第3話「荒廃地帯」―残された世界―
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門を出た瞬間、空気が変わった。
冷たく、乾いている。
それだけだ。
――いつも通り。
レオンは一歩踏み出す。
背中に、さっきまでの温もりがまだ残っている気がした。
振り返らない。振り返れば、足が止まってしまう。
分かっている。
「ガッハッハッハ!!緊張してんのか、レオン!!入隊の頃からちっとも変わんねえな!!」
ガルドの豪快な笑い声が響く。
隊はすでに動き始めていた。五名の隊員が、警戒を保ちながら荒廃地帯を進む。
先頭のガルドは、相変わらず――食っていた。
片手にハンバーガー。三個目だ。
「仕事中ですよ、隊長」
レオンがため息混じりに言う。
「問題ねえ!!まだ三個目だぞ!!」
「個数の問題じゃねえですよ」
後ろからダンが笑う。
「戦闘になったら絶対後悔しますよ」
「腹が減る方が大問題だ!!」
言いながら、また一口かじる。
……この人は、本当に。
レオンは小さく息を吐いた。
「セイル、物陰にも注意を払って下さい」
「あ、はいっス!」
「ミリア、前方の反応は?」
「異常なし」
淡々とした声。いつも通りだ。
レオンは周囲を見渡す。
崩れた建物、朽ちた鉄骨、雨風に削られた道路。
動くものはない。音も、ほとんどない。
ここは荒廃地帯。
【侵腐の森】の胞子が届かない、空白の領域。
虫一匹すらいない、死んだような静寂。
だからこそ、かつての文明が、そのままの姿で残っている。
「こういうの、初めて見るんスけど……ちょっと感動っスね」
セイルが呟く。
「……何もねえだけだろ」
ダンが肩をすくめる。
「いや、逆にっスよ。なんていうか……時間が止まってるみたいで」
「止まっている、か」
レオンは短く返す。
確かに、その通りだ。ここには“変化”がない。
ただ、文明が終わったまま、朽ち果てているだけ。
◆
「荒廃地帯の中間ライン、あと少しです」
ミリアの声。
レオンは頷く。
「確認後、記録。異常があれば即報告」
「了解っス」
これが調査隊の仕事だ。
【侵腐の森】の拡大状況確認。
侵入した【エリミネア】の排除。
そして、防壁の維持。
単純だが、一歩間違えれば居住区は確実に終わる。
「……来ます」
ミリアの声が、低く張りつめた。
レオンの意識が一瞬で切り替わる。
「数は?」
「二……いや、三体」
「全員、警戒。迎撃準備」
空気が一気に凍る。
「右だ!」
次の瞬間、姿を現した。
【エリミネア】の幼体。
皮膚が裂け、肉がぼろぼろと剥がれ落ち、白い骨が覗いている。
それでも、動く。
裂けた口が不自然に広がり、黒い粘液を垂らしながら、こちらを――ただひたすらに、喰おうと見つめている。
飢えか、憎悪か。
それとももっと根源的な何かか。
得体の知れない執念だけが、そこに満ちていた。
「――来る!」
ダンの銃声が乾いた空気を裂く。
弾丸が胴を貫き、肉が弾ける。
体がねじれる。
それでも、止まらない。
這うように近づいてくる。
「相変わらず、しぶてえな」
二発目。
胸骨が砕ける音。
ようやく動きが止まった。
次に、レオンが前に出る。
「セイル、右側の奴を。中心は狙わず、動きを止めろ」
「は、はいっス!」
セイルが踏み込む。
ダガーが閃き、左の足を切り裂く。
浅い。だが十分だ。
「そのまま下がりなさい。あとは私が」
レオンが続く。
剣が走る。
右膝の関節を正確に断つ。
足を失った幼体が転倒する。
それでも――腕だけで這いずり、前に進もうとする。自分の肉を削りながらでも、止まらない。
「なんなんっスか、こいつ……!」
セイルの声が震える。
「慌てるな、セイル。胸骨の『核』を狙いなさい」
レオンは淡々と告げ、踏み込む。
一閃。
正中を断つ。
ようやく、動きが完全に止まった。
だが――
「もう一体来るぞ!」
ガルドの声。
三体目が、真っ直ぐ突っ込んでくる。
身体は崩壊し続け、腕が千切れかけている。
それでも、進む。
喰うという衝動だけが、駆り立てている。
「ガッハッハッハ!!いい根性だな!!」
ガルドが一歩踏み込む。
巨大なウォーハンマーが弧を描き、空気ごと叩きつける。
ぐしゃり。
肉と骨が同時に潰れ、黒い体液が飛び散る。原
形を失った塊が、地面に沈む。
「……終わり、っスか」
セイルが息を吐く。
「ガッハッハッハ!!ま、こんなもんだろ!!」
ガルドが鼻を鳴らし、四個目のハンバーガーの包みを広げる。
ダンが苦笑する。
「あんなの見た後によく食えますね……」
レオンは倒れた幼体に視線を落とす。
崩れ落ちた肉体。
最後の瞬間まで、こちらを殺し、喰おうと見つめていたような気がした。
「今日はもう日が落ちます。ここで野営しましょう」
◆
日没前。野営地を設営する。
簡易機材を広げ、警戒線を張る。
「ガッハッハッハ!!今日も平和だな!!」
ガルドが言いながら、また包み紙を破る。
「どこがですか」
ダンが即座に返す。
「エリミネア三体に襲撃受けてますよ」
「少ねえ!!」
「基準がおかしいんですよ」
「まあまあ。ほら、一個食うか?」
「いらねえですよ」
軽口が飛び交う。
セイルが笑い、ミリアは無言で周囲を警戒している。
ランプの淡い光が揺れる中、レオンは少し離れて空を見上げた。
ただ暗いだけ。
静かすぎる。
「外の世界のお話、忘れないでよ」
ユナの声が、ふと蘇る。
「覚えてるよ」
小さく呟く。
興味を持たせない方がいい。
知らない方が、ユナは笑っていられる。
それでも、約束は守らなければならない。
帰って、話さなければならない。
「レオン、交代だ。次お前」
見張り番を終えたダンがやってきた。
「了解」
レオンは立ち上がる。
ここは外だ。
気を抜けば、家族の温かさなど一瞬で失われる。
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