第21話 波乱のパーティ!前編
アルゲマイン令嬢と会場に戻ると、ちょうど父と母の挨拶が終わり、食事が運ばれてくるところだった。
ここ一か月以上、母が毎日のように頑張って考え抜いた品々がくる。
見た目だけでも美味しそうだが、食べたことがある俺が知っているのは、めちゃくちゃ美味しいってことだ。
「美味しそう……」
「アルゲマイン令嬢。ぜひ食べてみてください。母の自身作ですので」
「母って……セシル様のお母様⁉」
「ええ。お母様が料理を作っておられるんです。ぜひ食べてみてください」
近くのテーブルに並んだ美味しそうな料理を皿に取り、食べ始めた。
「ん!? お、美味しい!」
だろう! ふははは! 辺境伯の娘すら美味しいって言ったんだぞ! これは勝ったな!
「ただ……」
「ん?」
「えっと、失礼だとは思うんですが……食材がどれも安価な物のようですね?」
「…………」
貴族って嫌だあああああ! どんな教育を受けたらこんなに舌が肥えるんだ!? てか宝石は見分けられない……のは鑑定のせいだとして、こんな少女ですらわかる程だ。ずっと貴族の社会で生きてきた人なら一瞬でわかるんだろうな。
「でも……私、すごく好きです。いつも食べているものに引けを取らないのは、きっとここまで研鑽を積まれた料理人の腕があるなって。それに……何だかすごく優しい味がします」
「ええ。実は食事って体にとても大事なんです。ほら、ふくよかな人とそうでない人がいるでしょう? あの差ってたくさん食べるかあまり食べないか。だとされているんだけど、ちゃんと栄養バランスの良い食事をすれば、同じ量を食べても健康体になれるんです。もちろん、そうでない場合は逆になってしまうんです」
「そうなんですか?」
「今度それについての本をお貸ししましょうか?」
「ぜひ! 読んでみたいです!」
そう言いながら笑顔で食べる彼女にちょっとだけ救われた気がした。
――――その時だった。
「あらら~何だか随分と低俗な味がしますわね~! ねえ~? 皆様ぁ~?」
わざとらしく大声を上げるのは――――あのブルス子爵夫人だ。
それを囲う貴族の夫人達も大勢いる。
おそらく今回招待状がなく来た貴族達だと思われる。
母の顔色が少し悪くなるのが見えた。
このままではまた母の悲しい過去がぶり返され、また元通りになりかねない。
セバスにちらっと視線を向けた後、俺が前に出た。
「失礼します。領主代理を務めているセシル・ドルゲマインでございます。何か問題があったでしょうか?」
「あら? 子爵令息?」
「はい。父に代わり、この場を担当しております」
「あらあら。まだ勉強不足かしら? 貴族社会ではね。料理の価値は食材の価値で決まるのよ。ここにある全ての料理は下民が食べるような食材ばかりじゃない。こんなに多くの貴族を集めて振る舞うにはあまりにお粗末ではなくて?」
やはりそう来るか。
彼女の言葉に同調するように周りの夫人達も何だか嫌らしい笑みを浮かべて俺を見つめる。
ああ……そうか……母が心から愛していた料理を辞めた理由がここにいたんだな。
嫌らしい笑み。人を蔑む目。大勢の圧力。
一介の子爵夫人でこれに抗うのは……無理だろうな。貴族の誇りによって生まれ育った母なら尚更の事だ。
父もきっと知っていたからこそ、何も言わなかったのだろう。
そして――――これが続けば、唯一心の拠り所でもあったセシルの心が荒んでしまったのもわかる気がする。
だがこの程度で……勝った気になってもらっては困る。もう……あの頃のドルゲマイン子爵家ではないのだからな。
「ブルス子爵夫人の仰ることも理解しております。ですが、本日のパーティはその誤った常識を変えるものです」
「謝った常識……ですって!?」
「はい。確かに高級食材には高級食材の理由があります。採取難易度、味、効能。うちの執事に調べさせました。ブルス子爵家並び多くの貴族が普段から召し上がっている食材ですが――――それがどうして高額なのかご存知の上で召し上がっているのでしょうか?」
「ど、どうしてもなにも、高級食材だからよ!」
あ~あ~。これだから……高級という言葉だけで踊らされた無能な貴族はただの食い物にされるだけなんだよ。
……うちの父や母のようにな。
「セバス」
「はっ」
事前に準備していた大きな紙をメイド数人がかりで開く。
そこには高級食材と呼ばれる食材がずらりと並んでいた。
「皆様が普段口にされている高級食材の一つ、サビエル草です。甘味が強くとても美味しいですが……残念ながら味だけなら平民が口にしているホーレソ草とほぼ同じです。ではサビエル草はどうして高級と呼ばれているのか。当然採取難易度も高いですが……その実は、錬金の素材になるからです。それを知らない人は高級食材と勘違いするケースがありますが、間違いです。これは食材としては下級食材と全く同じです」
「う、嘘よ!」
「皆様が普段から高級食材を口にされているのは重々承知しております。それは我が家もです。ですが我が家は最近財政状況があまり芳しく、平民が食べるような下級食材を扱うことになりましたが……優秀な料理長がおり、舌に記憶された高級食材の雰囲気以外は全て同等の味の品を作ってくれました。それを証拠に!」
俺は指パッチンをする。
セバスがメイド達を連れ、台座を引いてやってきた。
そこには――――美しい宝石のように輝いている果物が飾られたショートケーキが並んでいる。
「こちらを食べてみてください」
メイド達がみんなにケーキを渡していく。
ブルス子爵夫人は困惑しながらも強く勧められたケーキを口に運んだ。
「っ!?」
くくくっ。そりゃ驚くよな。だってそれ……わざと母に頼んで下級食材オンリーで作ってもらったケーキだからな。
「こちらのケーキの材料費は、ワンホール……たったの小銀貨1枚で作れる品です」
小銀貨1枚は日本円換算で1万円だ。これだけ美味しいケーキをたったの1万円で食べられるならあまりにも安いというわけだ。しかも貴族社会ならなおさら。
「ですが今まで美味しい食材を口にしてきた皆様ならわかるはずです。このケーキの美味しさを。私はここ数か月、お父様から行政を代理させていただきいろんな経験をしました。最初こそ素材の価値を最重要視していましたが……そうではなかった。こちらのケーキは……私の……最愛のお母様が作られた品です。これを始めて食べたとき、お母様が私やお父様を思って最高に美味しいものを作ってくれた優しさまで感じました。そこで私は知ってしまったのです!」
俺は母に近付いて、手を取った。
「本当に価値があるのは素材の価値ではない。それらを使って誰かに届けようとする……人の想いにこそ価値があるのだと。さあ、皆様。本日は皆様に下級食材をメインにした食事会を提供してしまいましたが、実は皆様に貴族としての誰にも味わえない素晴らしいものを用意させていただきました。ぜひご堪能頂ければ幸いです」
セバスに合図を送る。
すると、会場の中央に置かせていた無駄に大きなテーブルをメイド達が外す。
そこに現れたのは――――直径5メートルくらいのプールのようなものが現れた。
「ウンディーネ様。お願いします!」
俺の声に合わせて中からウンディーネが現れた。
「「「「「おおおお!」」」」」
父に教えてもらって本で読んだのだが、実はこの世界には精霊を使役するのは大変名誉されることだそう。
実際使役しているわけではない。でも水の精霊ウンディーネは俺に協力している。使役という形ではなくとも、彼女がこの街の“水”を司っている事実こそが、本当のプレミアムというわけだ。
「本日の全ての料理には、ウンディーネ様にお願いして頂いた――――とびっきりの澄んだ水を使っております。これはお金で買えるようなものではありません。さあ、皆様。本日の料理はまだまだでございます。どうか、ウンディーネ様の加護が与えられた水で作られたとびっきり美味しい料理を堪能してくださいませ」
すぐに会場が拍手に包まれた。
「そして、本日のメインシェフをご紹介致します! 私の母でもあり、日ごろから大変美味しい料理をたくさん作ってくださるマーヤ・ドルゲマインでございます!」
俺の突然の紹介にも関わらず、ほんの一瞬驚きながらも、優雅に挨拶をする母。
何も伝えていないのに、さすがは貴族令嬢だ。
「母を隣からサポートし、うちの料理を支える縁の下の力持ち、料理長でございます」
正面入口に立っていた料理長が深々を頭を下げる。
母にも料理長にも割れんばかりの拍手が送られる。
これは……とても名誉あることだ。
当然だけど、ブルス子爵夫人とその周りは拍手していない。
まあ、苦虫を嚙み潰したような顔を見れただけで良かったというわけだな。
だが――――俺が思っていたこの一件は、これでは終わらなかった。




