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1-03 私を殺したのは誰ですか?〜寂しがり王子は死んだ令嬢とお友達になりたい〜

 書庫で古びていた怪しい魔術書に、幼いころからずっと大切にしてきた黒いうさぎのぬいぐるみ。

 降霊術で僕の前に現れたのは、十年前に兄上に婚約破棄されて自死したはずの公爵令嬢――お姉様だった。

 お姉様は言う。

【わたくしと友達になりたいのなら。わたくしを殺した犯人を見つけてください】

【もし真実が明るみになったその時は、あなたの友達になることを考えてあげてもいいですよ】

 誇り高いお姉様は、自分は自死などしないと口にした。

 だから僕は、お姉様と友達になるために、お姉様が最期に過ごした離宮を訪れた人に話を聞きに行くことにしたんだ。


 容疑者は、僕が知ってるだけで六人。

 元王太子、元男爵令嬢、公爵夫人、お姉様の弟、侯爵令嬢、それから――。


 この中に、お姉様を殺した犯人がいると思う?

「……えっと、闇に惑いしもの、深淵より覗くもの、それから、冥府に阻まれし迷いし魂よ――。えっと、次の文字読めないな……まあ、いいや。とにかく、幽霊さん、僕の友達になって!」


 呪文なんて覚えられないから、僕はとりあえず思いの丈を言葉に乗せた。

 とたん静まり返る室内。


 うーん。失敗だろうか。

 でも魔法陣は細かい文字までちゃんと書いたし、なんか部屋に入ってからずっとまとわりつくようにしてあったおぞましい気配を今は感じない。

 何かが起こったのは事実だとは思うけど。


「……ちゃんと呪文唱えないといけないかなぁ。でも文字がかすれて読めないし……」


 持っていた魔術書は古びていて、紙も黄ばんでインクも滲んでいる。装丁はボロボロだ。

 書庫で見つけた怪しい書物には降霊術と書いてあった。魔術書だと思ったのだけど、もしかしたらそこから間違えていたのかもしれない。


 今夜は強風が吹いていて立て付けの悪い窓枠がカタカタ揺れている。

 この離宮は、十年前にあった悲しい出来事と、それから度々起こる心霊現象のせいでほとんど放置されている。いくら建物にガタが来ようと、誰も直そうとはしない。


「ここにならいると思ったんだけどなぁ。たまに窓枠に影が見えていたし」


 そっと窓を確認すると、さっきまでカタカタ揺れていた窓枠が、ガタガタと震えている。今にも壊れそうなほどガタガタ、ガタガタ。

 さっきまでの静けさはどこへやら、部屋の中にあったものが一様にカタカタ、ガタガタ揺れている。

 まるでここにいる心霊的な何かが、僕に存在を示しているようでもある。


 嬉しくなった僕は、つい声を上げてしまった。


「僕と、友達になってくれるの?」


 とたん静まり返る室内。カタカタ揺れていた窓も部屋の調度品も、震えるのをやめてしまった。


「はあ、やっぱりそうだよね。僕なんてできそこないの落ちこぼれで、失脚した兄上の代替品でしかないんだ。しかも兄上のやらかしのせいで、僕は自由を奪われて王宮から出ることも、同世代の貴族子女と会うこともできない。どうせ、どうせ僕なんて――」


 口にするとさらに気分が落ち込んでくる。

 兄上は優秀だったけれど、それゆえに何でも自分の思い通りになると思っていた。

 将来の王座も、未来の伴侶だって、自分で選べると思い込んでいた。

 兄上には栄光ある未来が約束されていたのに、自らの手で壊してしまった。

 そのしわ寄せは、第二王子である僕にまで及んだ。


「ほんとうなら、僕は第二王子としてなんの不自由もないのんびり王宮ライフが待っていたというのにさぁ。お姉様にはちゃんとしなさいってよく怒られたけどね。――でも父上が、兄上の代わりに未来の王国を導いて行けとか言ってきて、そんな重いもの僕は背負いたくないのに、押し付けられて……」


 すべてが変わった十年前――当時八歳だった僕は、それはそれは苦労した。

 兄上が失脚してから、僕に課せられたものはあまりにも重すぎた。

 兄上がいるからとサボっていた勉強を無理やりやらされて、親しかった友人からは引き離されて、同世代とのお茶会は出席することが許されず。

 使用人も年上で、同世代の子女と最後に話したのは、いつのことだっけ。もうすっかり忘れてしまった。


 とにかく、兄上のようになるな、というのが父上の口癖だった。


「だから友達が欲しいんだ。侍従や使用人や家庭教師はいつも僕を厳しい目で見て、いくら勉強を頑張っても褒めてくれないし、父上も母上ももう頭を撫でてくれなくなったから」


 慟哭したいが、感情が溢れてこない。

 十年前のあの日に泣きじゃくってから、僕の涙腺は乾いてしまった。


「幽霊でもなんでもいいから、僕の友達になってよ。僕の命ぐらい、あげるから」


 ぶるりと、魔法陣の中心に鎮座しているものが震えた。

 黒いうさぎのぬいぐるみだ。

 幼いころにプレゼントされた、僕のいちばんの宝物。

 木苺のような赤い瞳が、僕を静かに見上げている。


【……体は大きくなったのに、中身は子供のままなのですね】


 聞こえてきたのは懐かしい声。


 ぞっと悪寒が走り、僕は心の底から喜びの声を上げた。


「お姉様だよね! 僕と友達になってください!」


【わたくしはあなたの友達にはなれません。今のわたくしは体もない、魂が漂っているだけの存在。あなたの姉として導くことも、よき友人として歩むこともできない、ただの悪霊なんです】


「新しい体ならあるよ。ほら、そこに」


【……もしかして、これのこと?】


 コテンと、黒いうさぎのぬいぐるみが首を傾げる。ため息が聞こえた。


【こんなものを、まだ大事にしているのですね】


「お姉様からもらったものだから、当然だよ」


 六歳の誕生日に、プレゼントでもらったものだ。

 あの時のお姉様は兄上と婚約したばかりで、それが羨ましかった僕はお姉様に友達になってもらうようにお願いした。

 返ってきたのは「友達にはなれません」という冷たい言葉だったけど、僕はめげなかった。

 そしてとうとう観念したお姉様から、誕生日プレゼントとして黒いうさぎのぬいぐるみをもらったのだ。わたくしの代わりに、これを友人と思って大切にしてください――って。


 でもお姉様はいなくなってしまった。

 僕はまだ、お姉様と友達になるのを諦めていないというのに。


「どうしたら友達になってくれるの?」 


【……そうですね。そんなにもわたくしと友達になりたいのなら。わたくしを殺した犯人(、、)を見つけてください】


 息が止まるかと思った。

 それほどまでに、その言葉は衝撃だった。


 だって、お姉様は――。


【わたくしが自死したと思われていることは知っています。――でも、わたくしの最期が自死だなんて、そんなことありえません。あのわたくしが、誰よりも高潔で他人の心なんて慮らない悪女と噂されていたこのわたくしが、婚約破棄されたぐらいで自死を選ぶものですか! ……そんなことはっ、絶対にありえないのです。わたくしが、このわたくしが自死だなんて。そんなのそんなのッ、ありえないありえない絶対ぜったい許されないわッ】


 僕も十年前はそう思っていた。

 お姉様が自死するなんて考えられない。


 でも調査の結果は、お姉様の悲しい最期を物語っていた。


【わたくしは死の間際のことは覚えていません。気づけば悪霊になっていて、離宮の外に出ることができなくなっていました。空に昇ることも地の底に落とされることもない、ただ彷徨うだけの亡霊。きっと、なにか心残りがあるからだと思うのです】


 木苺のような瞳は、生前のお姉様のルビーのような瞳には敵わない。

 それでも、まっすぐ向けられたその瞳に、過去の記憶が重なった。



 お姉様――公爵令嬢アデライド・モンブルラン。

 彼女は高潔な令嬢だった。誰よりも気品に溢れていて、誰よりもまっすぐな信念を持っていた。兄上にも負けず劣らずの秀才ぶりで、中には崇拝する者もいた。完全無欠の公爵令嬢。


 でも兄上は、そんな彼女にあろうことか公衆の面前で婚約破棄を突き付けた。

 理由は単純。兄上が寵愛していた男爵令嬢に冷たい言葉を浴びせた。蔑ろにした。邪険に扱った。言葉を無視した。腕を振り払って怪我をさせた。裏で強盗に襲わせようとした。扇で殴った。尊厳を傷つけようとした。男爵家を潰そうとした。


 つまり、兄上の気分を害した。

 だから婚約破棄して、罪人が入れられる離宮に閉じ込めた。

 でも、本当の悲劇が起こったのは翌日だった。

 

 一夜が明けた離宮には、カーテンで首をくくったひとつの遺体(、、)がぶら下がっていた。


 激怒したモンブルラン公爵は、娘の死について調査した。

 その結果、兄上の告発はほとんどが濡れ衣だったことが判明した。

 お姉様は自らの死をもってそれを証明してみせたのだと、多くの人が語っている。


 華々しかった兄上は失脚して、現在は幽閉されている。

 男爵令嬢は過酷な労働を課せられる修道院に入れられて、兄上に加担した側近たちは廃嫡されてそれぞれ厳しい強制労働を強いられている。


 お姉様の死は悲劇だったと、お姉様の命日に多くの人が花を手向けるために墓所に殺到するほどだ。また同じ過ちが起きないようにと、十年経った今も語り継がれている。


 ――でも、その死が作られたものだったとしたら?


「お姉様は、どうして死んでしまったの?」


【あなたに、それを調べてほしいのです。わたくしを殺したのが、誰なのかを】


 ぬいぐるみの瞳は多くを語らない。

 お姉様がどんな表情をしているのか、僕には分からない。


【もし真実が明るみになったその時は、あなたの友達になることを考えてあげてもいいですよ】


 たとえお姉様の望み通りの結果にならなかったとしても。

 僕の気持ちは決まっている。 


「……わかった。僕がお姉様を殺した犯人を見つけるよ。だから、絶対に友達になってもらうからね!」


 さて、と僕は考える。

 

 お姉様が離宮に閉じ込められてから、翌日の朝までに離宮を訪れたのは、知っているだけで六人。


 現在幽閉されている元王太子、クリスティアン・シュタルトン。

 修道院にいる元男爵令嬢、マリエット・マカローネ。

 娘を亡くしたことにより正気を失った公爵夫人、サブリナ・モンブルラン。

 お姉様の弟にして現公爵家名代、アンリ・モンブルラン。

 お姉様と社交界で対立していた侯爵令嬢、ミレイユ・フィユルド。


 それから僕、ユリアン・シュタルトン。


 僕は、お姉様の遺体の第一発見者だった。

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