第12話「侵腐の聖堂」 ―歓迎―
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森の奥へ進むほど、光は死んでいった。
頭上を覆う菌糸の天蓋は、とうに灰色の空を呑み込み、肉色の胞子嚢が腐った果実のように重く垂れ下がっている。白い胞子が雪のように静かに降り、肩や髪に積もっては、じわりと湿った冷たさを残した。
足元では白濁した菌糸が血管のように地面を這い、踏むたびにぬちり、ぐちりと音を立てる。
まるで巨大な生き物の腹の中を歩いているようだった。
空気は重く、湿った胞子の匂いと古い血の臭いが肺の奥まで沈み込む。呼吸をするたび、身体の内側まで侵されている気がした。
「なんだ?……静かすぎるだろ」
アンテラが短剣を握り直す。珍しく、声にいつもの軽率さがなかった。
先ほどまで群れをなして襲ってきた幼体たちは、いつの間にか姿を消していた。あれほど飢えた獣のように殺到していた異形が、今は一体もいない。それが、何より不気味だった。
リュシアは無意識に呼吸を浅くした。
いる。何かが。
幼体でも、成体でもない。
もっと深く、もっと古い“意思”のようなものが、森の奥で静かに息を潜めていた。
「止まるな」
前を行くユスティナの声が、低く響いた。振り返りもせず、ただそれだけを言う。
「足を止めれば、呑まれる」
森は、躊躇うものから静かに喰らう。
誰も、返事をしなかった。
この森では、声を出すこと自体が場違いに思えた。
四人はさらに奥へ進む。
やがて視界が開けた。
そこは森の中に穿たれた巨大な空洞だった。
菌糸の柱が幾重にも絡み合い、天へと伸びている。大聖堂の列柱のように並ぶそれは、神を祀るためではなく、何か巨大な臓器を支えるために存在しているように見えた。
天井からは薄い膜のような菌糸が垂れ、淡い燐光を帯びて揺れている。白濁した壁面には、かつて生き物だったものの骨が無数に埋め込まれていた。
静謐で、ひどく美しかった。
――美しい。
そう思った自分に、吐き気がした。
ここは墓場だ。巨大で、“生”を喰らい続ける、生きた墓。
その時、ハーレインの足がわずかに止まった。ほんのわずか。
普通なら見逃す程度のほんの少しの違和感。
だが、ユスティナだけがそれに気がついた。
「どうした、ハーレイン」
短い問い。
ハーレインは答えず、ただ前を見ていた。眼鏡の奥の瞳が、わずかに紫立っていた。
その表情を見て、ユスティナの喉がわずかに鳴った。
嫌な色だった。
未来を見る時の瞳だ。
「……来ます」
ようやく彼は言った。
「何がだ」
ハーレインはわずかに笑う。その笑みは、まるで死刑宣告のように穏やかだった。
「歓迎です」
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