第2話「出発」 ―約束の向こう側―
◆
食事が進む。皿が空く。音が重なる。
その合間に、短い沈黙が落ちた。
箸が止まり、エマの手も止まる。
ほんの一瞬。
「ねえ」
エマが口を開いた。
「外って、何か持って帰れたりするの?」
ユナがすぐに反応する。
「え、持って帰れるの!?石とかさぁ」
レオンは二人を見て、穏やかに答えた。
「持ち帰りはできない。全て処理対象になる」
「なんでー??」
「胞子が付着してる可能性がある」
淡々と続ける。
「持ち込めば、一瞬でここが【侵腐の森】に飲み込まれる」
ユナの表情が固まる。
「……そんなに?」
「一晩あれば十分だ」
短い説明だった。
ユナは少し黙る。
視線が、ほんの一瞬だけ下に落ちる。
だが、すぐに顔を上げた。
「じゃあさー」
無理に明るく口にする。
「どんなのあったか、帰ってきたら教えて!」
少しだけ身を乗り出す。
「ちゃんと、いっぱいね!」
レオンは一瞬だけ言葉を止めて、
「……ああ。それならできる」
と頷いた。
「約束?」
「……約束でいい」
ユナは、小さく笑った。
安心したような、少しだけ力の抜けた笑いだった。
エマは、気づかれない程度に小さく息を吐いた。
そのまま、ユナの皿を静かに整える。
◆
食器を重ねる音が、小さく響く。
ユナが、ほんの一瞬、二人の顔を見て――
「お風呂入ってくるね!」
少しだけ明るく言う。
椅子から立ち上がり、そのまま背を向ける。
軽い足音だけが、少しだけ早足で遠ざかっていった。
残されたのは、夫婦だった。
「今回の調査、長くなりそう?」
「どうだろうな。状況次第だ」
短い会話のあと、水音だけが続く。
「……ねえ」
エマが言う。
「ちゃんと、帰ってきてね」
その声は、いつもより少しだけ低かった。
そのまま、言葉の続きは出なかった。
代わりに、レオンの手元を一瞬だけ見て、
何も言わずに視線を戻す。
レオンは頷く。
「ああ。ユナとも約束したしな」
それ以上は何も言わない。
◆
朝。
空気が冷たい。
ユナが外まで出てきていた。
「早いじゃん!」
「いつも通りだ」
「今日くらいゆっくりでいいのにー」
ユナは少しだけ口を尖らせる。
それから、
「ねえ」
と、言った。
「外の世界のお話、忘れないでよ?」
レオンは苦笑する。
「覚えてるよ」
「絶対だからね」
小さく念を押すように言う。
その指先が、ほんの少しだけ袖を掴みかけて、
迷うように止まり――すぐに離れた。
レオンは一瞬だけ目を細める。
それから、
「……ああ。約束だ」
と答えた。
ユナは満足そうに頷いた。
エマは何も言わない。
ただ、静かに見ている。
「いってらっしゃい」
その声は、いつも通りだった。
レオンも、いつも通りに頷く。
「行ってくる」
振り返らない。
そのまま歩き出す。
門の前には、すでに隊員たちが集まっていた。
それぞれが装備を整えている。
レオンはその中へ歩み寄る。
背中に、視線を感じた。
振り返らない。
振り返れば、立ち止まってしまう。
分かっているからだ。
「遅いぞ、レオン!!」
笑いながら、肩で空気を押しのけるようにしてこちらにやってくる。
「予定より全然早いですよ」
レオンは淡々と返す。
「誤差だ!!」
「誤差じゃありません」
ガルドは笑っている。
レオンは周囲を一瞥する。
全員、揃っている。
緊張はあるが、前を向いている。
――問題ない。
「行くぞ!!」
その一言で、場の空気が引き締まる。
門が、ゆっくりと開く。
外の空気が流れ込んでくる。
冷たく、乾いている。
わずかに、鉄の匂いがした。
レオンは一歩踏み出す。
境界を越える。
その瞬間――
背中に残っていた温度が、すっと消えた。
代わりに、乾いた風だけがレオンを包んだ。




