第11話「侵腐の森」 ―生きる理由―
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東の拠点を出て半日。
荒廃地帯を越えた先で、景色は明確に変わり始めた。
風が重い。胞子の湿気った匂いと、古い血液の臭いが交じり合って鼻をつく。
前方、地平の先にそれはあった。
【侵腐の森】。
空へ歪に伸びる巨大な菌糸の柱。
樹木ではなく、骨や内臓のように白濁した幹が絡み合い、まるで一つの巨大な臓器を形作っているようだ。
枝の代わりに菌糸の束が伸び、葉の代わりに肉色の胞子嚢が垂れ下がる。
風に煽られる度に、白い粉雪のような胞子を音もなく降らせていた。
生きている。
森そのものが。
リュシアは無意識にレイピアの柄を握り直した。
「……何度見ても、気持ち悪りぃな」
アンテラが吐き捨てる。
「森っていうより、でかい死体だろこれ」
「概ね間違っていませんよ」
ハーレインが穏やかに返す。
「かつて、先人たちの営みに対する地球の自浄作用です。要するに、私たちは排泄物の中を歩いているようなものです」
「朝から最悪の例えやめろ」
ユスティナだけが前を見据えていた。
「幼体がいる」
彼女は短く言った。
「止まるな。成体は斬れ。幼体は道を開くだけでいい」
四人は、森の中へ足を踏み入れた。
最初に感じたのは、異様な静けさだった。
鳥の声はない。風の音もない。
ただ、遠くで響く「ぐち、ぐち」という湿った音だけ。
血肉が蠢く音。
地面は柔らかく、踏むたびに沈み、泥が靴底にまとわりつく。
左手には白い菌糸と、かつて人間だった肉塊。眼窩から白い花のような子実体が咲いている。
ぬちり。
右前方で何かが動いた。
反応は同時だった。
アンテラの短剣が銀光を走り、リュシアがレイピアを手に半歩踏み込む。
ユスティナの大剣はすでに構えられていた。
幼体が、菌糸の林から飛び出した。
リュシアのレイピアが胸部を正確に穿つ。
ぐちり——脈動する核を貫くと、幼体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「左だ」
ユスティナの声。
リュシアが身体を捻る。横から、五体が一斉に飛びかかる。
「うわ、キリがねえ!」
アンテラが獰猛に笑いながら飛び込み、双短剣が首を三つまとめて刎ね飛ばす。
ユスティナの横薙ぎが空気を裂く。
大剣の一撃が幼体をまとめて地面に叩きつけ、道を強引にこじ開けた。
「前だけ見ろ」
リュシアはさらに加速した。
無数の視線。飢え、羨望、憎悪。
生まれたばかりの異形たちが、本能のままに襲いかかってくる。
「……お前たちは、一体」
崩れた肉の奥で、まだ核が微かに脈打っていた。それでも、それは確かに「生きよう」としていた。
「何のために生きている」
そして私は、何のために。
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