1-15 勇者酒場
魔王城の地下一階。
ぷちダンジョン化し、魔物も闊歩するその一角には城で働く数多の魔族が夜な夜な集まっては飲み明かす、至って平和な酒場がある。
どんな種族にも分け隔てなく開かれた自由なその酒場には、異色を放つ4人組が働いていた……。
元勇者一行などと呼べば彼らは矜持を持って怒鳴り散らすだろう。
現役バリバリ、今代唯一の勇者パーティーだ。
日々酒場で働きながらも鍛錬を続け魔王打倒を掲げる彼らだが、今日も酒場の客からは話のネタにしか思われていない。
魔王城内にも関わらず、いつしか誰ともなしに呼ばれるその名は『勇者酒場』。
これは引き際を見失った勇者パーティーが、いつしか魔王を倒すその日までのバトル……いや業務日記。
「魔王エクス! 今日こそ覚悟しろぉぉぉぉ!!!」
「……またか」
大剣を構え、大見栄をきって迫る勇者に一瞥を向けた魔王が、特大のため息と共にこぼす。
「そろそろ諦める気にはならんか?」
玉座の上でゆったりと脚を組み、片肘をついて気だるげな様子で見下ろす魔王のセリフに、勇者の額に青筋が浮かぶ。
「なるかぁ!」
思わず叫びかえした勇者だが、一瞬間をおいて言い直す。
「いや、諦められるもんならとっくの昔に諦めている。だが! 俺たちにそんな選択肢はない!」
言っていて虚しくなるその事実に、他のメンバーの顔も悲痛なものへと変わった。
「なんだ同情でも期待しているのか、小賢しい」
嫌味たっぷりに受け流した魔王が鷹揚に片手を上げる。
「まあ、いいだろう。今日は片手しか使わん。せいぜい奮闘するがいい──」
…
……
………
「──って言われてラッキーとばかりに飛びかかった俺たちを転移魔法で魔都の外まで飛ばして終わりとか、汚すぎんだろアイツ!」
長年使い慣れた聖剣を、硬いだけが取り柄の木製モップに持ち替えた勇者ハクは、キュッキュッと良い音をたてて床を磨きつつ午前中の戦闘を思い出していた。
愚痴は吐いても手は動かす。馬鹿真面目な性格と腕力で磨かれた酒場の床は、今や鏡のように天井の明かりを映し輝いている。
「目前で魔法陣起動したときの顔ときたら、マジで欠片も俺たちに興味なさそうだったし。あれ最初から俺たちの相手する気ゼロだったね」
客の去ったテーブルの食器をふわふわと浮かせては一ヵ所に集め、空いたテーブルごと水魔法で洗浄しては拭き清めていた魔法使いのロンが相槌を返す。
実は陰でコソコソ最上級魔法を詠唱済みだったにも関わらず、ロンが放ったそれは転移先の虚空を切り、魔王城の空に弧を描いて散った。
本日、彼の一世一代のメテオフラッシュが単なる花火イベントとして魔都を賑わせたと客に褒められたのを思い出して遠い目になる。
「私、今日何もしてない」
無表情な顔つきのせいで分かりづらいが、聖女メルも負けず劣らず落ち込んでいた。
現に先ほどからメンバーと目も合わせず、黙々とお一人様サイズの聖域を展開して酒場を隅々まで練り歩いている。おかげで酒場のすえた空気がまるで精霊の森にでも迷い込んだかのように透き通っていく。
なんせメルは指の欠片からでも人体を再生できると言われる稀代の聖女だ。
彼女ならばこの店がそのまま入るサイズの絶対聖域の展開も朝飯前、なのだが。
初日にやって仕込み中のエールが全滅してしまい、店主にこっぴどく叱られた。どうやら発酵中の微生物も全部一緒に浄化してしまったらしい。以降、店では絶対やるなと厳しく言い渡されていた。
「…………」
椅子や机を軽々と持ち上げ勇者を手伝う盾持ちのタロンは一言も口に出さない。
普段から寡黙な彼はただ黙々と作業をこなしている。だが、その顔にはこの場の誰よりも強い不満を浮かべていた。
転移魔法で飛ばされた先からこの酒場まで、本来大人の足でも丸1日かかる。
それでも彼らが酒場の開く前に帰り着けたのは、タロンが3人を肩に担いでここまで走ってきたからだ。
山のようなゴーレムも軽々と投げ飛ばす彼にすれば容易いことだったが、悪びれもせず、肩の上で反省会を始めたメンバーからは走り続けることへのねぎらいは何ひとつなかった。
無論、魔王にも思うところはあるが、パーティーメンバーにも物申したい。が、話すことが苦手な彼にはそれを説明することのほうがよほど億劫だった。
そんな彼らが働くここは魔王城の地下一階、今日も魔人で賑わう城内酒場だ。
彼ら勇者パーティーが魔王城にたどり着いたのは今から3か月ほど前。
だが実は彼らが魔王城にたどり着いた最初の勇者パーティーというわけではない。彼らを含め、すでに何十、何百という勇者パーティーがこの城を訪れてきた。
彼らの故郷、西のレクス王国と東の魔王国の争いの歴史は長い。長すぎてその起源を知る者は誰もいない。ただ代々、レクス王国の勇者に選ばれた者には魔王の討伐が義務付けられてきた。
時に勇者パーティーが魔王を討つこともあったが、数年もするとどこからか次の魔王が現れる。王国の王が代替わりをするように、魔王もまた当たり前のように代を重ねてきた。
そして今代の魔王エクスは歴史的にも稀にみる強大な魔力の持ち主として知られている。
それでも討伐を目指し国を出たハクたちは、道中幾多の魔物を退け、相対する敵軍を全て退けついに魔王城にたどり着いたわけだが。
覚悟して潜入した魔王城には、なぜか敵対する魔人はいなかった。
魔王城の頂上、玉座に座る魔王本人と対峙した瞬間、彼らははっきりと理解した。
魔王城の者は怖気づいたのでも、裏切ったのでもない。
彼らには勇者一行を止める必要が全くなかった、ただそれだけだ。
玉座にだらしなく座る傾国の美貌の持ち主は、その顔に退屈と怠惰を張り付けて、あくびをしながら彼らを迎え入れた。
緊張感は欠片もないのに指一本動かせない。
広間に入った瞬間から、彼我の力の差は火を見るよりも明らかだった。
あふれ出す魔力と覇気は、人ひとりでどうこう出来得る類のものではない。いわば、海と敵対しろというようなものか。
それでも無理やり己を鼓舞し、狂気ともいえる戦意を焚きつけて切りかかったハクは、魔王の戯れにより数回の打ち合いを許されたのち、手足をもがれた。
魔法使いは詠唱することなく喉を潰され、盾役は一歩も動けぬまま地面にその体を埋めた。
聖女たるメルだけが当然のように無傷でとり残された。
「治して消えろ」
すでに興味を失った魔王は、端的にそれだけ告げるとまた玉座で微睡み始めた。
が、目前に芋虫のように這いよる勇者に気づき、鬱陶しそうに眉を顰め問う。
「敵わぬと分かっていて、なぜ歯向かう」
「────!」
そこで満足に足る答えを出した勇者一行は、この城に住み、週に一度魔王に挑むことを許されたわけだが。
「なんだ、お前らまた陛下に相手してもらえなかったんか」
カウンター席の常連客がエールのジョッキを片手にこちらに椅子を向け、長い尻尾で床を叩いて笑う。竜の眷属らしく、立派な二本の角を頭に生やし、勇者たちを酒の摘まみに二つに割れた舌でエールを美味しそうに舐めた。
「うるせぇ、こっちは毎週が真剣勝負なんだよ! 命かけてんだチクショウ」
見かけによらず話し好きな客に思わず言い返したハクだが、自分の言葉の空虚さに思わず本気で涙が滲みそうだ。
「そんなのとっとと諦めてしっかり酒場の仕事回せよ」
「その怪力他にどこで使い道あんだよ」
ハクの投げやりな反論に、残った他の客からも同じようなヤジが飛んできた。
この店で働き始めてはや3か月。
魔王との戦闘とは比較できないほど手慣れてしまった店の仕事に、自覚がある分言い返せない。
「……私、足手まとい」
そんな中、店の中心近くにいた聖女メルが、誰にともなくぼそりとこぼす。
勇者パーティーの紅一点、メルは決して3人ほど力があるわけではない。
勇者や盾役のような物理的な攻撃も、魔法使いのような便利な水魔法もない役立たずな自分に引け目を感じて涙が滲んだ。
そんな彼女の様子に、店の客が一変して喚きだす。
「メルちゃんは気にするな!」
「メルちゃんは悪くない!」
「いてくれるだけでいいんだ!」
「存在自体が癒し!」
口々に叫ばれるそれは慰めなどではない。
無口でひたむきで、何より可愛いメルは、今やこの店の客全てが夢中になるマスコットと化していた。
魔王城で働く魔人が聖女をマスコットに掲げていいのかは疑問だが、素直なメルは頬を染めてまんざらでもなさそうだ。
「みなさま、ありがと、です」
消え入りそうな声で答えつつ、おずおずと胸の前で手を振るメルに、店中の客が唸り声をあげた。
「おい、魔王様に挑んで10連敗したっていうカス勇者はどこだぁ?」
だが和気あいあいとしたメルのファンサは、突然新たに店に入ってきた巨漢によって遮られた。
客の視線を追ってハクに迫る巨漢は背丈だけでもハクの3倍はある。
見るからに兵士らしき装備を付けたその男の顔を、ハクは今までこの酒場で見たことがない。店主に視線を送るが、彼もやはり知らんと首を横に振って返した。
「俺サマが片づけてやるから、表出ろや」
それを確認したハクは、手にしたモップの柄を根元でボキリと折って、それを肩に担いで口を開く。
「ああ俺たちは弱いさ。今日も魔王相手に10連敗目を決めてきた」
ブツブツと話しつつも、自分に向かって歩き始めたハクを確認し、巨人が先に店を出る。
タロスとロンは参戦する気がないようで、店主からエールを貰って見学を決め込んだ。メルでさえ、興味がなさそうに店の浄化を続けている。
「だがな──」
店を出て一歩目、巨漢が振り向きざま、不意を打つように両手を開いて突き出した。
伸ばされた腕はハクの肩幅より太いが、逃げ場を塞ぐそのスピードは信じられないほどに早い。早いのだが。
素早く差し出されたその両腕は、ハクが目前でぐるりと振り回した棒きれの一撃でドスン、ドスンと地面に切り落とされた。
「ウ? ウ、ォォォォオオオオオ゛!」
一瞬、何が起きたのか分からぬ顔で呆けた巨人が、血の吹き出す腕を振り回し、その顔を激痛に歪めて叫ぶ。
膝をついた上体を蹴り一つで後ろに倒したハクは、その顔を見下ろし告げた。
「──あのクソ魔王以外には、全戦無敗の勇者パーティーだ!」





