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エリミネアー世界の敵を排除するー  作者: AtoRei
第2章

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第8話「再会」—生き残るための剣—


◆


夜は静かだった。


東の拠点は高い。

風は冷たく、音を削ぎ落とす。

灰は届かない。

だからこそ、静けさが際立つ。


呼び出しは短い《伝言(メッセージ)》だった。


——来い。


リュシアは迷わなかった。

石の回廊を抜け、崩れかけた塔の上層へと出る。

天井はなく、空が高い。


そこに、ユスティナがいた。


背を向けて立っている。

大剣は外され、壁に立てかけられていた。


「来たか」


振り返らない。


「……」


声が、わずかに硬い。

風が二人の間を抜ける。


「……少しだけ話をしよう」


それは命令ではなかった。

だが、拒否を許さない響きがあった。


「お前が戦士になった日から、これまでの記録は見た」


事務的な声。


「生存率、任務達成率ともに問題ない」


評価のみ。


「……だが」


ユスティナの声が、そこでわずかに沈んだ。


「任務頻度が異常だ」


リュシアは顔を上げる。


「一日に三件。多い時は四件。移動距離、交戦回数、討伐数……すべて記録に残っている」


ユスティナは依然として背を向けていた。


「お前は任務をこなしているんじゃない。任務を使って、何かを探している」


リュシアの指先が、ぴくりと動いた。


「……何の話」

「とぼけるな」


低く、刃のように鋭い声。


「家族を殺した個体。行方不明の妹。お前はその二つを追っている」


呼吸が止まった。

リュシアの目が、ユスティナの背中を射抜く。

少女の内側から、凍てついた静けさが剥がれ落ちた。

残ったのは、剥き出しの傷だった。


「……覚えてたの?」

「ああ。『戦士』になった時点で我々の成長は止まるからな」


リュシアは言葉を失った。


ユスティナが、ようやく振り返る。

銀の髪が夜風に揺れた。

その目は冷たい。


だが、無関心ではなかった。


「リュシア」


初めて、名前を呼ばれた。

胸の奥が、わずかに軋む。


「北の任務では、勝手な行動はするな」

「……私は、失敗しない」

「失敗する前に死ぬ」


ユスティナの声が、石床に冷たく落ちた。


「お前の戦い方は合理的だ。速く、正確で、無駄がない。だが、根本が間違っている」

「……何が」

「生き残るために戦っていない」


リュシアの唇が、わずかに開く。


「お前は、死なない範囲で無茶をしているんじゃない。死んでも構わない場所まで、自分を追い込んでいる」


風が止んだ。


「仇に近づくためなら命を削ってもいい。妹の痕跡が見つかるなら罠でも踏む。違うか」


リュシアは答えなかった。

答えなかったことが、答えだった。

ユスティナは目を細める。


「そのままでは、北で死ぬ」

「……私は死なない」

「願望を口にするな」


鋭い声。

リュシアの肩が、ほんの僅かに震える。


「戦場で必要なのは覚悟ではない。判断だ。

憎しみは刃を鈍らせる。焦燥は足を狂わせる。喪失は視界を狭める」


ユスティナが一歩近づいた。


「お前は今、全てを抱えすぎている」


リュシアは俯かなかった。

だが、視線だけが揺れた。


「……私は」


喉が乾く。


「私は、探さなきゃいけない」


声が小さくなる。


「まだ……リィナは、見つかっていない」


その名前を口にした瞬間、胸が締めつけられた。

ユスティナは黙って聞いていた。

リュシアの声に、熱が混じる。


「仇も、生きている。家族を殺した【エリミネア】も……母さんを、兄さんを、父さんを……」


言葉が途切れる。


柔らかい掌の感触。

引き裂かれる肉の音。

守ろうとした母の腕。

首の折れる鈍い音。


「……まだ、どこかにいる」


リュシアの目が、暗く燃えた。


「だから、私は止まれない」


長い沈黙が落ちた。

夜風が塔の欠けた縁を撫で、遠くで石片が崩れる音がした。

やがて、ユスティナが静かに言った。


「お前の仇は、ただの上位種ではない」


リュシアの呼吸が止まる。


「奴は、【第八席次】」


空気が変わった。


「通称――【胎児喰い】」


世界から音が消えた。

リュシアは動けなかった。

あの日の記憶が、喉の奥から這い上がってくる。


血の匂い。

母の叫び。


「……そいつは今、どこにいるの」


自分のものとは思えないほど低い声だった。


「答えろ」


ユスティナは目を逸らさない。


「知らん」

「……っ」


リュシアの足が一歩出る。


「嘘を——」

「知らんと言った」


冷たい声が、激情を叩き落とす。


「【席次】持ちの強さは、通常個体とは別次元だ。確認されても生存者が少なすぎる」

「なら、見つければいい」

「見つけてどうする」


リュシアの目が鋭くなる。


「 排除する」


迷いはなかった。

ユスティナは静かに告げる。


「無理だ」


その一言は、残酷だった。


「今のお前では、近づくことすらできない」

「……やってみなければ分からない」

「分かる」


ユスティナの声が、初めてわずかに荒れた。


「私でも奴には勝てない」


リュシアが止まる。


「……え」


かすれた声。


「あの時、奴は傷を負っていた。それも癒えぬ傷だ。その状態でも、私が勝てる確率はゼロに等しかった」


ユスティナの目が、夜より暗く沈む。


「正直、あの時、奴が撤退したことに一番安堵したのは私だ」


リュシアの奥歯が、ぎり、と鳴った。


「【席次】持ちとは、それほどの存在なのだ」


言葉は刃ではなく、墓標だった。


「だから、お前はまだ行くな」

「……命令」

「忠告だ」

「同じ」

「違う」


ユスティナがもう一歩近づく。

リュシアよりも高い位置から、真正面に視線を合わせた。


「命令ならお前を縛る。忠告なら、お前が選べる」


リュシアは唇を噛んだ。


「選んだ結果、死ぬなら」


ユスティナの声が静かになる。


「それはただの自殺だ」


リュシアの表情が、初めて歪んだ。


怒り。

屈辱。

悲しみ。


幼い日のまま腐らず残っていた感情が、胸の奥で激しく軋む。


「……私は」


声が震えた。


「生きていたくて、生き残ったわけじゃない」


ユスティナの目が、わずかに揺れた。


「父さんが死んだ。母さんが死んだ。兄さんが死んだ。リィナも……まだ……」


拳が震える。


「それなのに、私だけが残った——なら、私がやるしかない」

「違う」


ユスティナが即座に否定した。


「復讐は、お前が生き残った理由にはならない」


リュシアの瞳が揺れる。


「だが、今のお前はそれを理由にしようとしている。死ななかった意味を、仇の死体で埋めようとしている」


沈黙。


「そんなものでは埋まらない」


その言葉は、優しさに似ていた。


だが、ひどく冷たかった。


リュシアは俯きそうになり、耐えた。


「……なら、私はどうすれば」


それは問いではなく、悲鳴だった。

ユスティナはすぐには答えなかった。

夜がさらに深くなる。


「まず、私の隣で戦え」


やがて、ユスティナは言った。


「仇を殺すためでも、妹を探すためでも、任務のためでもない。お前自身が生きるための戦いを、教えてやる」


リュシアは何も言えなかった。


「北では、私の指示に従え。独断で動くな。痕跡を見つけても一人で追うな。戦闘中に過去を見るな」

「……そんなこと」

「できないなら、置いていく」


リュシアの顔が上がった。


「足手まといは不要だ」


冷たい言葉。


だが、その奥に隠されたものを、今のリュシアはまだ完全には読み取れなかった。


ユスティナは背を向ける。


「明朝、出発する。それまでに決めろ」

「……何を」

「死にに行くのか」


ユスティナはわずかに振り返った。


「生きて戦うのか」


それだけ言って、歩き出す。


リュシアはその背を見つめた。


遠い背中。

届かない背中。


けれど、さっきよりほんの少しだけ、人間に見えた。


風が吹く。


リュシアは剣の柄から、ゆっくりと手を離した。


「……生きる」


誰に向けた言葉でもなかった。

それでも、その声は確かに夜の底へ落ちた。


「まだ……死ねない」


その言葉は、復讐の誓いに似ていた。


だが、ほんの僅かだけ、違っていた。


灰のない夜空の下で、リュシアは初めて、自分の呼吸の音を聞いた。


◆


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