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エリミネアー世界の敵を排除するー  作者: AtoRei
第2章

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第10話「人間を止める時」 ―逸脱の前夜―



同じ頃。

東の拠点最上層、古い観測室。


ユスティナは地図の前に佇んでいた。鎧を纏ったまま、大剣を背に、北の一点を凝視する。


「入っていいとは言っていない」


背後に気配が忍び寄るより早く、彼女は告げた。


「では、入らずにこのまま話しましょうか」


ハーレインの声は柔らかく、しかし銀縁の眼鏡の奥に冷たい影が宿る。


――こういうところが、本当に面倒だ。


「……いい。入ってこい」


ユスティナは低く言った。


本当は、来てほしくなどなかった。

ハーレインが自分から来る時は、決まってろくでもない未来がやってくる時だ。


「……今回は、何が見えた」


ハーレインは肩をすくめ、静かに部屋へ滑り込んだ。


「いつも通り……ですが、今回はろくでもないものばかりです」


――やはり。


「北か」

「北です」

「誰が死ぬ」


刃のような問い。ハーレインは微笑んだまま目を伏せ、答えない。その沈黙が、すべてを語っていた。


「……全滅か」


ユスティナの喉が、わずかに鳴った。

それは指揮官としての確認ではない。

ただ一人の名を、まだ口にしたくない人間の沈黙だった。


「リュシアもか」


ハーレインの笑みが、初めて凍りついた。


「彼女は、死んではいけない」

「答えになっていない」

「ええ。答えていませんから」


ユスティナが振り返る。銀髪が夜風に乱れ、冷たい瞳の奥で感情が激しく渦巻いた。


「お前は前に言ったな。あの子は、いずれ世界を救うと」


ハーレインは静かに頷いた。


「あの時、私は見たのです」


彼の声は穏やかだが、底知れぬ憔悴を帯びていた。


「君が『もっと早ければ』と呟いた日の、あの子の未来を。血と灰と死体の道……その果てに、わずかな光が」


「世界を救う、か」


ユスティナの声がわずかに荒れた。


「それを、あの子一人に背負わせるのか」

「違います」


ハーレインは真っ直ぐ彼女を見つめた。


「我々が支えるのです。だから、代償は私が払います」


その言葉の意味を、

ユスティナは理解してしまった。


予知ではない。

理屈でもない。


ただ、この男がそういう顔をした時、

ろくな未来になったことがない。


胸の奥が、鈍く冷えた。


「やめろ」


即座の言葉は、ほとんど懇願に近かった。


「まだ何も言っていませんよ」

「言わなくても分かる」

「さすがですね」

「ふざけるな」


ユスティナが一歩踏み出す。硬い靴音が、静寂を切り裂く。


「人の境界を越える気か?」


ハーレインは眼鏡を外し、ゆっくりと拭った。その仕草は、まるで別れの儀式のように穏やかだった。


「私がやらなければ、あなたも、リュシアも……北の地で死にます。他の手は探しました。時間も……ありません」

「私はまだ、何も諦めていない」

「あなたはそういう人です」


ハーレインは眼鏡を掛け直し、静かに微笑んだ。


「だからこそ、あなたを残す。リュシアには、あなたが必要です。あの子は今も、自分が生き残ったことを罰のように抱えています。そして、剣を振るうたび命を削っています。生きるための戦いを教えられるのは、あなただけです」


ユスティナは低く返す。


「……逃げているだけではないか」


「そうかもしれません。私はあの子の未来を、遠くから見すぎました。近くで支える役には、向いていない」


「私は、あの子を救えなかった」


あの夜からずっと、間に合わなかったものばかりだ。


「それでも、あの子は生きています」


ハーレインの声は、夜の闇に溶け込むように優しかった。


「今夜、あなたはあの子に『生きろ』と言った。あの子は、それを選びます。あなたが選ばせたのです」


遠くで、古い弔鐘のような鐘の音が響いた。夜の巡回を告げる、冷たい調べ。


「ハーレイン」


ユスティナは低く、しかし確かに言った。


「私は、お前を死なせるつもりはない」

「あなたなら、そう言うと思っていました」

「止める」

「止められる未来なら……私も嬉しかった」


ユスティナの手が、再び大剣の柄に伸びる。

しかし、抜けなかった。

ハーレインはそれを見て、目を細めた。


幾度も見てきた。

戦場でも、会議室でも、誰にも見せない場所でも。

誰かを斬る時より、守れないものを前にした時の方が、この人はずっと苦しそうな顔をする。


……だから、困るのです。


「優しいですね。そんなところが、好きでしたよ」

「黙れ」

「ええ。黙ります」


彼は深く一礼した。


「明朝、予定通り出発しましょう。Route39を抜け、オーロラフォードへ……そこから先は、運命の流れが速くなります」


「……東は」


ハーレインの表情が、わずかに曇った。


「そこも、ろくでもありません」


わずかな沈黙。


「……ただ一つ。敵の狙いは、東を空けることそのものです。おそらく陽動でしょう」


「……ふざけた盤面だ」


「ええ。ですが盤面があるなら、駒は動けます」


「自分を駒と言うな」


「では、何と?」


「人間だ」


ハーレインは目を伏せた。今度こそ、笑わなかった。


「……ありがとうございます」


背を向ける彼に、ユスティナの声が冷たい夜に落ちた。


「死ぬな」


ハーレインの肩が、わずかに震えた。


返事はすぐには来なかった。


窓の外で、風が古い塔を撫でていく。


長い沈黙のあと、


「……果たして、我々はまだ人間の側にいられるのでしょうか」


夜の塔は、ひどく静かだった。

まるで、誰かの死を先に知っているように。



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