2話
「あし大丈夫そ?」
「いやわからない」
「わからんてなに?自分の足でしょ」
「大丈夫なのかわからない。捻挫なのか打ち身なのかわからない」
「はぁ~?」
足を引きずりながら保健室に向かう。魔女も隣についてきてる。
「なんでついてきてるの?怖いんだけど」
「はぁ~?お前さ、人の優しさを怖いとか。私がいなかったら死んでんのよ、お前」
君が殺そうとしなきゃ死にかけもしなかったわけだが。それに優しさとかいうわりに肩を貸すとかそういうモーションすら見せないし。
「そんな目すんなし。ゲームにはお前が勝ったっしょ?殺さんて」
「信頼できるか。ナイフ持ってるだろ」
「あ、これ?玩具に決まってんじゃん。マジもんなら銃刀法違反よ」
「ほら」と懐から出したナイフのおもちゃを脇腹にぐさぐさ刺してくる。なんなんこいつ。
保健室には先生がいなかった。仕方がないので自分で手当てすることにした。救急箱からシップを取り出して、ベッドに座る。
「貼ってあげよっか」
「いい。自分でやる」
「遠慮すんなって。私、優しいから」
魔女は無理やりシップを奪って「ほら靴下脱いで」という。もしかしたら彼女なりにさっきのことを悪いと思っているのかもしれない。
靴下を脱ぐ。すると笑顔だった魔女の顔が固まった。
「………」
それがどういう表情かわかる。まぁ、そりゃ思春期男子の放課後の足がどんな臭いを放ってるかはわかってる……わかってるけどさぁ
「あのさ」
「ううん。大丈夫。やるから」
おいおいおい。鼻をつまみ始めちゃったよ。なんでこの人は足だけじゃなくて、思春期男子の幼気な心まで傷つけてくんだろ?
「ぉえ」
「え、そんなに?」
「いや鼻つまんでるからわからないんだけどさ、なんか想像で?ほら嫌いな食べ物ってさ見てるだけで気持ち悪くなるじゃん」
涙目で言ってくる。ナチュラルに嫌いな食べ物と同列にされた。
「よし終わった!」と足に貼られたシップは片手で張ったせいで、案の定ずれてた。
「……………………………………ありがとう」
「なにその間」
捻挫した原因はこいつだし、めっちゃ臭がれられたし、なにより貼った場所全然痛いとこじゃないし。感謝する?先にこいつの謝罪からじゃない?いや、でも倫理的に。めっちゃこっち見てくるし。の間だ。
「じゃ、帰るから」
ベッドから立ち上がる。プラシーボ効果か、大したケガじゃなかったのか。足の痛みはだいぶ和らいでた。もしかしたら――と彼女のほうを見る。「ん?」絶対に違うな。
「ねぇ」
扉に手をかけたとき、後ろから声をかけられる。
「今日のこと絶対言わないでよ」
「言わないよ」
殺されたくないし。というか1㎝だけ浮ける魔女のことなんて誰にどう伝えればいいんだ。
「ねぇ」
再び扉に手をかけたとき、再度うしろから声をかけられる。
「絶対に言わないでよ」
「言わないって」
しつこいなぁ。三度、扉に手をかけた「ねぇ」
「言わないっていってるだろ!」
「言えよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
えぇ。
「お前まじなに!?言うだろフツー!魔法使いぞ!我、美少女魔法使いぞ!?平凡な男に訪れた奇跡的な出会いぞ?誰彼構わず自慢しまくれや!」
「いや……は?え、口外したらダメなんだろ?魔女協会のルールで」
「魔女協会なんてあるかーい!いや、あるけどさ。あんなんボケた老人の集まりだから。あんなもーろくしたババア共いくらでも誤魔化せるわ」
魔女はふーっ、ふーっと肩で息をして
「私がなんのために毎日、毎日、同じ教室で箒に跨ってたと思う?」
「……なんで?」
「バレるためだよ!なのに全然ひと来ないし。来てもなんか見て見ぬふりされるし!」
そりゃあ高校生が放課後の教室で箒に跨ってたら、親切心から見て見ぬふりをする。
しかし、これで辻褄があった。どうしてこの魔女はわざわざ僕に絡んで、言われなきゃ気づかないような魔法を見せてきたのか。なるほどそういう理由が。納得……できるか。
「なんでバレたいんだ」
魔法使いだろうがなんだろうが、そういう神秘的な存在はバレてはいけないのがお約束だ。例え魔女協会という組織が廃れていたとしてもバレて得することなんて
「バズりたい」
「えぇ」
「万バズしたい。欲を言えば億バズしたい。美少女魔法使いとして全世界からチヤホヤされたい」
清々しいほど承認欲求がむき出しだ。
「人を巻き込むなよ。勝手に一人で活動してくれよ美少女魔法使い系インフルエンサーとして」
「魔法使いですって自分で言うの?なにそれただのイタイ奴じゃん……ってコメントで言われた」
まさかもうすでにやっていたとは。承認欲求魔女に悲しき過去。
「説得力を出すためにはね、アンタみたいなバカッターの盗撮が一番なのよ」
「バカッターでもないし、盗撮もしてない」
関係ないけどツイッターはエックスになったけど、バカッターはバカッターのままなのだろうか。バカは死んでも治らないっていうけど、電子の中でもそうなのだろうか。
「大体だね、君の姿を映像に撮ったとしようじゃないか。映ってるのは箒に跨ってる女子高生だぞ」
「浮いてるね」
「1cmだけな」
それが遠巻きの映像で伝わるわけもない。だからといって浮いてるのがわかるくらい近くまでよれば、もうそれは盗撮ではない。
「近くても盗撮っぽくできるでしょ」
「そんな映像技術、僕にはないから。なんかナチュラルに協力するみたいな流れになってるけど、しないからな」
「はぁ?なぜ?」
「僕にメリットがない」
「あるじゃん。私みたいなかわちい女の子とお近づきになれる。考えてもみなよ。アンタの人生でこんなかわいい女の子と関わり合いになる機会は5%くらいはあるかもしれないけど、魔法を使える可愛い女の子なんて1%くらいよ?」
1%あるんだ。その1%に出会えたのは幸運なのだろうが、やはり遠慮しておきたい。
僕だって特別な出会いに期待した。願ってもない機会だ。でも、こいつを見てみろ。明らかにかかわっても良いことはないぞ。
「帰る」
「ちょマジ待って。マジで一人での活動に限界を感じてんだって」
彼女が出ていこうとする僕の腕を引っ張る。
「ね、お願い。なんでも……はしないけど、なんか困ってることとかない?私の魔法で解決してあげるよ?」
生憎と1cm浮くだけの魔法で解決できる問題はない。けど……。
「お、なにその顔。なんかあるでしょ。ほら言ってみ言ってみ」
「……新聞部がそろそろ廃部になる」
「マジ!?あはっ!あんじゃん悩み」
人の悩みに目を輝かせる魔女。ほんと人としてどうかと思う。
「てか、うちって新聞部なんてあったんだ」
「最近は学内報も出してないからな。部員が僕一人なんだ。新入部員が入らなかったら4月で廃部になる」
べつに思い入れのある部活じゃない。廃れないよう頑張ろうという気概もない。どれだけ凝った記事を書こうとも放課後にはゴミ箱に放り込まれてる。やりがいもクソもあったもんじゃない。
ただ、気になる噂話を聞くのに新聞部という肩書は便利だった。それがなくなると少しだけ不便になる。
僕の話に「へー、ほー」と適当な相槌を打っていた彼女は少し間をおいて、手を打った。
「じゃあ、私が新聞部に入ればいいと」
「え」
「アンタは廃部を逃れて、私は新聞部を通してアピールできる。え、待って震えてる。お互いに損ないじゃん。こんな完璧な互恵関係ないじゃん。ファインディングとニモじゃん」
ファインディングはイソギンチャクじゃないし、ニモはクマノミじゃないし、互恵関係なんてどこにもない。
「部として承認されるのに必要なのは3人。君が入っても1人足りない」
「そんなん友達の名前だけ借りて籍を置かせればよくね?」
魔法使いの現実的な解決策だ。
「そんなの頼める友達がいない」
「あぁ、やっぱり」
やっぱり?
「じゃ、なおのこと私の力が必要じゃん。任せなって。私リアルに友達100人いっから」
「じゃあ、その友達に君の魔法使いとしての広報活動を手伝ってもらえばいいだろ」
「いやだ!頭のおかしい奴って思われたくない!」
放課後に一人で箒に跨ってる時点で手遅れだと思うけども。そこから埒の開かない問答は続いた。
「てゆーかアレじゃん。別にお前に私の入部を拒否する権利なくね?」
「まぁ、それは……入るのは勝手だが、何度も言うけど君を手伝う気はない」
「あーね。そうね。たしかにね。ふっ、はははは。っぱ私って天才だわ。よくよく考えればそうじゃん」
「……なにを企んでいる?」
「いーやなにも。まぁ、お前が手伝ってくれないならしょうがない」
急に潔く引き下がった。逆に怖い。
「でもさぁ、廃部ってのは可哀想だから、うん。入ってあげる。無償の愛。隣人愛ってやつ」
ただより高いものはないという日本人的感性において、わりと愛なき時代に生きる現代人において、無償の愛だなんて口にされた日には否応なしに警戒してしまう。相手が魔女ならば尚更。
彼女は立ち上がると、僕の横を通り過ぎて保健室を出ていこうとする。「おい」と今度呼び止めたのは僕だった。
「頼み続ければ絆されるなんて期待はするなよ。いざとなれば僕は新聞部を辞めるからな」
ドアに手をかけた彼女は振り返って、実に魔女らしい笑みを浮かべた。
「もちろん。というかそっちの方が……まぁまぁ仲良くしていこ、部長さん」
そう言って彼女は保健室から出ていった。ベッドに散らかった救急箱をみて、僕はため息しか出てこなかった。




