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1-04 捧ぐ歌は誰の為〜戦歌の主題による三つの幻想譚〜

 戦歌。感情の発露たる歌が、魔法の媒介として使用される世界に於いて。


行進マーチ:正義の狭間で揺れるように》


遁走フーガ:想いを懐き追いかけて》


葬送レクイエム:かつての道を辿りながら》


 戦歌姫、村娘、魔女。


 立場も、境遇も。なにもかもが違う彼女らが。


 捧ぐ歌は、はたして誰の為か。

 歌が響く、声が舞う。


 剣戟の音、砲撃の音。轟き、鳴り叫ぶその中を。


 あまねくを包み込み、支配せんとする声量で。


 歌は、戦場を駆け巡る。






   《行進マーチ:正義の狭間で揺れるように》






「スケールの頂点で変なこぶしがついてる。意図しないまま続けると癖になるからその前にしっかりと矯正して」


 初老の女性とは思えないほどの力強い声音。

 その迫力に、思わず「ひぅ」と息を漏らしてしまいながらに、そうっ、と視線をそらしてしまう。


「い、意図は……その……」


「仮に意図してるとしてるものだとしても、そこにつけると違和感がある。……それとも今更座学をする?」


「嘘です、はいっ! ちゃんとやります!」


 先生からの指導に、私はピンと背中を伸ばす。

 勢い余って、腰ほどまで伸びた栗色の髪が少し跳ねる。


 ここはエーラ王国軍部、楽聖隊詰所。


「しっかりしなさいよ。当代の戦歌姫(いくさうたひめ)はあなた、ミルスなんだから」


「うぅ……そんなこと言われてもぅ」


 尻すぼみの言葉になりながら、肩にかかった髪の毛をもじもじといじる。


 ただの街娘だったはずの私が、なぜ王国の軍部――軍隊に関与する場所にいるのか。

 それは、私が戦歌姫と呼ばれる存在だから。


 エーラ王国は現在、戦争をしている。相手はお隣のサルエフ帝国。

 とはいっても、常にドンパチとなにがしかの戦いをしてるというわけではなく。国境付近での長い長い睨み合いが続いている状態、とのこと。

 昔から王国と帝国は仲が悪かったらしく、それが今にも続いているらしい。

 今を生きる私からしてみれば、全く以て迷惑な話でしかない。


 そして、戦争を行う上で必要不可欠な存在がいる。それが、戦歌姫。


 歌には、魔法が宿る。

 感情をたきぎに力を行使するという魔法の性質上、感情の発露たる歌は媒介として強力だった。


 そして、彼女らの歌う戦歌いくさうたは、聞くものに影響を与える。

 味方には、強化という恩恵を。敵には、弱化という妨害を。


 別に、普通の人でも歌に魔法を乗せられはするものの。戦歌姫は一等上等の魔法を乗せた歌を紡ぐことができるのだとか。

 その効果のほどは、一般人が寄り集まって歌っても到底叶わないほどだそうで。


 それゆえに、戦場には必ずと言っていいほどに、戦歌が響いている。

 魔法により幾倍にも増幅された歌が戦場を包み込むようにして支配する。


 もちろん、それをするのは相手も同じこと。だからこそ、戦場では制歌権せいかけんの奪い合いが起こる。

 なんなら、今でも国境付近では継歌隊けいかたいという、交代制で歌い続ける人たちより制歌権の維持が行われている。


 しかし、継歌隊の歌は制歌権を維持することはできても、味方に対しての支援では一歩劣る。

 それ以外にも、継歌隊が戦線を押し上げるのは難しいし。また、逆に相手からの制歌権の侵食に対しては、多少の抵抗はすることができるものの、それだけ、ではある。


 こちらから攻めるにしても、あるいは、守るにしても。

 必ずそこに、戦歌姫の存在が必要になる。それくらいには、重要な要素。

 それが、戦歌姫……なのだけれども。


「なんで、私なんだろうなあ」


 先生からの指導を終えて。ひとり残された練習室のなかで。私は小さく、そうつぶやく。

 外へと視線を向けてみたけど、窓に映るしょぼくれた自分の顔に、視線をもとに戻してしまう。


 ただ、歌うのが好きなだけの街娘だった。

 それが、戦歌姫なんていうものに見初められて。周りからもてはやされて。

 大好きな歌で生きていけるのだろうなんて、そんな楽観的な考えのもと、ここにやってきて。


 いつからか、歌うことが楽しくなくなって。


 そして、この始末である。……改めて考えてみると、たしかに周りの持ち上げなんかもありはしたけど、ひたすらに浅い考えの私が悪いだけだな。


「そもそも、戦争なんてよくわかんないし!」


 だいたい、ここ十数年は睨み合いが続くばかりで、戦いらしい戦いが起こっていないって聞いてる。実際、私もそういった話は聞いたことがなかったし。街娘として生きていて、この国が戦争状態にある、なんてことを認識することがほとんどなかったくらいには。


 だったら、少しくらいサボったって問題ないんじゃないかなって。そう、思うんだけど――、


 緩んでいた身体に力を込めながら、ゆっくりと立ち上がる。ともかく、今日は帰って休もう。

 そう思いながらに練習室の扉を開くと。


「……げ」


「おい、なんだその反応は」


 扉の先で待っていた――もとい待ち構えていた黒髪の青年に、私は思わず顔をしかめる。

 コイツはアレク。私の幼馴染で、戦歌姫として出てくるときに一緒に出てきたやつ。

 それでいて。


「練習はしっかりやるんだぞ」


「……アレクには関係ないでしょ?」


「関係大アリだ。万が一のとき、俺たちが動けるかどうかはお前にかかってるんだからな。制歌権が奪われてる状況下だと、まともに行動できなくなる。守ろうとしても――」


「わかってるわかってる! もう、それくらいわかってるっての!」


 全く、こればっかりでうんざりしてしまう。

 昔はもう少し色々と落ち着いて話せていたような気はするんだけど。

 今となっては戦歌姫の近衛なんて大仰な身分貰っちゃってさ? ……って、その戦歌姫は私なんだけど。

 いい立場なものだよ。戦歌姫の同郷だからってさ。それでいて当人はというと、その戦歌姫に小言を言いに来て。


「とりあえず、今日はもう帰るから」


「おい。なら俺も付いて――」


「ついてこないで!」


 強めの拒絶を顕にして、私は駆け出すように走り去っていく。

 足なら彼のほうが早いから、ついてくるならついてこれるはずだけど。……ふん、まあついてこなくたって、なんてことはないけどね。

 そもそも私の安全がどうとか言ってるけど、戦争中とはいえ戦火の下ってわけでもない。

 私に練習しろ練習しろっていうのなら、アレクだって私なんかに構ってないで鍛錬のひとつでもしていればいいんだ。


 勝手に拗ねている、という自覚はあるけど。でもアレクに今更感情を抱くのは癪なので、鼻だけ鳴らして、ともかく帰路につく。


 楽聖隊の軍部は、街の中心からは大きく離れた郊外……というか、ほとんど森みたいなところにある。

 いちおうちゃんと道は整備されてるし、それなりに店や家はあるんだけど。


「最初は、もっとキラキラしたものを想像してたんだけどなあ」


 王国直属の軍部の管理下ともなれば、てっきり王都なんかを想像していたけれど。現実はこれである。娯楽なんてものもロクに見当たらないし、これならば元いた街のほうがいくらか発展していたくらい。

 曰く、有事の際にすぐさま戦地に赴けるようにしているとのこと。

 まあ、そう言われると理屈は理解できるんだけどさ。でも、もうずうっと戦火なんて飛び合ってないんだからそこまでする必要とかあるのかなあ。


 そんなことを考えながらに、家に帰っていく。

 いちおう、戦歌姫だからということで、それなりにいいおうちは与えてもらってる。……とは言っても、安全がどうとかで近衛の人たちの寮からもそれなりに近かったりとかはあるんだけど。

 つまるところが、アレクも近くに住んでる。……さっきのこともあったから、ちょっと気まずいなあ。


「で、でも! アレはアレクが悪――って、あれ?」


 家に着こうかというその直前。遠巻きからではっきりとは見えないけれど、家の近くに見慣れないものが。

 おそるおそるという要領でゆっくりと近づいてみると。


「ひ、人!? なんでこんなところに!?」


 そこに落ちている、もとい、倒れているのが男の人であるということを認識して。私は大慌てで駆け寄る。

 よく見ると全身がボロボロ。服もいたるところが破れているしあちこち怪我をしている。

 いったいなにがあってこんなことに。


「とにかく、手当。手当をしなきゃ」


 くるくると周りを見回してみても、誰もいなさそうに見える。

 私が、私がなんとかしないと。

 偶然と見るか、なんというか。私の家のすぐそば。さすがに男性を担ぎあげることはできないから引きずりながらにはなるけど、まだ距離は近い。

 ……異性を連れ込むのはどうなんだと思わなくはないけど、緊急事態だし、仕方がない。


 ともかく、早くしないと、と。彼の身体を見てみたとき。


「あれ。これって……」


 いくら座学が嫌いで知識の浅い私でも、さすがにこれは知っている。

 土で汚れて、引き裂かれて。そんな衣服だからこそ、ものすごく見にくくはなっているけど。でも、この形を見紛うことはないだろう。


 彼の羽織っているその外套にあしらわれているその標章。


 サルエル帝国――私たちエーラ王国が現在戦争中の、そのシンボル。


 彼の所属がいかなるものであるかを、指し示すものであった。

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