第6話「撒き餌」―狡猾なる上位捕食者―
◆
灰は、まだ降っていた。
静かに。
だが――
ぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐち……
ぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐち……
視界の端で、潰し損ねた幼体の肉が蠢いている。
核を砕ききれなかった個体が、湿った音を立てながら再生を始めていた。
「撤退します!」
レオンが叫ぶ。
「後退しながら迎撃を――」
その時だった。
前方の灰が、ふっと割れた。
何かがいた。
灰の帳の奥。
崩れた建物の上から、ぬるりと一つの影が歩み出る。
人の形に近い。
だが、人ではない。
背丈はガルドと同等か、それ以上。
青白い皮膚はところどころ裂け、剥がれた肉の下で赤黒い筋が脈打っている。
片腕だけが異様に長い。
肘から先が何度も継ぎ足されたように細長く、指は骨ばって、節ごとに不自然に曲がっていた。
それはまるで、甲殻類を連想させた。
顔面の右半分は人間の輪郭を残しているのに、左は崩れたまま再形成され続けている。
口元だけが、やけに人間らしく歪んでいた。
その目が、五人を舐める。
「……ニゲるのカ?」
声だった。
湿っていた。
喉の奥で腐肉をかき混ぜたような、粘つく音。
「オレが、わざわざ……ココまで、集メてきてやッたのに」
セイルの喉がひくりと鳴る。
「……成体」
ミリアが呟いた。
声は落ち着いていたが、僅かに掠れていた。
成体。
幼体とは違う。
核を中心に再生する怪物が、捕食を重ね、より強く、狡猾に成長を果たした存在。
知性を持ち、人語すら模倣する個体。
目の前のそれは、唇の端を吊り上げた。
「人間は……バカだナ。逃げ道が、あるト思うと……ソッチを見る」
ぞわり、とレオンの背筋が粟立つ。
「後方、警戒!」
叫ぶと同時に、全員が振り向いた。
そこにもいた。
灰の向こう。
崩れた車両の影。
傾いた建物の裂け目。
さっき倒し損ねた幼体だけではない。
新たな幼体が、すでに後方へ回り込んでいる。
退路が、塞がれていた。
そして地面には、点々と続く赤黒い肉片。
撒き餌だ。
前だけではない。
後ろにも。
左右にも。
成体は、喉を鳴らして笑った。
「オマエらは、モウ……逃げられナイ」
◆
「前衛、私とガルド隊長!ダン、セイル、ミリアは後方幼体を抑えて突破口を――」
言い終わる前に、成体が消えた。
次の瞬間、ガルドの目前。
長い腕が鞭のように撓り、叩き込まれる。
ガルドがウォーハンマーで受け止めた。
金属音。
衝撃で灰が吹き飛び、地面が陥没する。
巨体が、一歩押し込まれた。
「ガルド隊長が……!」
レオンが横から斬り込む。
剣が胸を狙う。
だが、成体の腕が異様な角度で捻れ、側面から胴を打つ。
「ぐっ……!」
肋骨が軋む。
肺の空気が押し出され、レオンは吹き飛ばされた。
外壁に叩きつけられ、呼吸が止まる。
ユナの声が脳裏をよぎる。
――「外の世界のお話、忘れないでよ?」
ダンの銃声が響く。
三発、四発。
肉が弾ける。
だが成体は止まらない。
長い腕がダンの左肩を掠める。
制服ごと肉が抉れ、赤い断面が露わになった。
「っあ゛あ゛!!」
ミリアの火炎球が炸裂した。
セイルが死角からダガーを突き刺す。
だが、成体の腹が内側から閉じ、手首を絡め取る。
膝がセイルの腹にめり込む。
ぐぼっ。
血と胃液が噴き出し、セイルの体が横殴りに飛んだ。
「セイル!!」
成体は炎の中から歩み出る。
焼け崩れた顔。
垂れ下がった眼球。
それでも、口元は笑っていた。
じゅくじゅく……と燃えた肉が盛り上がり、眼球が引き戻される。
「マダマダ、威力が足りなイ」
その一瞬の硬直を突き、成体がミリアの喉を掴む。
細い首が軋む。足が浮く。
「ぐ……ぁ……っ」
ガルドが咆哮した。
「貴様ぁぁぁあッ!!」
ウォーハンマーが唸る。
成体はミリアを放り捨て、後方へ跳ぶ。
だが、完全には避けきれない。
ハンマーの先端が脇腹を掠め、肉と骨をまとめて抉り飛ばした。
黒い血と臓腑が灰の上に散る。
「……あァ、やったナ?」




