1-06 魔法少女は普通になれない
春から高校生になった星宮椿は、ちょっぴりドジだけど優しい女の子!
新しい学校で、新しい友達との出会いに胸を弾ませるなか、不思議な妖精と出会ってしまう!
「あなたには、世界を守る力があるの」
渡されたのは、ケータイ型の不思議なアイテム――フェアリアルフォン!
仲間たちと力を合わせて、街に現れる悪い怪物を浄化せよ!
普通"だった"少女の、ちょっぴりドジな毎日が、今はじまる!
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2031年4月1日 火曜日
今日は、待ちに待った高校の入学式!1年2組という新しいクラスで輝かしい高校生活が始まる!
そう思うと胸が高鳴る。自己紹介は何にしようか。普通も良いけど、ありのままの自分を出すべきか。
「私は結城 葵、よろしく」
「俺は穂積 潔」
「あなたは?」
「え……」
思考の世界から現実に引き戻され、唐突なその言葉でギャップを感じた私は嫌気がさした。
「わ、私は星宮 椿」
席は教室の左後ろ。この人達となら問題なく仲良くできそうだ。
「じゃあ、互いに自己紹介する紙を配るので4人班作って自己紹介してください」
「あ……」
先生の指示を聞き、バックの中に手を伸ばす。だが、そこにあるはずの物がなかった。右腕はせわしく動き始め、バックの中を掻き乱していく。
「筆箱忘れたなら貸してあげる」
「あ……ありがとう」
葵さんから鉛筆と消しゴムを渡される。自らの不甲斐なさに冷汗三斗の思いだった。
「はあ……」
安堵と無力感からため息を吐いてしまった。入学初日からこの体たらくでは、先が思いやられる。
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やっぱり、私は普通じゃない。
高校からの帰り道。最寄り駅で電車を降りた私は歩きながら、今日もミスを指を折りながら卑下していた。
一つ、忘れ物をしたこと
一つ、新しい友達に頼る勇気が出なかったこと
「ちゃんとしなきゃ……まあ」
なんだかんだできてるから良いか……いや、そういう楽観視が今のダメな自分を形成している気がする。客観的にならなきゃダメだ。
そう決心した時、卒然として肉が潰れる鈍い音が聞こえた。その方を振り返って見てみると、人が轢かれていた。
「え?!」
起こったのは交通事故だ。だけど、人混みの中に突っ込むなんて飲酒運転でもしたのだろうか。
「おい、救急車を呼べ!」
「え、事故?」
交通事故を物珍しく見る野次馬で、ちょっとした人集りができる。恐怖や戸惑いよりも好奇心や高揚感が渦巻くのを私は感じた。
「か、身体が勝手に?!」
「なんだ?!」
それとは別に人々が騒ぎ始めた。その訳はすぐに理解できた。私の体も何故か勝手に動いているのだ。
「やめろ……やめてくれ!」
「止まれって、この……うわあぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁ?!」
そして、悲鳴の聞こえた方を振り返ると友人も恋人も関係ない。通行人全員が流血沙汰を起こしていた。
1人だけなら単なるクレイジーで説明が付くが、通行人全てが互いに殺し合うのだ。時間と共に悲鳴と転がる肉塊は増えていく。
「ごめんよ」
私の腕には謝罪と共に鋭い刃物が深く突き刺さり、制服を破り、肉を抉っていた。
「うああっ!」
痛い。辛い。嫌だ。
そんな感情を抱くが、それよりも好奇心のような、やはり特別な瞬間に自惚れているような感情が上回っていた。
「……なん、で?」
気づいた時には、初めて自分の手で人を殺していた。防衛本能が働いたのか、不可思議現象か、勝手に体が動いているので区別がつかなかった。
無力な私の無力な反抗だった。
「あ、ああ」
もう気力が無いために目の前の光景も、聞こえてくる悲鳴も曖昧だ。それでも命を奪う、この不快で醜悪な感覚だけは分かる。
「……どうなった?」
どのくらい時間が経ったのだろう。鉄の匂いが充満し、粘着性のある液体が身体にまとわりつく。そんな状況に似合わない笑い声が辺り一面に響いていた。
「ンフフフフフッ! いいネェ、ニンゲンどもの引き攣った顔と断末魔ァッー!」
赤い湖の中心に積み上がった死体の上に、興奮した道化師がいた。グリグリと死体を踏んづけ、恍惚な表情を浮かべている。
「楽しいネェ! ニンゲンを殺し合わせるのは。アハハハッ!」
せせら笑う道化師の指先から何やら細い鋼糸が伸びているのが見える。あれで私たちを操っていたのか……?
「生き残ったのはキミか。うーン、そうだなァ」
「うあ、ぁ……?」
道化師はそう言い、私の顎を掴む。人外な握力で顔が潰れそうだ。猛烈な痛さで涙が溢れ出た。
「ンフフッ、そうダ! キミを殺人犯に仕立て上げヨウ! 誰にも信じて貰えず牢屋の中で1人で……いいネェ!」
「……ぁ?」
何を言っているんだコイツは。まるで狂気そのものではないか。というか、誰か助けて……
諦めと祈りが混じった感情の中、道化師からはドス黒い霧が溢れ出した。
「おえっ」
それを本能で感じた私は吐き気を催す。私は、私の人生はここで終わるのか。
しかし、そんな思いとは裏腹に光輝くベールに阻まれていた。
「大丈夫じゃなさそうね」
私の隣には一輪の薔薇を口に咥えた不思議な生き物がいた。その発せられる美しい女声が私に問う。
「貴女は選ぶことができる。いや、できた。逃げるか、変わるのか」
その言葉を聞くと身体を縛りつける憂鬱な気持ちがスッと消えていく。
「でもまだ遅くない。私と契約してあの悪魔を倒せ」
「けぇあく?」
突然の出来事の連続で思考も呂律もうまく回らない。
「私との約定で得た力で全ての悪魔を倒せば、何でも願いを一つだけ叶えられる。それが契約」
あの悪魔、道化師への恐怖で手が震え、足がすくむ。
「へぇ、自分から逃げるの? 臆病ね」
「っ……いや、私が恐れているのは私? 私は悪くないと思いたい。でも……」
思わず言葉が口に出た。さきほどの恐怖はどこへ消えたのか、異常なほど冷静だ。子鹿のような震えが消えた足で立ち上がる。
「私は人間失格かもしれない。だから変わりたい。罪を犯した迷惑な自分から。みんなと同じような普通の人間になりたい」
それが私の願いだった。普通で良い。みんなと同じように立派な人間でありたい。それだけだ。
「私、決めた。だからあなたと契約する」
「それが貴女の願いか。いいでしょう」
その言葉と共に放たれた一輪の薔薇は、カードへと変化した。
「へェ、ニンゲンのくせにボクに立ち向かうの?! 無駄死になのにィ? 君ィ、面白いネェ!」
「許せない」
携帯電話型デバイスとなった妖精にカードを装填する。そう、変身するんだ。前のダメな自分から。もう後戻りはできない。それでも私は装填した。
「変身」
光り輝くベールに包まれ、私は魔法少女への変身を果たした。なんだか変身の過程で徐々に心が清らかになっていく気がした。
「ヴァルキリー・ロゼア……って、ロゼアって何?」
「そう、貴女の字はヴァルキリー・ロゼア。普通を志す戦乙女だから俗っぽくて良いでしょ?」
「ロゼアね。気に入った」
ヴァルキリー・ロゼアの容姿は落ち着いた薔薇色を基調としたロリータ系の変身コスチュームだ。
「ヴァルキリー・ロゼア、ネェ……ではボクも自己紹介をしよウ! ボクは道化師のサイコ! ヨロシクネェ!」
「さア、ココからが本当の遊戯だ! サモン・ダークデビル!」
サイコの計らいによって駅前に巨大な魔法陣が展開される。
「ぎゃあああっ!」
「うああ……」
人々は魔法陣から溢れ出た闇に呑み込まれ、深淵へと消えていく。それが絶対悪というのは直感で理解できた。
「あれは?」
「彼らを召喚の生贄にしてるのよ」
「酷い」
「アハハハッ! 滑稽滑稽!」
生理的に気色の悪い声で嘲笑うが、そんな声とは裏腹にその笑顔は無邪気にも見えた。
「何がおかしいの……!」
「ンフフッ、だッて面白いデショ〜? 自分の手でニンゲンを殺しタくせにィ。酷いだッてェ!」
悪魔の嘲弄は続き、魔法陣から悪魔が現れる。
「あなたが操ってたんでしょ!」
「フ〜ン、""他人を殺してでも生き残ってやる""という気持ちが強いほど、殺すのが上手くなるヨウ自動設定したんだケドなァ?」
「っ……!」
反論をするが全くの無駄だ。サイコは私の反応含めて状況を楽しんでいるようだった。
「違う。私は悪くない」
「ヘェ、ホントゥニィ?」
そう自分のために宣言したが、本当にそうだろうか。あの時、ナイフを突き刺す腕を止められたのではないか?
だとしたら——
そう思うと再びあの罪悪感が身体を駆け巡る。その悪魔は頭を縛りつけ、胸の動悸を烈しくさせた。
「落ち着いて。あの悪魔を倒せば、この遊戯で死んだ人々は蘇るはずよ」
みんなを元に戻さないと。そんな使命感から召喚悪魔と対峙する。
『ウァーッ!』
哀愁と憎悪の混じった声を吠えるそれは、20mほどの大きさで宗教絵画に出てきそうな容貌だった。
「サモン、ローザ・ランピカンテ」
召喚された痛々しい棘が悪魔を縛り上げ、青い血を垂れ流した。
『ガァッ?!』
「これが私の断罪」
召喚悪魔はあっけなく爆散し、贄の人々も元に戻って道端に転がっていた。
「へェ、面白いカラまた今度遊んであげるヨ〜! またネェ〜!」
満足したサイコが黒い霧の中へと消えるのを蔓薔薇で止めようとした。その時だった。
「待っ……」
刹那、私の体中に激痛が走る。いや、それだけならまだ良い。傷口から風が通る感覚を感じる。何かが体を貫いていたのだ。
「があっ!」
「また厄介なのが来たわね」
紺を基調とした防弾ベストにバイザー付きのヘルメットに身を包んだ集団が穴だらけの体に赤い照準点を向けていた。
「我々は警視庁特殊急襲部隊だ! 魔女に告げる。テロ行為を中止し、速やかに投降せよ。警告に従わない場合は実力行使により排除する!」





