第36話 覚悟
「や、やめて!」
手と足が縛られたエヴァが声を上げる。
彼女を見下ろすのは下卑た笑みを浮かべたゲンゴが見下ろした。
「どんなに叫んでも誰も助けや来ねぇぞ。おめぇの優し~いパパもこんなところまで来れるはずがない。それまで……たっぷりと楽しんでもらうとするか! あひゃひゃひゃひゃ!」
ゲンゴは手を伸ばしてエヴァの衣服を破いた。
「い、いや! いやああああ!」
「テイルの娘を! がひゃひゃひゃひゃ! 俺様をコケにした分、全部おめぇにぶつけてやる!」
「いやあああ!」
暴れるエヴァは、ゲンゴの腕に噛みついた。
「痛っ! このクソガキが! 黙ってやれば図乗りやがって!」
ゲンゴの太い腕がエヴァの顔に振り下ろされた。
鈍い音が響いて、エヴァの小さな体が吹き飛んだ。
「てめぇは、優し~いパパがくるまでここで黙っていりゃいいんだよ!」
吹き飛んだエヴァは、痛みをぐっとこらえて、ゲンゴを睨み返した。
「何だその目は! やめろ!」
今度はエヴァを蹴り飛ばす。
「うぐっ……」
彼女の目に涙が浮かぶが、泣き言は一切言わずに、睨み返した。
エヴァの口から赤い血が流れる。
「わ、私を……いくら殴っても……私に何をしても……私は……あんたなんかに従わない!」
「てめぇ……!」
またもや大きな腕が振り下ろされる。
――――しかし、その腕はエヴァに当たる寸前で止まった。
睨み続けていたエヴァも、拳を振り下ろした本人でさえも驚く。
「な、何だ……?」
「お前がゲンゴか」
どこか綺麗な男児の声が響く。
「か、体が……動かね……!」
何かに縛られたように動けないゲンゴの視界の傍から、一人の少年が現れる。
美しい金色の髪をなびかせた少年の顔は、怒りに満ちていた。
「エヴァ。大丈夫か?」
「貴方は……セ、セシル様……?」
「遅くなってすまない。もう安心するといい」
「だ、誰だ! てめぇは!」
「……俺の名は、セシル・ドルゲマイン。領主代理をしている」
「りょ、領主代理……!? な、何でそんなやつがこんなところにいるんだ!」
「そんなことはどうでもいいだろう。お前。小さな子供を痛みつけて気持ちよかったのか?」
「は……?」
「お前がムカついていたのはテイルだろ? その娘をいたぶってお前の心は晴れたのか? だとするなら――――何て小さいやつなんだお前は。本人に勝てないから自分より弱い者をいたぶる。まさに小物がやることだな」
「だ、黙れ!」
「聞いたぞ。悪さをして儲けていたところ、テイルに成敗され、でも命は奪われることなく生かされたってな。お前は所詮……テイルによって生かされた小物なんだよ」
「う、うるせぇええええ! お、俺様は!」
「アリス」
「はい。セシル様」
ゲンゴの体は何かにグルグル巻きにされたようにその場で倒れた。
セシルはすぐにエヴァの手足の縄を解いた。
「セシル様……」
「もう少し早ければ痛い思いをしなくて済んだのに、すまなかった」
「い、いえ……私……」
彼女の目から大きな涙がこぼれる。
セシルはそっと手を伸ばして彼女の頭を優しく撫でてあげた。
「よく頑張った。君の覚悟は外まで聞こえていたよ」
「う、ううっ……」
「君の父は僕の執事が呼びに向かってる。すぐに来るはずだ」
「はいっ……助けてくださり……ありがとうございます……」
そんな二人の傍に、ソフィアがやってきた。
彼女はそっと手を伸ばしてエヴァに手をかざした。
「セシル様」
「はい?」
「さっきの約束。絶対守ってくださいね?」
「約束……?」
「ちゃんとお互いにわがまま言い合うって。ですから――――私のもう一つの力をお見せします」
そう話したソフィアの両手からは――――淡い黄色い光があふれ始めた。
「これは!? ち、治癒魔法!?」
「――――ヒーリング」
エヴァの傷がみるみるうちに治った。
「ソフィア様……それ……見せていいんでした?」
「ダメです。絶対に誰にも見せないようにって言われてましたけど……ふふっ。セシル様は……婚約者ですから」
「でもエヴァにも見られてしまいましたし、アリスはたぶん大丈夫ですけど」
「そうですね。困りました。だから……セシル様が何とかしてくださいね?」
「ん~困った……じゃあ、テイルに何か仕込んでおきましょうか。ボーナスをこれでもかってくらいたっぷり支払えば、彼女の口封じにもなるでしょう」
「ふふっ。セシル様? 銀貨だけで解決できないこともあるんですよ?」
「そうかな……? 銀貨は大事だと思うんですけど」
二人のやり取りにポカンと見つめていたエヴァは、自分の傷が癒えたことに気付いた。
「あ、あのっ!」
「「うん?」」
「そ、その……だ、誰にも言いませんから! や、約束します!」
そんなエヴァを見た二人はクスッと笑みを浮かべた。
アリスがそっと近づいてセシルに小さな声で耳打ちした。
「セシル様。アレンくんが近付いて来ております」
「ああ。来たみたいだな。さあ、父とすぐに会えるぞ」
エヴァは差し伸べられたセシルの手を取った。
(セシル様の手……優しい触り心地がする……)
みんな建物を出ていくと、ちょうどタイミングよくアレンと焦った表情のテイルがやってきた。
「エヴァッ!」
「パパ!」
目に涙を浮かべたテイルとエヴァが抱き合った。
「よく無事で……すぐに駆け付けられるず……すまなかった……」
「ううん……私こそ……捕まったりしてごめんなさい……」
「エヴァは何も悪くない……」
テイルの涙に満ちた目がセシルに向いた。
「セシル様。娘を救ってくださりありがとうございます」
「いや、なに。うちの執事がすごく優秀だから」
「……そういうことにしておきます。このお礼は必ずお返しいたします」
「あ~それなら、これからボーナス支給するよ。銀貨百枚くらいでいいか?」
「……えっ?」
「いや、テイルが頑張ってくれたからアデルン街がよくなったし、アレンがつぶしたグループの後処理もお願いしないといけないから」
「い、いや、何が……」
「よろしく頼むぞ~じゃあ、またな」
ポカンとするテイルを残してセシル達が去っていく。
――――その時だった。
「あ、あのっ!」
エヴァの声が響き渡る。
「ん?」
「セ、セシル様っ!」
「どうした?」
「あ、あの……わ、私っ!」
そして、衝撃的な言葉が飛び出た。
「私、行きたいです! セシル様が作られる魔法使い部隊に……入りたいです!」
「エヴァ!?」
「パパ……ごめんなさい。でも決めたの。私……セシル様の魔法使い部隊の行き先を見てみたい。それに……私がここにいるとパパの自由を縛ってしまうから……」
「そんなことは!」
「だからね……? 自分にできることをやってみたい。セシル様のところなら……私、できる気がするの。パパが……自慢できる娘になれる気がするの!」
「エヴァ……」
彼女の覚悟を聞いたテイルは、少し寂しそうな目をしたが、すぐに小さく笑みを浮かべた。
「そうか。エヴァがそう決めたのなら、やってみなさい」
「えっ!? い、いいの?」
「もちろんだ。でも嫌なことがあったらすぐに帰ってくること。いいな?」
「うん!」
二度と帰ってくることが叶わないことくらい知っているテイルだが、それでも娘の覚悟を無下にしたくなかった。
何故なら養女として迎えたエヴァが――――初めてわがままを言ったからである。




