎まで私が来たのに、どうしてこれくらいの歓迎しかないわけ!?」
えええええ!? い、いや……来るって聞いてなかったし。
「姫様。事前連絡なしで来ておりますから」
「何で私がこんな田舎に来ないといけないのよ……はあ……」
う、うわぁ……露骨過ぎる……てかまじで何しに来たんだ。
「セシル様。こちら――――陛下からの手紙になります」
「承りました。セバス。王女殿下と彼を貴賓室に」
「かしこまりました」
王女は、悪態をつきながら屋敷に入ってった。
急いで手紙を開く。
そこに書いてあったのは――――いろいろ言葉が並べてはいるが、遠回しにうちの娘を貰っていいぞ。ということだ。つまり……王女を俺の婚約者にやるって感じだ。
急いで父のところに向かった。
「お父様!」
「あら、セシルちゃん? 血相を変えてどうしたの?」
「お母様も丁度良かったです。実は、突然第十二王女殿下が訪れておりまして、陛下から手紙を賜っております。中身は先に読ませていただきましたが、ぜひお父様にも読んでいただきたく」
「陛下から!?」
驚きの余りに立ち上がった父が、手紙を両手を受け取る。
大切に中身を開いて読み始めた。
「お、おおおお! 何と素晴らしいことか! マーヤ! 陛下から第十二王女殿下とうちのセシルの婚約はどうかというむねの手紙だぞ!」
「素敵ですわ! 貴方!」
「うむ!」
あああああああ! やめてくれぇえええええ! 婚約者がまた増える? いや、こういう場合は第一夫人はどちらかでかなり大きな問題になるはずだ。
そもそも俺はすでにアルゲマイン辺境伯の娘と婚約している。そこに王の娘と婚約するとなると……どちらかと選ばなければならなくなる。もし王女を選んだ場合……今後アルゲマイン辺境伯との関係は全て断ち切られる上に敵対関係になりかねない。だからといって王女を断った場合、王に対して印象が悪くなってしまう。
一旦落ち着いて父と母の意志を確認しなくちゃいけないな。
「お父様」
「うむ!」
あまりのうれしさにニコニコしているな。
「僕はすでにソフィア様という婚約者がおります。もし王女殿下を迎え入れるとなると……アルゲマイン辺境伯との間に大きなヒビが入ります」
「そ、それは……」
「今ならまだ陛下には、先にアルゲマイン辺境伯の娘との婚約があるためと断ることは難しくありません」
「だが貴族の婚約はあくまで仮契約。アルゲマイン辺境伯よりも殿下と繋がりを持つべきだ! それに今回の婚約は我々が場を設けて顔を合わせたものではない。あくまで口約束程度に過ぎない。それに比べて殿下は手紙を使わせた。優先度なら殿下の方が遥かに高い!」
くっ……父は行政のこととなると全然興味ないのに……貴族のこととなるとこうも饒舌になるな。
そもそも貴族の子息の結婚に自由恋愛などは存在でず、家同士が決めるのが当たり前だ。俺に婚約者に対する拒否権があるはずもない。
だが……そう簡単に食い下がるわけにもいかない。だって、王女が好きとか嫌いとかそういうのを考慮しなくても、俺は……今のソフィアとの共通の秘密を抱えている。それを知っていながら彼女を追い返すと大変なことになる。それに…………そうなったらソフィアが酷く悲しむ気が……するんだ。
「お父様。お母様。確かに王女殿下との婚約……ゆくゆく婚姻は我がドルゲマイン家にとっては大きなチャンスとなるでしょう。ですが……」
父の顔が少し強張る。
あまりこういうことは言ってはいけないのだが、何とか父を思いとどまらせないと。
「陛下のお誕生日の席に、我が家は呼ばれませんでした」
「っ! セシル!」
父が起き上がり――――俺の頬を叩いた。
バシッ! と音が響いて左頬から痛みが走る。
「お父様。僕は」
「うるさい! 出ていけ!」
「あ、貴方……」
「お前は黙っておけ! これは貴族としての名誉に関わる問題だ! 陛下の言葉は何よりも優先されるべきなんだ!」
これ以上言い争っても仕方がない。
一度部屋を出ると、噂を聞きつけたのかソフィアが酷く悲しい表情で待っていた。
「ソフィア様」
「セシル様……」
「心配しないでください。僕が必ず何とかします。ですが、このままでは父の意志が最も優先されてしまいます。そこで僕が一つ作戦を考えました」
「作戦……でございますか?」
「ええ。きっと成功させてみせましょう。ですので、ソフィア様は――――」
彼女は、そっと俺の左頬に手を当てた。
とても温かくて優しい感触がした。
「はい。信じて待っています」
彼女は曇り気一つない澄んだ目で俺を見つめていた。




