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1-07 ヤクザのお嬢と若頭、乙女ゲー世界に君臨す。

音羽千鶴は江戸の昔から続くヤクザ組織・音羽一家の一人娘だ。

潰れかけの一家を立て直すため勢いのある高遠組の次男坊との政略結婚に臨んでいたが、謎の一団の襲撃を受け若頭のトラともども命を落すことに……が、ここでまさかの幸運が起きた。

千鶴は乙女ゲー『君ともう一度~リフレイン・ラヴァーズ~』の悪役令嬢シルヴィアに転生したのだ。しかも傍にはトラもいて、シルヴィアの護衛という最高のポジションで。

普通なら乙女ゲー知識を活かして無双するところだが、千鶴は違う。

愛するトラのいいところを見るために、シナリオなんて関係なしに突き進む。

攻略対象のイケメンたちも、マフィアなどの敵対組織も関係ない。

「いいよトラ! きゃあ~カッコいい~!」

推しの活躍を見たいがための千鶴の行動は、不思議と皆に評価される。

やがて彼女の周りに人が集まり金が集まり、音羽一家異世界支部として君臨することになるのだが……?

 あたしの名は音羽千鶴おとはちづる

 花も恥じらう女子高生だが、音羽一家の総長・音羽剛三おとはごうぞうの娘でもある。


 音羽一家は江戸の昔から続く老舗だが、香具師やしという古式ゆかしい生業が災いしてか、令和のご時世では収入激減、組員激減。今や看板を下ろす寸前にまで追い込まれちまった。

 ただひとりの跡継ぎであるあたしはやむを得ず、新興だが日の出の勢いのある高遠組たかとおぐみの次男坊と政略結婚することになったんだけど……。


「まさかこんなとこで死ぬなんてねえ~……」


 あたしはぼうっとした目で眺めていた。

 その光景――自分が死にゆく光景を。


 ◇ ◇ ◇


 場所は神田の明神さまの境内。

 高遠の長男と一緒に詣でた拝殿前の石畳の上に、あたしは仰向けになっていた。


 もちろんだけど、こんなところに寝そべる趣味はない。

 張り切った髪が台無しだし、婆ちゃんから受け継いだ振袖の胸元には牡丹と並んで血の花が咲いちゃってるし。

 あ、ちなみに血の花の原因は銃撃ね。

 あたしってば、任侠映画のワンシーンみたいに銃で撃たれちまったんだ。

 

 もちろんだけど、あたしに狙われるような覚えはない。

 ターゲットは高遠の次男坊かな。

 超がつくほどの武闘派で、色んな組織からの恨みを買ってるって話だし。

 今日は単純に、あたしの運が悪かっただけ。

 石畳の窪みにつまずいて転んで、次男坊の前に出た拍子にパン、パン、パン――ときたもんだ。


 当の次男坊は若衆に護られて、絶賛避難中。

 あたしだけがひとり、間抜けな顔で空を仰いでるってわけ。


「へえ~……撃たれると、こんなに熱いもんなんだねえ~」


 衝撃で麻痺してんのかな、痛みはそれほどなかった。

 熱は感じるけど、それぐらい。

 人生最後の瞬間にしてはあっけないもんだねえ。

 

「お嬢! なんてこった! こんなに血が……畜生!」

「ああ~……トラだ。あんた、来てくれたのかい」


 銃声に気づいて駆けつけてくれたんだろう、車で待機してたはずのトラがあたしの顔を覗き込んでくる。


「お嬢! 今すぐ病院に連れてきますから! どうか耐えてくだせえ!」

 

 日本人離れした巨体にスポーツ刈り。

 歳は二十歳とまだ若いけど数々の修羅場をくぐり抜けてて、頬には大きな刀傷もある。

 鋭い目つきでひとにらみすれば、そこらのチンピラなら裸足で逃げ出すだろう。

 うちの組の若頭でね。ケンカが強くて頭もキレる、イイ男なんだ。


「ああ~……あんたってば、こんな時でもイイ~男だねえ~」

「お嬢! 喋らないでください! 傷に染みます! おいてめえら! ボサッとしてねえで救急回せ!」


 遅れてやってきた若衆に指示を出すトラの横顔に、あたしは見惚れた。


「本当は……あたしはさ……」


 政略結婚なんかじゃなく、好きな相手と恋愛して結ばれたかった。

 できればあんたと、って。

 だけどそれだと、元禄から続いてた一家の経営が立ちいかなくなるから。

 自分の気持ちに蓋をして……なんてことないフリをして……でも、もういいか(・ ・ ・ ・ ・)


「……なあトラ。ひとつだけお願いがあるんだ。もし次の命があるんならさ……ほら、この間教えただろ? あたしがやり込んでる『君ともう一度~リフレイン・ラヴァーズ~』って乙女ゲー。あんな風にしてさ、別の世界で生まれ変わったあたしをあんたが見つけてさ……」


 一世一代の告白は、けれど最後まで続けられなかった。

 誰かがドタバタと走り、誰かが怒鳴り声を上げ、そして――パン、パン、パン。

  

「……トラ!?」


 トラがドサリと、あたしの上に覆いかぶさってきた。 

 間違いない、撃たれたんだ。

 あたしの介抱をしようとしたところを、後ろから。

 だけど、なんのために?

 狙いは高遠の次男坊じゃなかったのかい?


 っていうかトラ!

 トラが死んじゃう!?

 そんなのヤダよ……!


 ◇ ◇ ◇


「トラあぁぁぁぁぁ~っ!?」

「お嬢おぉぉぉぉぉ~っ!?」 


 叫びながら跳ね起きた。

 両の足で床を踏みしめると、力の限り叫んだ。


「死んじゃダメだよ! あんたが死んだら音羽は誰が支えるってんだい!」

「お嬢! 耐えてくだせえ! 俺がこのまま弾避けになりますから! 救急が来るまでもう少しの辛抱です!」

「トラ!」

「お嬢!」

「トラ!」

「お嬢!」

「トラ………………あれえ~?」

「お嬢………………はあぁ~?」


 十四、五歳ぐらいの少年と目が合った。

 目は鳶色で、髪は茶色の短髪。

 顔立ちは整ってるけど、ひ弱な美男子タイプじゃなくいかにも負けん気の強そうな悪ガキ顔。

 身につけてるズボンやブレザーは仕立てがよくて、名門中学校の制服を思わせる。


 んで、少年の大きな瞳の中に映ってるのがあたしだろうか。

 歳はだいたい同じぐらい。

 スカートにブレザーという、これまた制服っぽいのを着た少女だ。

 銀色の長髪はさらさらで、瞳は吸い込まれそうなほどに深いターコイズブルー。

 線が細くお人形さんみたいに可愛らしい子で……って待て待て、これって例の『リフラヴァ(略称)』のキャラじゃん。

 陰湿いじめっ子の悪役令嬢シルヴィアじゃん。

 てことはてことは――


「あたしってば、乙女ゲー世界に転生してるうぅぅぅぅぅ~っ!?」


 しかもそれだけじゃない。

 今こいつ、あたしのことをお嬢って言ってたよね!? 

 弾避けになるとか、救急が来るまで待てとか言ってたよね!?

 どう見てもシルヴィアの護衛のベンノのくせに、おかしいよね!?

 てことはてことは――


「あんたもしかして……『ステゴロのトラ』かい!?」

 

 ちなみにあだ名の由来は、中学生時代のトラが二十人からなる敵の若衆どもを拳ひとつで撃退したとこからきてるんだ。

 返り血で真っ赤になった頬から顎のラインが色っぽくてさ……ってそうじゃない!

 思い出しウットリしてる場合じゃない!


「なあ頼む、そうだと言ってくれ! あんたはトラなんだろっ!?」

「ええ、その通りです。俺はトラ、音羽一家の若頭で……」 

「やっぱり!」

「千鶴お嬢さまを護りきれず……てか、もしかしたらあんたは……?」

「あたしだ! 音羽千鶴だよ!」

「お嬢……本当にっ!?」

「こんなウソついてどうするよバカっ!」


 次の瞬間、あたしはトラに抱き着いていた。

 以前だったら恥ずかしくてできなかっただろうけど、この場の勢いとゲーム世界で再会できた感動と、どう見ても子ども同士だっていう気安さから簡単にできた。

 

「おおおお嬢っ!? なんてことを……っ!?」

「はあ~……にしてもあたしらってば、本当に乙女ゲー転生したんだねえ~。明神さまの粋なはからいってやつかもねえ~」


 なぜか顔を赤くして動揺してるトラをよそに、あたしがしみじみつぶやいていると……。


「おら! うるせえぞガキども!」

 

 ドンと何かを叩く音がした。

 なんだと思って見てみたら、壁だと思ってたとこが小窓になっててスコンと開いて、四十がらみのオッサンが顔を覗かせた。

 目つきのよろしくねえ、いかにもチンピラって感じの奴だ。


「もうすぐ着くからおとなしくしてろ! あんま騒ぐようだと無理やり黙らせるぞ!」


 言うだけ言うと、オッサンは小窓をスコンと閉じた。


「「「「……」」」」


 その場にいたのはあたしとトラだけじゃなかった。 

 いいとこの坊ちゃん嬢ちゃんみたいなのが数人いて、呆けたような目をあたしらに向けていた。

 

「おい、誰か説明できる奴はいるかい? ここはどこで、あいつらは何者だ?」


 あたしが問いかけると、ひとりの少年が恐る恐るといった風に手を挙げた。

 金髪碧眼の、王子様みたいな見た目の奴だ。

 

「ここは馬車の中だ。課外学習で森へ入ったところを襲われて、乗せられたんだ。あいつらは身代金を要求するつもりなんだろう。ルミナス学園には貴族や商人など富裕層の生徒が多いから……というかシルヴィアにベンノ。ふたりともずいぶん感じが変わったね……?」


 なるほどここは馬車の上か、だからさっきから足元がガタガタ揺れてるわけだ。

 てかよく見たら金髪少年、攻略対象のカイン王子じゃん。

 んでもって、その隣でビクビクしてんのは庶民派主人公のアメリアじゃん。

 

「……ああそっか、これって『誘拐イベント』か」


 思い出した。

 アメリアが機転を利かせて誘拐犯の手から皆を救って、それをきっかけにカイン王子との前世の縁を思い出すやつ。


「へえ……誘拐ですかい? あの野郎、ウチのお嬢の身柄ガラを攫ったと……ほおお~う?」

 

 ふと見ると、トラが人を殺さんばかりのものすごい目をしてる。


「あ、ヤベ」


 あたしは慌てた。

 これはゲームのメインイベントだ。 

 下手に進行を邪魔したら、この先の流れが変わっちまう。

 乙女ゲー転生あるあるの『プレイヤー知識による特権』がなくなって、この後がやりづらくなって――


「……ま、それはそれでいいか。トラのカッコいいとこが見れるし」


 あたしは考えるのをやめた。


 とっくに死んじまってる以上、元の世界に戻ることはできないしね。

 ならこっちの世界を心ゆくまで楽しもうじゃないか。


「おうトラ、新しい体の調子はどうだい?」

「ゲームやらなんやら俺にゃあわかりませんが……まあ悪くはないですね」

「あんたがそういうなら上等なんだろうさ。よう~っし、第二の人生、難しいことを考えるのはヤメだ。まずは『誘拐犯どもをブチのめして伝説作る』とこからだな。パア~っと景気よくいくぞトラ」

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