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エリミネアー世界の敵を排除するー  作者: AtoRei
第2章

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第15話

「それ……嫌いなの」


 ユスティナは一歩踏み出す。


「なら覚えろ。痛みは、生きている証だ」


 その言葉に、【翅持ち】の瞳が針のように尖った。


 次の瞬間、森が消えたように見えた。


 速すぎて目が追いつかない。上下も左右も前も後ろも、すべてが羽音に塗り潰される。ぶぅん、ぶぅん、と低く薄い振動が鳴り響く。その薄膜の隙間から無数の白い骨針が撒き散らされた。


 雨のようだった。


 いや、もっと執拗で、悪意に満ちたそれが、獲物を嬲るように襲いかかってくる。


「全員、散れ!」


 ユスティナの声。


 リュシアは地を蹴った。足元の菌糸を踏み潰し、身体を低く沈める。右から来る一本をレイピアで弾き、左の二本を身を捻って躱す。


 だが追いつかない。


 肩、脇腹、太腿をかすめる。


 どれも浅い。


 致命傷には遠い。


 それがかえって悪質だった。皮膚だけが裂かれ、神経の上を刃先でなぞられるような、鋭く嫌な痛みが走る。


 アンテラの方も同じだった。頬に一本、腕に二本、脇腹に浅く一筋。それでも彼女は笑っていた。


「速いだけなら、まだかわいげがあるのにな」


 血を吐きながら、アンテラが獰猛に笑う。


 羽音。


 次の瞬間には、もう天井に張り付いていた。菌糸から逆さにぶら下がり、【翅持ち】が裂けた口でアンテラを覗き込んでいる。


「醜いものが、美しさを語るのは不快なの」


 アンテラが短剣を逆手に構える。


「やっぱり、かわいげがねえな」


 言葉と同時にアンテラが跳んだ。正面から真っ直ぐ。馬鹿みたいにストレートで【翅持ち】に襲い掛かる。


 それと同時に、リュシアも動いていた。左から、音を殺して。速さで勝てないなら、逃げ道を潰す。


「右上。半拍、後です」


 ハーレインの声。


 リュシアは右上へ踏み込み、レイピアをまっすぐ突き出した。


 そこに【翅持ち】が現れた。


 縦に裂けた瞳が、初めて驚きに揺れる。


ーー回避先へ、先回りされていた。


 銀の刃が白い肩を深く抉り、生温かい血が手首を濡らした。初めて、リュシアの攻撃が届いた。


「……へぇ」


 【翅持ち】が笑う。

 痛みすら愉しむように。


「あなた、視えているの」


 その視線が、ゆっくりとハーレインへ向く。


 ハーレインはいつも通り穏やかに微笑んでいた。


「さて……なんのことでしょうね」


「《加護》持ち……いえ、まだ《萌芽》なの」


――《加護》。


 それは、人類が神仏へ祈り続けた果てに、ごく稀に宿る異能。


 「戦士」ですら届かない“奇跡”の力。


 【翅持ち】は楽しそうに首を傾げた。


「なら、あなたを先に壊すだけなの」


 翅が震えた刹那、白い指がハーレインの喉元へ届いていた。


 だが、それより早くユスティナが踏み込んでいた。重い、圧倒的に重い踏み込み。大剣が地面を抉り、斜め下から天へ跳ね上がる。


 【翅持ち】は避けようとした。だが、その翅が一枚、動かない。いつの間にか、アンテラの短剣から伸びた鋼線が、透明な膜翅を菌糸の壁ごと深く縫い止めていた。


 血に濡れた口元を歪め、アンテラが笑う。


「自分が狩る側のつもりだったか?」


 ワイヤーが、ぎち、と軋む。


「悪いな。あたしは、“狩人”を殺す者なんだよ」


 【翅持ち】の瞳が、初めて大きく揺れた。


「っ――!」


「虫なら、羽を潰せば落ちるだろ」


 初めて、【翅持ち】の声が明確に荒れた。


 その瞬間、ユスティナの大剣が直撃した。


 轟音。

 

 翅ごと上半身を叩き潰す。骨が砕け、肉が裂け、透明な膜翅が千切れて雪のように空へ散った。【翅持ち】の身体は地面へ叩き落とされ、湿った鈍い音を立てて沈んだ。


 沈黙。


 アンテラが肩で息をしながら吐き捨てる。


「ざまあみろ」


 だが、地面に伏した背が小さく震えていた。ぐちゃぐちゃに潰れた口元で、血を吐きながら、恍惚とした声を漏らしていた。


「……ああ」


 ぞくり、とリュシアの背中を冷たいものが走る。


ーーまだ、終わっていない。


 折れた身体がゆっくりと起き上がる。裂けた翅が震え、千切れた膜が肉の糸を引きながら繋がっていく。砕けた骨が音を立てて戻り、潰れた口元が再び歪な笑みを形作る。


 再生。


 速い、などというものではない。理不尽そのものだった。


「やっぱり、人間って」


 潰れた顔が笑う。その声はひどく幸福そうだった。


 ユスティナが大剣を構え直し、アンテラが舌打ちする。ハーレインは静かに目を細めた。リュシアはただ息を呑む。


ーーこれが、上位種。


 四人で致命傷を与えて、なお立ち上がる。

 本当に、殺せるのか。

 こんな化け物を。


 【翅持ち】は首を傾けた。折れた骨がぱきりと乾いた音を立てて戻る。


「非力で、醜いの」


 ぶぅん。


 羽音が低く沈む。森全体が呼応するように震えた。


「強いものだけが、美しいの。だから」


 縦に裂けた瞳が、まっすぐにリュシアを捉える。


「あなたたちは、ここで死ぬべき」


 ユスティナが大剣をゆっくり構え直した。呼吸は乱れていないが、鎧の隙間を伝う血が、その一撃が決して軽くなかったことを物語っていた。


「なら」


 銀の瞳が静かに細められる。


「醜いまま、生きてやる」


 その言葉に、【翅持ち】の笑みがわずかに歪んだ。理解できないものを見る顔だった。


「……どうして? 弱くて、脆くて、醜いのに。どうして、そんなに必死なの?」


 それは嘲笑ではなかった。本気で分からないのだ。


 ユスティナは重く、一歩踏み出した。


「理由なんて、後からついてくる。生きるのに、理屈はいらない」


 その言葉が、リュシアの胸の奥に沈んだ。昨夜、あの部屋で自分に向けられた言葉と同じだった。


――生きろ。


 ただ、それだけ。

 それだけが、一番難しい。


 【翅持ち】はしばらく黙っていた。


 やがて、くすりと笑う。


「死にたくねえから、生きるんだよ」


 アンテラの言葉が、【侵腐(しんぷ)の森】に響いた。



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