第25話 レベル0を取り巻く渦
州都アデリアの水道橋が完成した頃。
隣の州にあるオルド街を治めているブルス子爵の屋敷内では、怒りに染まっているブルス子爵とデリオン商会のドンテキがいた。
「クソが! どうなっているんだ!」
「ブルス様……」
「ドルゲマイン家がどうしてあんなことまでできるんだ! 精霊ウンディーネを使役!? 税収爆増!? 都は水の都とまで呼ばれるようになっただと!? ありえん!」
机をドン! と叩いたブルス子爵は、怒りで顔が真っ赤に染まった。
「ドンテキ! どう始末をつけるつもりだ!」
「そう言われましても……俺もあのガキにやられてしまいましたから。傭兵団まで呑み込まれたし、宝石まで返されて……」
「このままあのクソガキにやられっぱなしにはいかないだろ。しかも、あの辺境伯にまで目を付けられた。このままじゃ俺様も危ない」
「はい。そこで一つ作戦がございまして……」
「ほお? 聞かせてみろ」
「ドルゲマイン州にはまだドルゲマイン家に恨みを持ったやつがたくさんいます。そいつらを炊きたてれば……アデリアを元の姿に戻せるかもしれません。それに、最近では商売もあがったりなやつらがいて、かなりの数が集まるかもしれません」
「いいじゃねぇか」
「どうやら辺境伯の娘もアデリアに残っているようでして……そこを令息が救えば、辺境伯とも繋がりができるかもしれません」
「それは面白れぇ。必ず成功させろ」
「心得ております。必ずや成功させてみせます」
二人は下卑た笑みを浮かべた。
◆
その頃、アルゲマイン州の州都ファリスでは。
「ソフィアを預けてくるなんて、余程その少年が気に入ったのだな」
男はまだ二十代くらいの若者だ。
そんな彼の前には自身の娘を州都アデリアに預けてやってきたアルゲマイン辺境伯夫人のミリアである。
「とても誠実そうで――――何よりその目には信念のようなものがありましたわ。まだまだ青いので交渉ごとは下手でしたが……それでもあれだけの事業を成してるのは驚きですもの」
「資源に恵まれているのに行政が酷く、民が逃げ出すと言われていたドルゲマイン州が……それ程までに変わっているとは……到底信じがたいな」
「実物を目にするまでは私も同じ感想でしたわ。でも……あのアデリアが、今では美しい水の都と呼んでも差し支えなさそうでした。それもこれもあの少年が水の精霊ウンディーネと取引を成功させたからだそうです」
「精霊と……取引?」
「はい。ウンディーネとはかなり良好な関係のようで、街中にある噴水にウンディーネが現れたり、住民達が彼女の頼みで買い物を代わりにしてあげたりしてるみたいです。都アデリアの調査は一日しかできませんでしたが、どれも好感のあるものばかりですわ」
「……だからこそ、本当に価値があるかどうかを見極めるために、ソフィを預けてきたのか?」
「少なくとも私には価値があるように映りましたわ。それに……ソフィも彼のことがとても気になる様子でしたもの」
「…………」
「貴方は過保護過ぎるのです。あの子があの年齢までほとんどお茶会にも出ず、同年代の友人もなく、話したこともないのは少し反省してくださいね?」
「だ、だが……まだ10歳の子供だぞ?」
「そういうとこです。あの子はもう10歳です。あと5年もすると結婚し、子供を身ごもる年齢です」
異世界では15歳が大人になると考えられており、男女ともに体の成長も15歳で終わる。そんな世界だからこそ、貴族は10歳よりも前に婚約を決め、本人達の意志はなく15歳で政略結婚が一般的なものだ。
「それとも貴方はあの子を嫁がせたい家がありまして?」
「あの子には一生苦労せずに好きなことをしながら生きていけるくらいの甲斐性がある家に嫁がせたいと考えている!」
「ならば問題ありませんね。今のドルゲマイン家の税収は……王国全土でも上位ですから。たぶん留まることをしらないでしょう」
「そ、それなら……最低限の資格はあるな! あとは娘にちゃんと優しくできる男でなければな!」
「それもきっと大丈夫ですわ。だって……いろんな言い訳はしておりましたが、あの盛大なお茶会は全てが母のため。優しさを知っている者ならソフィを寂しくさせたりはしないと思いますわ」
妻のミリアの力説に、娘が恋しくなった辺境伯は大きな溜息を吐いた。
◆
コルオディア王国。
東西南北に大きな領土を持ち、それぞれに王の権力にも匹敵する辺境伯達が住む大陸でも随一の力を持つ国である。
その中央には王国を取りまとめる王都フォレステンがあり、王国をまとめる現王が住んでいる。
「陛下。報告でございます」
白髪が目立つ王が鋭い目で若い文官を見つめる。
「東地区に州を構えているドルゲマイン子爵より、今年の納税を先払いされました」
「この時期に……? 随分と速いじゃないか」
「はい。どうやら子爵の令息が領主代理として動いているようです。密偵によれば、アルゲマイン家も関わり始めたとも」
「アルゲマイン辺境伯が? 珍しいな。あの若人はそういう権力争いは嫌いだったはずだが……」
「どうやら辺境伯ではなく夫人によるものではないかと推測しているそうです。長女をあの地に預けたそうで」
「そこまで……? ふむ。それは気になるな。アルゲマイン辺境伯の妻は……ああ。あの家の娘だったな。ならば……あの地に大きな力が宿り始めたのかもしれないな。急いでその令息と同年代の姫を送れ」
「かしこまりました。名目はどうなさいますか?」
「そうだな……理由が必要か。ならば……あれがいいか」
コルオディア国王はニヤリと笑みを浮かべた。




