第5話「境界の異常」 ―死灰雪原―
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荒廃地帯は、どこまでも続いていた。
崩れ落ちた建物、風に削られた鉄骨、かつて「街」だったものの残骸。
変化はない。
ただ、終わったまま、そこに在り続けるだけ。
――だが。
「……止まってください」
ミリアの声が、低く落ちた。
全員、足を止めた。
視線を前方へ向ける。
「……アレだな」
ガルドが低い声で呟く。
その先——
地平線の色が変わっていた。
白い。
しかし、それは雪ではない。
灰だ。
火山灰のように細かく、軽い粒子が、静かに降り続いている。
地面の色を鈍く塗りつぶし、建物の輪郭をぼやけさせ、世界を少しずつ「死んだ色」へと変えていく。
「……あれが」
セイルが息を呑んだ。
「【死灰雪原】……っスか」
レオンは静かに頷いた。
「そうです。【侵腐の森】から放出された胞子が、ここまで到達した領域です」
灰は音もなく降り注ぐ。
だが、確実に世界を侵食している。
「吸い込めば終わりです」
レオンは淡々と告げた。
「肺に入れば、数時間で内部から侵食が始まります」
セイルの顔が強張る。
「……マジっスか」
「事実です。一度吸ったら即、死亡だと思ってください」
ダンが小さく息を吐いた。
「……見た目より、だいぶヤベェな」
「見た目も十分ヤバいです」
レオンは目を細めた。
灰の向こう、視界がわずかに歪んでいる。
空気そのものが重く、粘つくように肌にまとわりつく。
ふと。
レオンの脳裏に、光が差す。
あの朝、袖を掴みかけて離した、
あの小さな手がよぎった。
そして、小さく呟く。
「ここから先は、もう荒廃地帯じゃなく――生命の境界です」
「――《清浄なる呼吸》」
ミリアの声が静かに響いた。
その瞬間、全員の口元に幾何学模様の薄い魔法陣が展開した。
透き通る光が、呼吸に合わせて微かに脈動する。
空気が変わる。
灰を含んだ空気が、喉の手前で弾かれる感覚。
魔法――かつて、世界を滅ぼしかけた古の技術。
「……発動、問題なし」
ミリアが短く告げた。
レオンは深く息を吸い、肺に届かないことを確認した。
「魔法の正常な動作を確認」
「全員問題なしっス!」
「こっちも大丈夫だ」
短い応答が返ってくる。
レオンは小さく頷き、再び灰の向こうを見つめた。
「……それでは、行きましょう」
一歩、踏み出す。
境界の内側へ。
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「……妙だな」
ガルドが言った瞬間、全員の意識が引き締まった。
「何がです?」
「静かすぎる」
ガルドは首を振った。
「……きな臭ぇな。裏で誰かが動いてやがる」
その言葉が落ちた直後——
「――来ます!!」
ミリアの鋭い声が響き渡った。
◆
霧の向こうで、影が動いた。
一つや二つではない。
「……は?」
ダンが思わず声を漏らす。
数が、多すぎる。
灰を踏みしめ、崩れた肉体がこちらに向かって殺到してくる。
【エリミネア】の幼体。
皮膚が裂け、肉が垂れ下がり、白い骨が露出している。
「……なんで、こんなにいるんっスか……!?」
セイルの声が震えていた。
ありえない。
【エリミネア】は群れないはずだ。
崩れゆく体を維持するため、他の生物を貪る人類の敵。
それが——集団で行動している。
「……こちらに集まって来ている……?」
ミリアの声にも、わずかな動揺が混じった。
◆
「全員、迎撃態勢!!」
レオンの声が、灰色の雪原に響き渡る。
「数が多すぎます!押し込まれないよう、体勢を維持して下さい!!」
隊列が即座に円形陣へ変形した。
背中を預け合い、全方位に対応する。
「来るぞォ!!」
ガルドが唸り、足を踏み出した。
――最初の一体が、灰を蹴散らして飛びかかってきた。
ダンの銃が火を噴いた。
発砲音とともに頭部が吹き飛び、肉片が飛び散る。
それでも、残った胴体が勢いを殺さず迫ってくる。
「チッ……!」
二発目。
胸骨の奥にあった「核」が砕け、ようやく動きが止まった。
だが、次の個体がすぐさま飛び込んでくる。
さらにその次。
止まらない。
灰を巻き上げながら、次から次へと殺到する。
「これじゃキリがねぇですよ!」
ダンが歯を食いしばる。
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「ミリア、遠距離魔法で動きを止めてください!」
「――《火炎球》!」
連続する火球が群れに叩き込まれる。
轟音。炎が灰の中で爆ぜる。
一体の肩が焼け裂け、肉が溶ける。
ぐちぐちぐちぐち……
黒ずんだ肉芽が、じゅくじゅくと盛り上がり、溶けた部分を内側から埋めていく。
白骨が露わになった瞬間、赤黒い筋肉が這い上がり、新しい皮膚が破れたまま被さった。
「再生してる……!」
別の火球が腹を抉る。
内臓が零れ落ちる。
だが、数秒後――粘つく音とともに、欠損部から血肉が泡立ち、穴を塞ぎ始めた。
完全には倒せない。
だが、確実に“隙”が生まれた。
「今です!各個撃破!核を確実に破壊してください!」
レオンの指示が飛ぶ。
三人が同時に動いた。
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レオンは最も手前の個体へ踏み込んだ。
焼け爛れた肉の隙間から覗く白骨。
その奥に「核」の位置を捉える。
剣が一直線に走った。
ずぶり、という重い手応え。
胸骨を貫き、内部で何かが砕ける感触が掌に伝わる。
幼体が痙攣し、崩れ落ちる。
そのまま体を旋回させ、次の個体へ向かう。
剣が弧を描き、首と肩の境目を斬り裂く。
核を正確に抉り取る動きは、容赦なく、精密だった。
灰と血が混じった飛沫が、レオンの頰を汚す。
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ダンは距離を保ったまま、冷静に脚を狙った。
膝関節が砕け、一体が前のめりに倒れ込む。
ぐちぐちぐちぐち……
砕けた膝の周囲から不快な音が連続して響き始めた。
欠けた骨の断端から、黒ずんだ肉が泡立ちながら盛り上がり、
新しい関節がゆっくりと形成され始めている。
「寝てろ」
低く吐き捨て、近づく。
銃口を胸部に押し当て、引き金を引く。
至近距離からの轟音。
「核」が粉々に砕け散り、幼体はピクリとも動かなくなった。
灰の雪の中で、次々と脚を撃ち抜き、動きを封じ、トドメを刺す。
冷徹で、効率的な射撃だった。
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セイルは横へ素早く流れた。
焼かれた個体の死角へ滑り込み、ダガーが閃く。
まず脚の腱を断つ。
体勢が崩れた瞬間、さらに体を低く沈め、這い寄ってくる腕を躱す。
裂けた口が鋭い牙をむき出しにして迫る。
「っ……!」
セイルは身体を半身にずらし、すれ違いざまにダガーを深く突き刺した。
胸の奥——柔らかい肉と硬い核の感触。
「……あった!」
捻る。
ぐちゃり、という嫌な音とともに核が砕け、幼体の動きがピタリと止まった。
息を乱しながら、次の標的へ滑り込む。
灰の中で、影のように素早い連撃が続く。
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「ガッハッハッハ!!いいじゃねぇか!!」
ガルドが豪快に笑いながら踏み込んだ。
巨大なウォーハンマーが唸りを上げ、一撃で四、五体をまとめて吹き飛ばす。
肉片と骨が飛び散り、灰が激しく舞い上がる。
それでも【エリミネア】は次から次へと湧き出てくる。
「これは……もしや、誘導かッ!!」
その瞬間、風が吹いた。
灰が大きく舞い、視界が一瞬だけ開ける。
その奥、地面に——
赤黒いものが点々と散らばっていた。
まだ新しい、人間の肉片。
「間違いありません。あれは——撒き餌です」
レオンが低く告げた。
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赤黒い肉片が、一定の間隔で灰の上に置かれている。
誰かが、意図的に撒いた痕跡。
「……誰かが、わざと仕掛けていますね」
ガルドが短く同意した。
「だな!!あの雑魚どもにこんな芸当はできねぇ!!」
灰が静かに降り続ける。
重苦しい沈黙。
「……撤退しましょう」
レオンが言った。
ぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐち……
周囲では、核を破壊しきれなかった幼体たちから耳障りな再生の音が響き続けている。
「ここに長くいるのは危険すぎます」
誰も異論を唱えなかった。
だが、その場を離れる直前。
レオンはもう一度だけ振り返った。
灰の向こう、【死灰雪原】のさらに深い領域。
そこに――
自分たちを監視している“何か”がいる。




