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1-05 暁光の魔女は未来を壊す -魔法無き街のエフィ-

エフィは兄とふたり、静かに暮らす光属性を持つ魔法使い。

しかしある日、エフィは兄とはぐれ、機械仕掛けの街に迷い込んでしまう。そこで追われる青年ルーカスに出会い、光魔法で助けたことで、本来破滅するはずだった彼の運命を書き換えてしまった。

予言が絶対の街で、未来が変わった――その異変はやがて、予言を管理する者たちの知るところとなり、街の秩序を揺るがす存在として追われることになる。


舞台は時を刻む蒸気の街。光の魔女と、予言に翻弄された仲間たちは、運命に抗い、前へと進む。


 朝霧に満ちた路地に、歯車が動く規則的な音と、時折吹き出す蒸気の音が響いている。その喧騒に足音を忍ばせながら 、少女――エフィはひとりで走っていた。プラチナブロンドの長髪が、油っぽい風に靡く。

 

 朝起きて、兄と挨拶を交わして1日が始まる――そんな当たり前の今日は、突然失われた。

 今朝、目覚めた瞬間からエフィはこの見知らぬ街に放り出されていた。家を出たところで衛兵らしき者たちに見つかって、理由もわからないまま追い回されている。兄の姿はどこにもない。


 がたんと背後から何かが動く音がして、エフィは壁の配管の隙間に体を押し込むようにして隠れた。自分の呼吸がやけに大きく聞こえる。


「いたか?」


「いや。こちらではないようだ」


 そんなやり取りと共に、人の気配が遠ざかる。肩を強張らせたまま、エフィは隙間から抜け出し、左右を確認してから歩き出す。


(兄様を探さないと)


 兄がエフィに黙って家を空けることなんて一度もなかった。ローブの布地を、皺ができるほど強く握る。竦みそうになる足を叱咤して、エフィは進む。


 機械仕掛けの路地を抜けると、ひらけた場所に出た。エフィのいる場所は一段高くなっていて、広場を見下ろすことができる。

 広場の中央に、人影があった。エフィは咄嗟に膝を着き、転落防止用の塀の影に隠れる。荒い呼吸音が聞こえないよう、気配を殺す。


 エフィは塀から顔だけを突き出すようにして、その人物の姿を確認する。黒の短髪が視界に入り、目を見開いた。


(兄様……! じゃ、ない?)


 そこにいた男性は、20代前半くらいに見えた。年齢や背格好は兄に似ているが、横顔の雰囲気が違う。額には真鍮のゴーグルが煌めいている。

 彼は怪我しているのか、足を押さえてしゃがみこんでいる。その表情は険しく、彼のトラウザーズの裾は赤く染まっていた 鮮烈な赤に、エフィは息を呑む。


 故郷では、こんな非日常はなかったのに――


「おい、こっちだ!」


 向こうの路地から大勢の足音が聞こえた。

 黒いケープを身につけた衛兵たちが走ってくる。追い回されたことが頭を過り、全身が硬直する。


「大人しく投降しろ! ルーカス、お前はここで捕まる。そう決まっているんだよ」


 衛兵たちはルーカスと呼んだ青年を取り囲み、金属でできた筒を彼へと向けた。


「おいおい、そんなの初耳だぜ?」


 ルーカスは傷が痛むのか苦しげに、けれど不敵に笑う。彼は両手を上げるふりをしてさっと懐に手を突っ込み、小さな球体を取り出した。

 それを地面に投げつける。たちどころに煙が発生して周囲の視界を奪った。


「『運命』だとしても、せいぜい足掻かせてもらうさ!」


 ルーカスが煙から飛び出し、広場の奥へと逃げようとする。彼は負傷した足を引きずるようにしていて、エフィの胸がざわつく。


「逃がすか!」


 声と共に、パン! と乾いた音が響いた。何かが空気を引き裂くようにして高速で飛ぶ。


「……っ」


 血が舞った。ルーカスの左足に新たな傷が増え、彼はがくりと地面に足をついた。全身を震わせて立ち上がろうとしているものの、はあっと大きく息を吐き出し、再び座り込んでしまう。彼の目は、それでも前を見ている。


 その姿が、兄と重なった。


 倒れた彼に、衛兵たちが近付く。


(……ダメ!)


 エフィは覚悟を決めて拳を握ると、塀から飛び出して階段を駆け降りた。その場の全員が、突然現れたエフィに釘付けになる。


「君は……!?」


 青年は琥珀色の瞳で、割り込んできたエフィを見つめる。


「ごめんなさい、でも放っておけなかったんです」


 見たことのない武器を前にして、エフィは震える声で言う。そのまま彼に背を向け、魔法を展開した。


(これ以上、傷付けさせない!)


 エフィの手から一筋の光が生まれ、衛兵たちとこちらを隔絶する半透明な壁となる。無視して詰め寄ろうとした衛兵が、壁にぶつかって跳ね返された。


「これは……!?」


「ルーカスに女の協力者がいるなんて『予言』にはなかった!」


 衛兵たちから戸惑いの声が上がる。エフィはルーカスに駆け寄った。


「大丈夫ですか」


「あ、ああ。これは君が?」


「はい。魔法です」


 黒髪の青年は目を見開いた。


「これが、魔法……!?」


 その時、エフィはどん、と突き飛ばされるような衝撃を受けてたたらを踏む。魔法で織り上げた光の結界に、衛兵たちが体当たりを繰り返していた。びりびりとした感覚が魔法を通して自分にも波及し、エフィは歯を食い縛る。


「今のうちに逃げて。立てますか?」


「わかった。……っ」


 ルーカスは立ち上がろうと動き出すが、すぐに地面に崩れ落ちてしまう。足からの出血はまだ、止まっていない。


 光の結界が、衛兵たちから加えられる衝撃で歪む。


(……兄様、力を貸して!)


 エフィは祈りながら、彼の足に手をかざした。淡い光が溢れて、彼の傷を塞いでいく。軽い眩暈を覚え、エフィは目を瞬かせた。


「なっ……治癒しているだと!?」


 衛兵たちが体当たりも忘れてざわついている。その隙に、エフィは治癒魔法をかけ続けた。


(兄様の、見よう見まねだけど)


 初めて使った魔法。出力は安定しないし、治りも遅い。

  

 光の壁の向こうで、我に返った衛兵が再び破裂音を響かせる。その『攻撃』は光の壁に小さな穴を空け、こちら側にも届いてしまう。

 エフィはぞっとした。あの筒は、一体どれほどの威力があるのだろう。衛兵たちは壁に穴を開けようと、次々と筒を使った遠距離攻撃を仕掛けてくる。

 このままでは、破られるのは時間の問題。


「もう少し、時間が欲しい……」


 エフィから独り言が零れた。呆然と自分の傷を眺めていたルーカスが、はっと顔を上げる。視線が交わった。


「わかった。任せろ」


 彼は懐から小瓶を取り出すと、衛兵たちへ向かって投げた。小瓶は彼らの攻撃でできた結界の綻びを通過し、向こう側の地面へ落ちる。ぱりんと音を立てて硝子が割れ、今度は黄色っぽい煙が巻き起こった。結界に阻まれ、その煙はこちらまではあまり流れてこない。


 それを吸った衛兵たちは次々に手にした筒を取り落とし、地面に膝を着いた。


「なっ、これは!」


「安心しろ。四肢を短時間麻痺させるだけだ」


 ルーカスは、苦しげに、けれどにっと口角を上げて笑ってみせた。その顔が、兄とどうしようもなく重なる。


「ありがとうございます」


「それはこっちの台詞だ」


 ルーカスの表情は和らいできていて、エフィはほっとした。


 ある程度治癒魔法を使ったところで、ルーカスが恐る恐るといった様子で足に力を入れ、立ち上がった。彼は二度、三度目と足踏みをする。その表情は、驚きへと変わった。


「君は、こんなことまで魔法でできるんだな」


「いえ、まだ軽く塞がっただけです」


「でも、のんびり治療している時間はなさそうだ」


 ルーカスが結界の向こうに視線をやる。彼の言う通りだ。エフィは魔法を使うのをやめた。代わりに、エフィはポケットからハンカチを取り出し、傷口をぎゅっと縛る。応急処置だ。ルーカスが痛みで軽く呻く。


「くそっ、あの女共々、ルーカスを捕えろ! それで予定通りになる!」


 衛兵のリーダーらしき男が叫ぶ。薬が切れたのか衛兵たちは立ち上がり、筒を構えて即座に撃った。結界に衝撃。エフィは魔法の出力を上げる。ふらつき、視界が霞む。

 もう、長くは保ちそうにない。


「おい、大丈夫か? 逃げるぞ」


 ルーカスが手を差し出す。エフィの逡巡は一瞬だった。


「……はい」


 この人は多分、衛兵たちと違って信用してもいい。エフィはルーカスの手を取った。兄と同じ大きな手に、力強く腕を引かれる。エフィはルーカスの後に続いて走り出し、手近な路地へと飛び込んだ。


 その直後、ふたりの背後で、結界が崩壊する鈍い音が響き渡った。


(もう、少しだけ!)


 魔力をかき集め、もう一度光の壁を作る。薄い。しかし足止めには十分だった。

 振り向かずに、エフィは走る。朝霧と歯車の音に紛れて、少しずつ衛兵たちの足音が遠ざかり、やがて消えた。






「あの、少しいいですか?」


 エフィが声をかけると、ルーカスは走るのをやめた。固く握っていた手を放し、彼はエフィの方を振り向く。


「傷口、開いてしまっているかも」


「あ、本当だ」


 先ほどエフィが巻いたハンカチに、真新しい血が滲んでいた。今痛みを感じ始めたのか、ルーカスが顔をしかめる。エフィはしゃがみこみ、再び彼の足に治癒魔法をかけた。


「助かった。君がいなければ、俺は――」


 言葉が、途中で途切れる。

 前方、霧の中から、こつんと靴音が聞こえた。まるで、自分の存在を主張するように、力強く響く。


(まさか、追っ手……!?)


 エフィは魔法をやめ、立ち上がって身構えた。


「ルーカスはここで捕まると決まっていた。それを書き換えた変数は……君と、君の魔法か」


 冷静な、低い声。


(……決まっていた?)


 その言葉の強さに、胸がざわつく。


 路地に反響する足音は、一定のリズムで近付いてくる。

 白い靄を割ってまず見えたのは、無造作に結ばれた赤茶色の髪。手には金属製の上品なステッキ。フロックコートに身を包んだ、細身の若い男だった。

 青い瞳が、探るようにエフィを捉える。


「君は、何者?」


「……どういう意味、ですか」


 エフィは腹筋に力を込めながら、男を睨み返した。




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