1-20 安楽椅子英雄の宝物庫改革~左遷→軟禁された新米宝物庫番と呪物たちの10年休暇~
宰相補佐として日々激務と王太子の嫌がらせに追われていたルシェド(35歳)は、ある日『呪いの指輪』に選ばれ、次の代替わりが来る十年後まで宝物庫から一歩も出られない「軟禁」を強制されることに。
王太子は「出世の道を絶たれた哀れな男」と嘲笑うが、当の本人はこの軟禁生活を『十年の有給休暇』として満喫することに決めた。
日々の激務で鍛えられた俺メンタルTUEEEなルシェドは、宝物庫内の『血濡れの鎧』や『嗤う肖像画』相手にも動じない。むしろ労い、綺麗に磨き、話を聞いて願いを叶えてやる。見返りに日々の生活を助けてもらい、Win-Win!……と思っていたのだが。
瘴気が収まった!?
魔物が消えた!?
悪徳領主の不正が暴かれた!?
水虫と禿の特効薬ができた!?
快適なWin-Winライフが結果的に呪具を浄化し、大無双。三十五歳・元宰相補佐の、世界一快適な安楽椅子英雄譚、開幕!
目の前で、厭にきらびやかな装飾が施された分厚い鋼の扉が閉まった。
「同年代一番の出世頭と名高かった貴様も、その宝物に選ばれたのが運の尽き。お前のような小賢しい男には、その薄暗いガラクタ部屋がお似合いだ! せいぜい埃まみれの呪物どもに囲まれ、誰とも口を利けず孤独に狂い死ぬがいい!」
扉を隔てても尚聞こえてくる高笑いに「どうやら余程、気分がいいらしい」と苦笑する。
……まぁ、何かと目の敵にされてたからなぁ。
でもこれで。
――やっとあの終わらない激務と不毛な派閥争いから解放される。
そう思えば、決して悪い話ではない。
宰相補佐の仕事一つ取っても、単に城内ですれ違う時でさえ、声の主であるこの王太子殿下は、何かにつけて俺のことを意識し、対抗意識を燃やしてきていた。
仕方がないんだろうなぁ。国王陛下、ちょっと無神経だから。
きっと何かにつけて殿下に対し「ルシェドを見習え」とか言っていたのだろう。そりゃあ嫌いにだってなる。
そんな人間をこの『十年開かずの間』『呪いの部屋』などと呼ばれている宝物庫に閉じ込める事ができたのだから、今まで溜まりに溜まっていた鬱憤も晴れ、溜飲が下がったのかもしれない。
高笑いと共に遠ざかっていくコツコツという足音に、俺は「やれやれ」と小さくため息をつく。
――さて、この降って湧いた十年の有給休暇をどうするか。
手元を見下ろせば、右手の中指に見慣れぬ指輪が嵌められている。
俺は今日、この指輪に選ばれた。
選ばれた者は、ここに安置されている呪具の数々の手入れをする義務を負わされる。拒否権はない。
「よう……生きてるか? ルシェド」
ギイッ、と少しだけ開いた扉の隙間から、顔に大きな傷のある男が中を覗き込んできた。
普段は大きく深いその傷で片眼を潰されている事などまるで感じさせない底抜けの明るさの持ち主なのに、何故か今はひどく警戒したように、こちら側をキョロキョロと見回している。
「まだ呪われてないか? 大丈夫? 宰相補佐の地位を取り上げられてこんな所で牢獄生活なんて、お前も凶悪な運を引いたなぁ」
「せめて『宝物庫生活』って言わない? シルヴァ」
「んなこと言ったって、この先十年は軟禁で、ここで毎日寝起きして、飯食って、呪いの道具に囲まれながら生活するんだろ……?」
こいつ――元騎士団長のシルヴァは、百戦錬磨の武勇に反して幽霊の類が大の苦手なのだ。だからこんなに警戒しているのだろう。
「そんなに怖いなら来なけりゃいいのに」
「親友が悲惨な目に遭ってるってなったら、心配するのは当たり前だろ?」
「別に悲惨なところなんて今のところ、どこもないけどなぁ」
言いながら辺りを見回してみる。
無数の宝物や木箱が雑多に積まれた室内は薄暗いが、それは単に陽光が弱いのと掃除が行き届いていないせいだろう。
「それに、『軟禁』っていうが別に物理的に出られない訳じゃない。外からならまだしも中からなら、宝物庫の扉は簡単に開くっていう話だし……っていうかお前、どうやってこの扉開けたんだ?」
この宝物庫には、退出は誰でも簡単にできるものの、入室には厳重な制限がある……と言われている。
なんでも『招かれていない者は、入れない』。該当するのは、王族と選ばれた宝物庫番だけという話だったと思うけど……。
「そんなの腕力で、に決まってるだろ。いやぁ、『開かずの扉』っていう話だったけど、単に『めっちゃ重い扉』っていうだけだったんだな。鍛えててよかったぜ!」
言いながら、シルヴァは腕を持ち上げて腕まくりし、曲げて得意げに力こぶを作って見せてくる。
立派なその力こぶは、万年書類仕事の俺には一生縁のなさそうな、見事な筋肉だ。
まさか、こいつが王族の血筋……な訳がないな。
っていう事は、何だ。『開かずの扉』っていうのは、単にものすごく重い扉っていうだけか。
もしかしたら王族だけが、扉を軽くする特別な法具か何かを隠し持っているとかなのかもしれない。
「それはさておき、中からなら簡単に開くからって、勝手に外に出るんじゃねぇぞ? お前を選んだその指輪、『追跡の呪輪』だろ? ここから出ると、この宝物庫の管理者に知らせが行く。体に害がある訳じゃないが、その管理者ってのはあの王太子殿下だ。出たのがバレたらアイツはすぐに、嬉々としてお前を断罪しにかかる。なんせ、出ただけで『世界の半分の平和を脅かしてる』っていう、立派な大義名分が得られるんだからな」
「それは、まぁ」
この宝物庫には、放っておくと『世界の半分が滅ぶ』と言われている物も貯蔵されている。確かに俺がいないだけで、大義名分は立つだろう。
だが、俺にとってそれは最強の盾になる。例えば今後、もし殿下から嫌がらせのような仕事を押し付けられそうになっても、十年先までは堂々と『外出禁止なんで無理です』と断れるのだから。
「お前、本当に動じないよな。普通、こんないわく付きの場所に十年も閉じ込められて、もっと焦ってもいいと思うんだが」
「これでも結構ビックリも混乱もしてるよ、俺」
苦笑したシルヴァに言葉を返すと、「だったら、もうちゃんとそれっぽい反応しないと伝わらないぞ?」と言い返されてしまった。
が、昨今は殿下と宰相閣下からのあらゆる無茶ぶりを受け続けたお陰で、すっかり精神耐性が付いてしまっている。今更驚くのも慌てるのも、結構難しそうである。
「でもまぁ俺も嬉しいよ、お前が『宝物庫番』に選ばれて」
「お前、友人が左遷されて喜ぶとか、趣味悪くないか?」
「い、いやいや違うって! 単に、暇な城内警備のサボり場所が増えて嬉しいってだけ!」
「それもどうかと思うけど」
――ガタンッ。
「ひっ!」
俺以外には誰にもいない筈の宝物庫の奥から、何かが落ちるような物音がした。
そんなに大きな音じゃなかったし、多分宝物のどれかがズレたくらいだろうと俺は思ったんだが、シルヴァは大げさにビクリと肩を震わせる。
「あっ、俺、もうそろそろ行かなくちゃな!」
こっそり来たし、なんて言い訳をしながら「また様子を見に来るからなっ」と言い置いて、彼はあっという間に去って行ってしまった。話している内に忘れかけていた「ここがいわくつきの場所だ」という事実を、おそらく思い出してしまったのだろう。
慌てて帰っていく客人の背中を見送って、俺は「さて」と踵を返す。
「とりあえず中を一通り見てみるか」
言いながら、宝物庫の中を歩き出した。
宝飾品から武具の類、絵に、食器類、果ては何故か噴水まで。あらゆるものが雑多に貯蔵されている。
壁に一つ小さな扉があったので開けてみれば、ベッドがある小さな部屋が一つ。もしかしてこれ、『宝物庫番』用の寝泊まりスペースだろうか。宝物庫内よりもこっちの方が、掃除が行き届いている雰囲気がある。誰かが持ってきたのか、サンドイッチも用意されているけど……。
「食事はまだいいかな。お腹、減ってないし。まずは簡単に宝物庫内の掃除でも――」
宝物庫の方に戻ろうと踵を返した瞬間、ガシャンッという音と共に俺は何かにぶつかった。
目の前に鉄の壁がある。
あれ、おかしいな。さっきまではなかったと思うけど……。
首を傾げつつ視線を上げて――。
「ん?」
目が合った。
漆黒のフルプレートアーマー、頭なし。床にポタポタと血痕を落とす血濡れの鎧が、自立し、おぞましいまでの死臭を漂わせながら俺の目の前に在る。
頭がない以上、目が合う筈なんてない。なのに、本来頭が乗っている筈の場所から立ち上る赤黒い炎――その向こうに、確かな『視線』があると分かってしまった。
見られている。睨まれている。見定められている。
そう自覚したのと同時に、周りの空気がズンッと重くなる。
常軌を逸したプレッシャーに、鎧の後ろの空間が歪んで見えた。今にも対象をプチンと押し潰してしまいそうな幻想に、一瞬囚われそうになる。
『我はかつての王、騎士王の残影。我の眠りを妨げる愚か者は、そなたか』
地を這うようなその声は、頭に直接響いてきた。まるで「どこに行っても逃げられない」と言われているかのようだ。
常人ならば、きっとこの呪詛に当てられた時点で卒倒してしまっているだろう。これは直感だ。
ふと思い出したのは、『この宝物庫がいわくつきとされるのは、呪いの品が収められているからだ』という事である。
曰く、それは価値あるものであるが故に、人の念や魔法的な呪が絡みつき、染みついてしまっている。
それらを人は『呪い』と呼び、宝物庫の奥底――誰も触れられぬ場所に、厳重に封印している。
……封印されてるのか? コレ。
どう見ても、独りでに動いているようにしか見えないんだけど。
――いや、まぁいいか。
俺は宰相補佐として、様々な経験を積んできた。
宰相閣下が楽をするために、王太子殿下の嫌がらせのために。必要のある・ないに関わらず、時には本国・他国の王や王子たちの協議の場から、エンシェントドラゴン討伐の最前線まで。あらゆる場所に立ち会い、その空気に晒されて、時には役割を与えられてきた。
それらの苦労と経験を積み重ねてきたせいで、一介の文官にしては、何度も死地を経験し、乗り越える羽目になっている。この程度の威圧なら、俺の精神はビクともしない。
「あーはい、自己紹介ご丁寧にありがとう」
『……なに?』
「とりあえず、その肩のところのカビ拭いていいか? 一度目についたら気になっちゃって」





