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1-11 クリームソーダはクリームソーダ以上でもクリームソーダ以下でもないはずなのに。

ロストテクノロジー・クリームソーダ・ノンストップ・サスペンス!


 この世界にはクリームソーダってものがあったんだよ。

 違う違う、そんな炭酸に生クリームを混ぜた女性版二郎みたいなもんじゃなくてさ、見た目も美しい喫茶店の飲み物。

 嘘臭い緑色をした炭酸弾けるメロンソーダ、その中に敷き詰められた氷を土台にして上に乗せられたまんまるなアイスクリーム、そして缶詰で良くあるようなシロップ漬けにされ、着色された真っ赤っかなさくらんぼをその上に乗せた、ノスタルジーを感じさせつつ見栄えの良いデザートと飲み物を両立させた一品だよ。

 そうだね、コーヒーフロートのコーヒーをメロンソーダにしたもの。その上にさくらんぼを乗せれば完成。

 スプーンで突き崩している内に、メロンソーダの中へと溶けていくアイスクリーム。氷の狭間に落ちていく前にさくらんぼを口に入れて、種だけ吐き出す。アイスクリームの大半がドロドロに溶けてしまった後にそんな濁ったメロンソーダを飲み干す。

 残るのは氷にこびりついて残ってしまったアイスクリーム。これはクリームソーダの構造的な欠点だと思うんだけど、氷ごとガリガリと食べて処分するには、ファミレスならともかく、喫茶店という静かな雰囲気の中ではかなりきついものがあって、氷ごと口に含んで舐め回してから氷だけ吐き出したりとか、後は単純に氷が溶けるまでのんびり時間を潰すか。

 とにかくクリームソーダは、うん、無くても生活には全く困らないけれど、喫茶店では時々頼みたくなる、そういう飲み物なんだよ。それがついこの前までは、そこら中にあったんだよ。

 でも、消えた。

 自分も毎日クリームソーダの事を考えている訳じゃないからさ、最初に気付いたのは時々行っている喫茶店のメニューから消えていた時で。その後無性に食べたくなって……うん、飲むよりは食べるって方が合ってるかな。コーヒーフロートは飲むの方が似合っている気がするけど、やっぱりさくらんぼが乗っている事が食べる、と称するのに繋がっている気がする。それで話を戻すと、そこから確実にクリームソーダを置いていたチェーンの喫茶店に行っても無くて、そこで本格的におかしいぞ? と思ってネットで調べてみたら自分が知っているクリームソーダはどこにも何にも出て来なかった。

 メロンソーダは消えていない。アイスクリームやさくらんぼも勿論。それどころかコーヒーフロートだって残っている。なのにクリームソーダだけがこの世界から消えているんだ。メロンソーダとアイスクリームとさくらんぼの組み合わせだけが消え失せた、それを自分だけが記憶として残している。

 ……うん、まあ、簡単に作れるよ。メロンソーダとアイスクリームと、それから缶詰のさくらんぼ。それと映えの良いガラスのグラスがあれば、それに氷を詰めて注いで、アイスクリームとそれからさくらんぼをちょんと乗せるだけで完成。でも、違うんだよ! 自分が求めているのはさぁ、こうやって男が一人で映えるものを手ずから丁寧に作って、そんな整ってもない自宅のテーブルの上で一人食べるような、虚しささえ感じてしまう体験じゃなくてさぁ、一応喫茶店に入れるくらいの最低限の身なりを整えて、ゆったり出来る席に着いて、注文して出てくるクリームソーダを雑多な客の一人として食べるという体験な訳であってさぁ。それが最早永久に叶わなくなったんだよ。

 ……まあ、ナポリタンとかより単純な代物だから、その内誰かが再発明して出てくる気もしなくもないんだけど。でも、さっきも言ったけどクリームソーダって最早ノスタルジーの代物な訳であってさ。どぎつい緑色のメロンソーダと、誇張された赤色をしたさくらんぼっていう点で。令和の代物じゃなくて平成を通り越して昭和の代物な訳。だから確信まではあんまりない。

 だ・か・ら。

 親友であり唯一の飲食店経営者である宮崎を呼んだんだ。家系ラーメン? 確かに全く似合わないだろうけど、最近昼過ぎから夕方に掛けての客足を伸ばしたいって言ってたじゃんか。珍しい事にその時間帯にも開けているラーメン屋でさ。まあ……その時間帯だけ趣旨を変えるにしても、拭いきれないラードのベトベト感やら、ニンニクやら生姜やらが置いてある店内じゃきついかもしれないけど、そこは、なんかさ。

 ……そりゃあ勿論、自分もクリームソーダの為ならある程度、いや、かなり出資する気持ちはある。ほら、ちょっと待ってな……自分はこれだけ貯蓄はあるんだけど、この半分はクリームソーダの為に出しても良い。

 ……うん、別に無くたって困らない代物だよ。無くたって喫茶店で甘いものを飲みたければ、抹茶ラテでもコーヒーフロートでも、飲み物としてのコーヒーゼリーでも色々ある。でも、やっぱりクリームソーダは代替不可能なんだよ。レトロな趣味とか関係なくさ、ナポリタンと同じくこの令和まで生き残ってきた発明品の一つとして確立した地位を築いていた……本当にそうなんだよ、信じて欲しい。

 …………え? いや、その、本当?

 クロック、ムッシュ? えーっと、まず聞くんだけど、それって食べ物? 時計じゃなくて? うん、全く分からない。全く想像がつかない。検索しても……食べ物っぽい画像すら出てこないね。自分だけが知らない訳じゃなさそうだ。それで、それって、どういう食べ物?

 ……ハムとチーズのトーストサンドイッチに、アツアツのベシャメルソースをたっぷりと塗ったもの。なんか、それも簡単な代物だな。というか、もしかしてさ、そういう事って自分と宮崎以外でも、色んなところで起きてる? 毎日思ったりはしないし、無くても全く困らないけれど、当人にとっては無いと少しだけぽっかりと心に穴が開くような、そういう代物がそこかしこで消えてる?

 いやー、まさか。でも、少なくとも今ここでは、クリームソーダとそのクロックムッシュが消えている事はほぼ確実な訳だ。自分と宮崎の頭がそれぞれおかしくなっていない前提があるけれど。

 こってり温かい食べ応えのあるサンドイッチ? にクリームソーダ。合いそうだけど、ただこの初めてを組み合わせたとてビジネスチャンスかって言われると、そこまででもないよなあ。それに何せ、そのクロックムッシュだって家系ラーメン店じゃなくて、やっぱり喫茶店で食べるようなものでしょ?

 じゃあ、さて、どうしようか。…………まあそうだね、言っちゃえば宮崎の店で無理に売るより宮崎の知り合いで洒落た店があればそっちの方がよっぽど良いけどさ、こうやってそれぞれに皆から忘れ去られたレシピがあるならどうせならやってみるのも良くない? まあ、自分から出せるものは金くらいしかないけどさあ。……うん、本当に出して良いよ。…………清掃業者を呼んで徹底的に掃除して、内装を少し変える、と。相場は良く分からないけど、まあ調べてみて相場から乖離してなきゃ払うよ。そこから先は宮崎がやる、と。

 休日の朝だけ、気まぐれに。なるほどね。まあ、本当に自分から出せるのは金くらいしかないからさ、クリームソーダもそこで出してくれるなら自分からはもう何も言わないよ。もし、そこからクリームソーダが広まってくれたなら、他の店でも頼めるようになったりしていったなら、どれだけ繁盛したとしても金も返さなくて良い。自分の求めていたものが手に入るならばね。

 狂人? ……どうなんだろうね。自分にとってはクリームソーダは無くても困らないもののはずだけれど、そもそも年に十回も頼まないくらいのものだけれど、けれどここから先何十年もクリームソーダのない生活を送るくらいなら、このくらいは出しても良いものだった。宮崎にとっての、そのクロックムッシュもそういう代物なんじゃないの?

 ……うん。じゃ、それで。見積書とか出来たら共有してね。そうしたら送金するからさ。……そうだね、もし宮崎がクロックムッシュの話を出していなかったら、流石にもうちょっと色々事細かにまで詰めていたかもしれないけど。まさか宮崎も一緒だったなんてねえ! 別に共通点って言っても、学生時代の旧友でしかないし、他のどれだけの人に同じような事が起きている事やら。

 もしかしたらさ、そんな味の想像が付くくらいの単純で、それでいて美味しいものがこの世からとにかく、気付かない内に消えて居たならさ、やっぱりこれはチャンスじゃない? いきなり家系ラーメンの店が喫茶店のモーニングみたいな事をやりだして、そこでは誰もが知らない、それでいて単純なメニューを一つポンと置いている。何か大きなきっかけになりそうな可能性が、ワクワクがビンビンしてくるじゃないか! そう思わない?




 ……家系ラーメン屋としては異色のモーニングサービスが始まって1ヶ月もしない内に、宮崎はクロックムッシュ用のベシャメルソースに顔を突っ込んで変死していたところを発見された。

 何故かそれは大した捜査もなく自殺として扱われた。

 更に、クロックムッシュとクリームソーダの組み合わせも驚く程繁盛していたのにも関わらず、その変死も含めて不自然な程に話題にも上がらないまま、ただ何も無かったかのように消え失せていくよう。

 その葬式の前日、自分には遅れて宮崎からの手紙が届いていた。態々郵送で、自分だけにはこれが宮崎だと分かる偽名を使って。

 マンションの一室に戻って、扉を閉めた時。

 チーン。

 誰かがエレベーターでこの階で降りた音。

 リビングに戻ろうとした足が止まる。

 こつこつこつこつ……こつ。

 そして、それは自分の部屋の前に止まり。

 ガチャ、ガチャガチャ!!

 何の挨拶もなしにドアノブが音を立てる。

 現実逃避するかのように自分は手紙を取り出して、そこに記されていた、たった一文を読んだ。

『お前は濁った生温いクリームソーダに溺れて死ぬ』

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