第8話「帰還」―それぞれの道―
◆
灰はまだ降っていた。
血と腐臭の混じった空気が肺にへばりつき、息をするたび喉が軋んだ。
レオンは立ち尽くしていた。
足が動かない。
視界の端で、崩れた肉塊が蠢く。
ぐちぐち、と湿った音を立てて、撒き餌に群がっていた幼体たちが顔を上げる。
裂けた口の奥で舌が震え、糸を引く唾液が垂れる。
黒い眼が一斉にこちらを捉えた。
――飢えている。
だが、それだけではない。
彼らは形を保った身体、崩れていない生き物を、貪るように見つめていた。
奪うために。
「……おい」
近くでリュシアの声がした。
「この男はまだ生きている」
視線を落とす。
ガルドの胸がかすかに上下し、裂けた肉の奥から血が滲んでいた。
まだ温かい。
「仲間を見殺しにしたいの?」
その一言で、我に返る。
しかし、誰もすぐには動けなかった。
周囲にはまだ影がうごめいている。
幼体たちが低く喉を鳴らしながら、肉を落としながら距離を詰めてくる。
足を引きずり、骨を露出させても、止まらない。
「……どうやって、この数を……」
ダンの声は乾いていた。
ミリアが前方を見据えたまま、低く言った。
「……包囲されている」
逃げ道は完全に塞がれていた。
「問題ない。私がすべて排除する」
リュシアは前を見たまま、静かに踏み出した。
次の瞬間、彼女の姿が消えた。
遅れて、肉が裂ける音が連続した。
ばき、と骨が折れ、核が砕ける。
二体、三体……瞬く間に崩れていく。
幼体は倒れながらも腕を伸ばす。
掴もうとする。
触れようとする。
――奪うために。
だが、その腕ごと断ち切られる。
銀の軌跡だけが残り、一直線に道が開けた。
「行って」
短い命令。
レオンの身体が反射的に動いた。
ガルドを担ぐ。
重い。
だがそれ以上に、妙に軽く感じた瞬間、胸の奥が締め付けられた。
走る。
足裏が灰に滑る。
肺が焼ける。
視界が揺れる。
背後では、絶え間なく破砕音が続いていた。
◆
やがて門が見えた。
「……まだ追いかけてきてるっスよ……!」
セイルの声が震える。
幼体たちが雪崩れ込んでくる。
腕を引きずり、骨を露出させながら、それでもこちらを睨んでいる。
羨望と憎悪が混じった、ねばつく視線。
そのとき、風を切る音。
銀の閃きが群れの横を走り、リュシアが追いついた。
彼女は前に出て、幼体の群れと正対した。
「ここから先は通さない」
踏み込み。
景色が歪むほど速い。
音だけが残る。
連続する破壊の響き。
レイピアの切先が核に届くたび、幼体の動きが止まる。
再生しかけていた怪物たちの身体が、次々と地面に崩れ落ちていく。
◆
見張り塔。
「――接近多数!!」
監視員の叫びが響く。
群れが荒廃地帯にまで迫っていた。
数が、異常だった。
「……なんだあれ……」
誰かが呟く。
その中を、一本の銀の線が走る。
速すぎて、見えない。
だが、確実に群れが削られていく。
核だけを正確に破壊され、怪物たちが崩れ落ちる。
「……あれが……『戦士』か……」
誰も動けなかった。
ただ、息を飲んで見つめていた。
神がかっているとしか、言いようがなかった。
「門、開けろ!!」
怒号が飛ぶ。
門が開く。
レオンたちが転がり込む。
直後、リュシアが反転し、追ってきた幼体たちに向かった。
門の外で、一方的な殲滅が始まった。
◆
重い音とともに、門が閉じた。
外界を断つ。
レオンはその場に膝をついた。
肩から力が抜け、手が小刻みに震える。
「……閉めたのか……」
ダンが呟く。
「……外にいるんだぞ……」
セイルが門を見つめたまま言う。
ミリアが低く答えた。
「閉めなければ、居住区にも奴らが入ってきていた」
沈黙が落ちる。
「……あいつ……一人で……」
誰も、何も言えなかった。
レオンは門を見つめていた。
見えないはずの向こう側に、止まった文明の中でただ一人闘う少女の姿が、鮮烈に焼き付いていた。
◆
医療棟。
白い天井。
消毒液の匂い。
ガルドが運び込まれる。
指示が飛び、布が裂ける音、器具の金属音が響く。
レオンは壁にもたれ、手を見つめていた。
血が乾き、黒く固まっている。
(……俺は)
何もできなかった。
◆
数日後。
病室に入ると、ガルドが目を開けていた。
「ガッハッハッハッ!お前も生きていたか!」
レオンの喉が詰まった。
「……俺は……」
言葉が続かない。
ガルドがゆっくり息を吐く。
「カッコつけたのに助かっちまったな、みっともねぇ」
レオンが顔を上げる。
「……隊長……」
「生き延びたなら、どんな形でも俺たちの勝ちだ」
重い沈黙のあと、ガルドは続けた。
「いいか、レオン。逃げ延びた先で何をするかが重要だ」
その言葉だけが、レオンの胸に深く残った。
◆
【死灰雪原】の中。
リュシアは一人、歩いていた。
撒き餌の痕跡が続く。
引きずられた跡、乾ききらない血、齧られた肉片。
「……狡猾になっている」
足を止める。
違う。
成体ならば、もっと直接的な飢餓と殺気が先に来るはずだ。
あんな回りくどい誘導などしない。
「……普通じゃない」
《機関》で教えられた特徴とは、明らかに違う。
わずかに目を細める。
「……早く見つけなくては」
彼女は再び歩き出した。
次の任務へ。
こんばんわ、アトレイです。
第1章完結です!ありがとうございました。
新年度が始まりましたね。
いかがお過ごしでしょうか?
新卒が入り、始めて指導する後輩の姿を見ながら
私は忙殺されています。
どこもきっとそうですよね。
その中で執筆されている諸先生の皆様には
頭が上がりません。
私は到底無理なので、
第二章、作成はしておりますが、
しばらくお休みするかもしれません。
連載再開したらまた見てくださいね。
絶対ですよ、、、
でわでわ。




