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1-13 仲間に花を手向けた先に 〜元冒険者の第二の人生〜

 あの日から、俺の時間は止まったままだ。

 二十五年前、竜の炎に焼かれた仲間たち。 一人生き延びた俺は今、眩いほどに青臭い若者たちの前に立ちはだかる。


 彼らに同じ悲劇を繰り返させないために。


「悪いが、この先は通行止めだ」


 彼らのうちの一人は十年前、失意の旅の途中でモンスターの群れから俺が助けた少女だった。


「もし敵わなかったとしても……逃げる方法ならあることは、分かってくれただろ。おっさん、俺たちと行かないか」

「私に、恩返しをさせてください!」


 二十五年の時を経て、もう一度あの場所へ。仲間に花を手向けるため、俺は再びあの森へと足を踏み入れる。


 それが、終わらせたかったはずの人生の続き――誰かを導く側として歩き出すきっかけになるとも知らずに。

 ――あれから、二十五回目の冬が来る。


 使い込まれたネルフィルターから落ちる、琥珀色の滴を眺めていた。冒険者ギルドの隅、いつもの場所。湯気とともに立ち昇るコーヒーの苦い香りは、俺の体の一部のように感じている。


 一応俺も、ここで雇われている。コーヒーの代金はいらないと職員の嬢ちゃんは微笑むが、その微笑みにはいつも、死に損ないの俺に対する憐れみが混じっている。


「俺たちが、その竜を仕留めてやるって言ってるんだ!」


 騒がしい声に視線を上げれば、そこには――かつての俺たちを思い出させる光景があった。


 ドラゴンの鱗を模した真新しい胸当て。剣の鞘にも精緻な彫刻が施されている。あれほどの装備を身に着けられる程に、報奨金を得てきたのだろう。瞳には万能感が宿っている。彼らの実力は、きっと低くない。


 だが……まだ若いな。


 あの森に住まう絶望に抗えるかどうかは、対峙してみないと分からない。


 ――俺に勝てないようでは、到底竜なんて倒せないからな。


 深い森の奥には竜が住む。その影響でモンスターは活気づき、増えていく。対策として、国は竜の住む森の近くにある冒険者ギルドには補助金を多く出し、モンスター退治をする若者が集まるように促している。


 諸悪の根源である竜の討伐にも高い報奨金を用意している。だから、その張り紙を剥がすわけにはいかない。


 ほとんどの冒険者が死に至るとしても――。


 カウンターの受付嬢が、困ったようにこちらへ目配せを送る。それが、俺の仕事の合図だ。


 椅子を引き、立ち上がる。

 

 昔を思い出す。

 まだ幼かった俺と、一緒に旅をしてくれた仲間のことを。


 ◆


 灼熱のような赤い記憶。二十五年前のことだ。洞窟の闇を切り裂くように、竜の咆哮とすべてを灰にする強烈な炎が俺たちを襲った。


「ごめん、みんな! もう、持たない……!」


 俺の展開する防護壁が、悲鳴のような音を立てて軋む。凄まじい炎の壁が視界を遮る。


 モンスターに両親を殺された俺に、手を差し伸べてくれた、かけがえのない仲間たち。彼らを守ることだけが、俺の存在理由だった。


「そこにいろ! 俺たちが道を作る!」


 わずかながらも回復したばかりのリーダーが叫び、もう一度猛火の中へ踊り出る。だが、自慢の刃は竜の鱗に傷をつけることさえ許されず、魔術師リリアの放つ光も、その巨大な体に吸い込まれて消えた。


 まるで刃が立たない。

 あれだけ数々のモンスターを倒してきたのに、全て跳ね返される。


「退避しかないわ!」

「怒らせちまった、もう無理だ! 追いかけてくるぞ!」


 何度魔法をぶつけても、全て竜の体に触れると消えてなくなる。俺をいつも励ましてくれたリリアが声を震わせながら叫んだ。


「ごめん、みんな! もう魔力が限界! 回復薬もない! 次が……最後の魔法になる!」


 灼熱の中で、みんなが凍りついたように固まった。一拍をおいて、剣士のカインとリカルドも、ヒーラーのルルハも、シーフのゲインも俺以外の全員が頷いた。


「いいぜ、やってくれ!」

「楽しかったぜ、あばよ!」

「元気で!」

「じゃぁな!」


 みんな……何を言ってるんだ?


 理解できていなかったのは俺だけだった。


 リリアが振り返った。その瞳に涙はなく、ただ凪いだ海のような、残酷なほどの優しさがあった。


 彼女が呪文を唱えて膨大な魔力が彼女の手に集まり――、俺に向けて解き放たれた。


 俺たちはみんな、固有能力をもっている。それは珍しいわけでもなく、通常何かに強く特化するという程度だ。俺は防護壁で、そして彼女は非常に稀な――転移能力だ。


 たった一人の人間だけ、知った場所へ転移させることができる。


 敵の背後に味方を転移させて叩き斬ることもあった。今回もそうしたけれど――俺たちの攻撃は歯が立たなかった。


「うわぁぁぁぁぁぁ――――――!!!」


 迫りくる濁流のように大きなエネルギー波。


 叫びは、膨れ上がる魔力の渦に掻き消された。最後に見たのは、仲間の笑顔だ。何かを悟ったように穏やかに微笑む、大好きな仲間の姿だ。


『生きて』


 声にならない言葉が、聞こえた気がした。


 視界が白く塗り潰され、次の瞬間、俺は冷たい森の入口に放り出されていた。


 葉が落ちて枝だけになった木々の隙間から、光がこぼれている。


 静寂。無音。

 さっきまでの熱さが嘘のように、森の空気は冷え切っていた。


「あ……ぁ……」


 仲間たちと笑っていた場所。希望にあふれていた場所。意気揚々と足を踏み入れた場所。


 膝から崩れ落ちる。微かに地面が揺れた気がした。涙が頬をつたい、握りしめた拳で力いっぱい地面を叩きつけた。


「どうして……俺だって、俺だってみんなと……」


 泥に塗れた拳で地面を叩き続ける。

 希望は絶望へと形を変えた。

 

 みんな、最後に笑顔を俺に向けてくれた。知らないところで話し合っていたのだろう。


 まだ子供である俺を、危なくなったら逃がそうと――。


「もう十五歳だぞ、馬鹿にすんなっ。俺だって最後までみんなとっ、みんなと――っ、う、うぁぁぁぁぁぁぁぁっ――」


 よろよろと立ち上がる。ギルドに報告に行かなければならない。常駐する用心棒が出向いてくれることもある。間に合いそうなら助けるという建前ではあるものの、主に……死体回収のためだ。


 それすらも、きっと望めない。

 自分の弱さに吐きそうだ。


 森の奥を振り返る。

 今から行っても……間に合わない。俺の防護壁がなくなったあと、みんなはどうなったのだろう。


 そんなの、分かりきっている。


 十五歳の俺に残されたのは、英雄の称号でも竜の首でもなく、永遠に癒えることのない「生かされた」という呪いだけだった。


 ◆


「おい、お前たち」


 若い冒険者たちの元へと向かう。


 あれから俺は自分を呪い、傷を増やしながら鍛錬を続けた。いつ死んでもいいという向こう見ずな戦い方をしていたのに……なぜか今も生きている。功績だけが増えていった。


「なんだよ」

「死のうとしている若者を見過ごすわけにはいかねぇな。この先は通行止めだ」

「はぁ!? 俺たちが弱そうに見えるってのかよ!」


 若いな……。


「竜が倒せるなら俺のことも倒せるだろうよ。外に出な。俺を倒せたら依頼を受けさせてやる」

「……何様だよ、おっさん」

「竜に殺される者は多い。ギルドも認める試しの門番みたいなもんさ。俺を倒さねぇと、契約まで辿りつけねぇぜ」

「ふん……やってやるぜ!」


 息巻く冒険者たちと共に外に出る。


 いや、一人だけ驚いたような顔をしている娘がいるな。細身の杖と、胸元に下げた聖印。装備からしてヒーラーだろうか。失意の中で旅をしていた時期も長く、知り合いに会うこともたまにある。


 俺は……あまり人の顔を覚えてはいないが。


「まずは、一服させてくれ」


 懐から葉巻を取り出し、ゆっくりと火をつけた。葉巻の先端が赤くなり一口吸い込む。煙が体を満たしていく。


 若者には未来を。

 俺は……そろそろもう、終わりたい。


「ギルドに迷惑はかけたくねぇな。少しここから離れてもらう」


 俺の言葉に頷き、彼らも移動する。悪い奴らではないのだろう。


 強くなりすぎた俺はここに戻ってきた。あの場所に花を手向けるためだ。今なら、一人でもあの場所に辿りつけると思った。たとえ倒せなかったとしても、それでいいと。


 ギルドマスターが、戻ってきた俺に言った。


「しばらく用心棒をしていただけませんか。ちょうど、今雇っている者がやめたがっていましてね」


 あれからも死ぬ者があとを絶たなかったらしい。用心棒もさすがにあそこまでは行かない。帰って来なければ死んだとみなされる。


 竜を倒せそうな者が現れたら一緒に行ったらどうかと。俺が自己満足で花を手向けて死んでも、そのあとにも未来ある若者が死に向かってしまう。それなら待ってみてもいいんじゃないかと。


 竜を倒すことができたなら――遺品を探して、持ち帰ることもできると。


「少しは楽しませてくれよ」


 挑発に乗り、若者たちが剣を抜く。


 俺もまた黒い刃を引き抜くと、周囲の空気が一変した。光を吸い込むような黒の刃から、強烈な風が巻き起こる。驚きに目を見開く若者たちを、俺は見据える。


 ――そろそろ仲間に花を手向けさせてくれ。


 俺を負かしてみやがれと祈りながら、彼らと対峙する。二十五年分の煤を払う希望を求め、俺は一歩を踏み出した。




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