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1-08 錆朱

 山あいの村で育った職人の四男イサムは、家業を継げず将来に行き場のない少年だった。鬱屈した想いを抱えるイサムの前に現れたのは、黄金の髪と青い瞳を持つ、身分違いの”少年”だった。屈託なく話しかけてくる彼に、イサムは戸惑う。そして彼の正体は村に派遣された代官の娘シンシアだった。身分の差を気にしない彼女の明るさに触れ、二人は次第に惹かれ合っていく。


 やがて恋人となった二人だが、シンシアは父の命で王都へ向かうことになり、避けられない別れが訪れた。

イサムは彼女を失った喪失感と、自分の腕を試したいという思いを胸に、村を出る決意を固める。


 領都の工房で修行を積み、職人としての道を歩み始めたイサムは、ついに王都へ向かう。

そこには、かつて別れた少女との再会と、まだ見ぬ広い世界が待っていた。

 その日、彼はいつもの場所にたっていた。

 

 見下ろすふもとの村はお祭りのような騒ぎだ。その喧噪の中、黒光りする立派な馬車がゆっくりと村を出ていく。


「俺も、いつかこの村を出ていってやる」

 

 馬車が村を出て遠くの丘の向こうに消えるのを見届けると、彼は小さくつぶやいた。

 

「……さようなら、お元気で」


 そのつぶやきは風の中に消え、彼は踵を返して林の奥へに向かった。

 

 §§§


 思い起こせば、それは数年前の春のことだった。

 

 山の横腹を一人の少年が登っている。彼は大きな籠を背負い足元を確かめながら慎重に歩いている。顔にはまだ幼さが残る彼だが雑木林の中を歩く姿はもう一人前だ。


「なんだよ、俺ばっかりこんなこと」


 彼はまわりの扱いが気に入らない。それが口に出ている。

 

 着実に林の中の罠を確かめていく。いくつか空振りが続いたところで、ようやく少年は罠にかかった大きなうさぎを見つけた。うさぎはすでに大人しくなっている。彼は手早くうさぎを締め罠からはずし処理をした。


「はぁ、兄貴たちより俺の方が上手いのに。何で親父は認めてくれないんだよっ」


 毒づきながらも、何羽かのうさぎを仕留めた彼は伐採された山肌にでた。切り株の上に籠を置く。中には食べられる木の芽や芽吹いたばかりの野草が入っていた。


「このくらいでいいか……。俺が捕まえたうさぎを何もしない兄貴たちに食わせるのはしゃくだけど」


 ひとりごとをいい近くの切り株に腰をおろす。


 麓を見下ろすと山あいから流れてくる川は雪解け水を含み水かさが増している。勢いよく流れて白波をたてていく川の水は雪に閉じ込められていた力を一気にときはなっているかのようだった。


 空には小鳥が数羽飛び交っている。その鳴き声は春を告げているようだ。川沿いの山は冬の黒さから少しづつ薄い緑に変わりはじめている。

  

 麓に見える川の向こうには畑と村が、そして手前にはへばりつくようにいくつもの工房が見える。工房からは灰色の煙が立ち上っていた。そこには何人もの人が出入りしているのが見える。


「はぁ~、やめたやめた、どっか行きたいなあ、俺を職人にしてくれるところに」


 川はどこにいくのか少年は知らない。彼が知っているのは、川のこちらの工房と向こうの村、あとはこの山だけだった。


 この村は外国から連れてこられて職人たちが工房を作ってはじまった。それまではほとんど人が住んでいなかったという。職人たちがここに来たのは工房に合った条件がこの辺りだった、それだけだ。だから少年のように黒い瞳に黒い髪の住民もいる。もともと、この辺りに住んでる灰色の瞳に茶色い髪の住民もいる。村ができてからだいぶ経つが未だにまじりあわない。互いに反発しているわけでもないのだが住む世界が違うのだ。


 少年の親も職人だ。少年の上には兄が三人いる。工房は長男が継ぐ。次男はその手伝い。三男はよその工房に入ることが決まっている。四男の彼は行き先がなくこのままだと下働きで終わりそうだ。兄たちと比べて腕は負けない自負はある。しかし父は認めてくれない。


 今、切り株の上に置いた籠も罠もそして身の回りの道具もみんな彼が作ったものだ。周りの大人は彼の腕を褒めてくれる。そして残念がる。


 生かす道がない、と。


「そろそろ帰るか」


 少年は立ち上がろうとしたときに山鳥の声が聞こえた。気にせず動こうとした瞬間、矢の音と山鳥の悲鳴が聞こえた。どうやらすぐ近くで狩りをしている者がいるようだ。少年は腰につけた鳴子を鳴らした。


 しばらくして木々の間から見知らぬ少年が一人こちらに向かってきた。汗で濡れた髪は日の光に当たりキラキラと光っている。背中には大きな袋を背負っている。さっきの山鳥もその中に入っているのだろう。


「やぁ、人がいたんだね」


 少し高い声で話しかける彼は同じくらいの年か。しかし、彼の黄金色の髪、そして青い空のような瞳からはっきりとわかる。


「お貴族様……」

「いやだな、そういう言い方」


 少し怒ったように言う彼だが、身分の差があきらかだ。彼はこの辺りを治める貴族の一員だろう。


「ところで、そのうさぎは君が捕まえたのかい?」

「ええ、俺が罠で捕まえました」


 彼はにかっと笑って言う。


「いい腕だな。毛皮も状態がいい」

 

 そう言うと返事も待たず続ける。

 

「それにしてもまだこの時期なのに暑いな」


 そう言いながら、彼は切り株に腰かけ毛織のコートを脱いだ。その姿を見ていた少年は目をみはった。


「えっ、女の子……」

「あぁ、すまない、まだ自己紹介したなかったな。私はシンシア・マクレーン」


「おっ、俺は……」

「知ってる、イサム、だっけ? 一度会ってるんだけど……覚えてないか」


 イサムは記憶をたどる。そういえば、去年、領都から来たと言う代官を紹介された場にお嬢様がいたな……。その時はベールをかぶりイサム達の前に直接姿を現わしてはいなかった。イサムは職人達を紹介された時に名前を呼ばれたくらいでまさかお嬢様が覚えていたとは思わなかった。


「思い出したようだね。これでも一応貴族令嬢さ。男爵家だから貴族でも下の方だけどね」


 貴族のお嬢様が弓矢をもってこんなところに? イサムの頭の中には疑問だらけだった。それが顔に出てたのだろう。シンシアが微笑みながら教えてくれた。

 

「祖父が騎士でね。小さい頃から弓の手ほどきをしてくれたんだ。だから弓は得意でさ。せっかくここに来たんだから狩りで腕を試したくなるだろう?」

 

 貴族のお嬢様らしからぬ口ぶりにイサムは口を開けたまま固まる。


「ところで、その籠の中には何が入っているんだい?」


 そう言いながらシンシアは籠の中を覗き込む。


「木の芽と野草です。食事に……」


 すると彼女は驚いたような顔で目を瞬かせた。


「へー、木の芽も食べられるんだ」


 街育ちの貴族令嬢には新鮮なんだろうな。少し考えてから彼女がこう言った。


「この鳥と木の芽を交換してもらえないか?」


 いやいや、それだと釣り合いが取れない。押し問答の末、木の芽や野草にうさぎを一羽つけて鳥をニ羽と交換しすることにした。最初はただで差し上げると言ったのだが彼女は頑として交換すると聞かなかった。


「このうさぎ、毛皮がいいね。ありがたく使わせてもらうよ」


 そう言いながら満足げに笑いうさぎを袋に詰める。そんな彼女をイサムは不思議な気分で眺めていた。村には野山を走り回るような女の子は居なくもない。しかし、弓を扱う女の子はいない。ましてや貴族令嬢がこんな姿で山にいるなんてしんじられなかった。


 山を下る道すがらシンシアはイサムに矢継ぎ早に質問を投げかけた。村の暮らしのこと。食べられる草や木の芽や樹の実のこと。村の女の子のこと。職人の仕事……。


 いつの間にかイサムも答えるのが楽しくなって来た。ついつい父親や兄たちのことまで話してしまった。


 逆にシンシアのことも教えてもらった。母親はいないこと。継母と兄がいること。継母は義妹と一緒に領都に残っていること。継母とはソリが合わないので父親と二人でこの村に来たこと。ついてきた侍女が口やかましいこと。


 気がつけばもう麓はすぐそこだっだ。


「次はいつ山に行く?」

「そうですね、明後日くらいですかね」

「わかった。また楽しみにしてるよ」


 そう言うとシンシアは人目を避けるように回り道を通り橋のある方に向かう。彼女を先に行かせて、イサムはゆっくりと工房に向かった。


 山に登り始めた時のもやもやはいつの間にか消えていた。そしてなにか暖かいものがイサムの中で生まれていた。明後日が待ち遠しい。山に行くのが楽しみになったのはいつ以来だろうか。

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表紙絵
― 新着の感想 ―
Xのタイあら感想でこちらの作品に興味を持ち、今回のお祭りで一番最初に拝読させていただきました。 冬から春に移り変わる山の描写が素晴らしく、雪解けの清涼な流れとともに、芽吹く緑が目に浮かぶようです。 ボ…
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