第14話
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「壊れる瞬間だけは、少し綺麗なの」
その一言が、森の温度を奪った。
リュシアの指が、無意識にレイピアの柄を強く握る。胸の奥に、嫌な痛みが走った。怒りではない。否定したいのに、言葉のどこかが自分の傷に触れていた。
ーー弱い。
その事実を、自分が一番知っている。
ユスティナが一歩前へ出た。重い鎧の音が、静かな森の大聖堂に響く。
「よく口が回るな」
その声は低く、冷たかった。
【翅持ち】は楽しそうに首を傾げる。
「だって、観察は大切なの。美しいものと、醜いものを見分けなければいけないの」
その視線が、ゆっくりと落ちる。まっすぐに、正確に、リュシアへ。
「あなた」
ただそれだけで、呼吸が止まりそうになった。縦に裂けた瞳が、皮膚の下まで見透かしてくる。
「痛そうなの」
空気が凍る。
「壊れそうなのに、まだ立ってる。弱いのに、必死に強がってる。そういうの、一番嫌いなの」
裂けた口が、嬉しそうに歪む。まるで、壊れる瞬間を待ちきれない子供のように。
「――だから、壊したくなるの」
消えた。
「リュシア!」
ユスティナの声が響くより早く、身体が横へ動いていた。頬のすぐ横を何かが通り過ぎ、風が遅れて肌を撫で、銀髪が数本宙に舞った。遅れて熱。頬に血が滲む。浅い。
だが、喉元に刃を置かれたときのような冷たさが背筋を這う。
右か。上か。後ろか。
判断するより先に、リュシアはレイピアを振るった。甲高い音が弾ける。
視界のすぐ前に、骨針のように細い白い指が刃を二本で挟んでいた。
裂けた口が、眼前で囁く。
「可愛いの」
甘い声が、ひどく気持ち悪い。背筋が凍る。
「壊したら、きっともっと」
最後まで聞かず、リュシアは膝を跳ね上げた。
咄嗟の反撃。
喉でも腹でも、どこでもいい。
とにかく距離をとる。
だが【翅持ち】は嬉しそうに笑いながら、ふわりと一回転して後方へ飛んだ。
アンテラが舌打ちした。
「キモいな、ほんと」
その言葉と同時に、アンテラが踏み込んだ。
双短剣が一直線に喉を狙う。
速く、迷いのない突進。
だが、ぶぅん、という羽音一つで斬撃は空を切った。
【翅持ち】はすでにアンテラの真後ろに立っていた。
「失礼な人なの」
白い指が伸びる。その指先は確実に死を運んでいた。
その軌道へ、轟音。ユスティナの大剣が真正面から叩き込まれる。火花が散り、空気が爆ぜた。重い衝撃が足元から突き上げる。
【翅持ち】の身体が、初めて大きく弾かれた。菌糸の柱を砕きながら、数十メートル先まで吹き飛ぶ。壁面が悲鳴を上げて崩れた。
アンテラが即座に体勢を整える。
「わりぃ、助かった!」
「下がっていろ」
ユスティナの声は低い。大剣を肩に構えたまま、真正面から【翅持ち】を見据えている。
「奴の速さに付き合うな。軌道を読め」
崩れた菌糸の中で、白い腕がゆっくりと動いた。まるで何事もなかったように、【翅持ち】が立ち上がる。頬についた土を、指先でそっと拭った。その仕草だけが、妙に人間らしかった。
「……痛い」
初めて、笑みが消えた。裂けた口元が静かに閉じる。
「それ……嫌いなの」
ユスティナは一歩踏み出す。重い足音。それだけで、この場の重心が変わる。
「なら覚えろ。痛みは、生きている証だ」
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