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3話

 七織奈菜。彼女の名前を知ったのは提出された入部届からだった。

「まさか本当に来るとは……」

 苦笑する僕の向かい、七織さんはドヤっとしていた。

「どや」

 口でも言ってた。

 放課後の新聞部に割り当てられた地学室に二人。空けた窓から部活動に励む生徒の声が遠く聞こえる。

「あの、本当になにが狙い?昨日も言ったけど、マジで手伝わないよ」

 机の上に置かれた入部届をこっそり七織さんのほうに滑らせる。

「だからその件はいいって言ったじゃん。ほら私、部活入ってないじゃん?」

「知らないけども」

「っぱ、一度来る青春にそれはどうかと思うわけ。グランド見てみ。煌めいてるやん?キラキラやん?地上の星やん?私もさーそーいうの憧れんのよ。部活にすべてをかけるっていうかさ」

「そういう理由で新聞部に入る人いないと思うけど」

「優勝目指そうぜ」

「だからそういうのじゃないんだって」

 そういうのじゃないけど、新聞部の全国大会のようなものは実はある。それで青春漫画が作れそうなくらい面白そうな大会ではあるんだけども、七織さんと僕でそんな物語は始まらないという確信がある。

「なんにしたってお前がこの入部届を拒否れる権利はないんだから、受け取りなって」

 滑らせた入部届をつき返される。悔しいことに七織さんの言っていることは正しい。おずおずと入部届を受け取った。

「おし。じゃ、今から私は新聞部の部員ってことで。新聞部っていつもなにしてんの?」

「……なにって。月一の学内報作ったり、文化祭の出し物つくったりとか、卒アルの作成とかも手伝ったり」

「学内報?あー学級新聞的な?それっていつもなに書いてんの?コスメ?」

「だったらもっと読まれてるだろうな。基本は学校行事だよ。あと先生の話。こっちの裁量で好きな記事書けたりするけど、あんまりふざけたのだと企画段階で顧問に止められる」

「コスメとか?」

「うちの高校化粧禁止だからダメなんじゃない?」

「あれイミフよな。社会出てからは化粧すんのがマナーになんのに、なんで高校生はダメなん?じゃあ授業で化粧の授業しろやって思わん?」

「思わん。男だし。たまに化粧して学校きてる女子見るとケバってなる」

「くっさぁ。童貞臭ぷんぷんでくっさ」

「それ禁止にしない?」

 わりと多くの男子が思ってると思うんだけどな。女子の化粧問題。童貞非童貞に関わらず周りで化粧する同級生を男子が良く言ってるのを聞いたことがない。

 童貞いじりとハゲいじりは何百の言葉を尽くしても勝ち目がない。むしろ言葉をつくせばつくすほどみじめになる。やっぱ僕も父親の頭が薄くなり始めてからなに言われても「でもハゲてるしなぁ」って思ってるし。

 それから、一通り新聞部の活動を説明すると「ふーん」と七織さんは鼻を鳴らした。

「じゃあ狙うなら学内報か」と、やや間をおいて呟いた。僕はうっすらと七織さんの狙いがわかりはじめた。

「次の学内報の記事はもう決まってんの?」

「……おおよそは」

「おおよそってことはまだ決まってないところもある?」

 どう答えるか迷った。いっそ嘘を吐いてしまおうかとも思ったが、それなら一つ前に「すべて記事は決まってる」とでもいえばよかった。

「あるっぽいじゃん」

 言い淀んだ時間は肯定にとられてしまった。

 僕はせめてわざとらしくため息をついて、机に置いてあるノートパソコンを開いた。

「パソコン持ち込んでんの?不良じゃん」七織さんはニマニマしながら僕の隣に移動してきた。

「学校の備品だから」僕はなるべく隣を意識しないようにパソコンのロード画面を見る。いつもより起動が遅く感じた。

「一応こんな感じ」

 今のところ完成している原稿を見せる。もうほとんどの枠は埋まっている。

「ふ~ん。ちゃんと新聞っぽいじゃん……ん?ここ空いてんじゃん」

 パソコンを覗き込んだ七織さんは目ざとく空白の小枠を指した。

「……まぁ、ここが決まってないとこだけど」

 七織さんは勝ち誇った笑みを浮かべた。

「じゃ、ここは自由に使えるんだ」

「さっきも言ったけど、自由じゃない。ちゃんと顧問の先生の許可が下りないと」

 しかし、僕もおずおずと負けてやるわけにはいかない。食い下がるも、「はいはい」と軽くいなす七織さんを見ると、あまり意味はなかったような気がする。

「なに書くか決めてたん?」

「………決めてない」

 嘘だ。決めてた。しかし、ここでそれを言ってしまえば不利になる。

「じゃさ、私がそこ書いてもいい?」

「書いてもいいけど、なにを書くかは予め部内で共有してもらうことになってる」

「あーね」と七織さんは不敵に笑って、席を立った。

「私さ、新聞とか読まないキャラじゃん?」

「知らないけども」

「でもさ、パパは読むわけ。ちっちゃいころさ、なんでパパはこんなん読んでんだろって思ってさ、こっそり読んでみたわけ。ちゃけ、クソつまらんかったわけ。市議会がどーとか、定員割れがこーとか。でもさ、ちょっとだけ面白かったところがあんのよ」

 七織さんは教室の隅にあるホワイトボードを引っ張ってきた。何も書いてないそこに、黒ペンで大きく文字を書いた。

「それがコレなわけよ」

 ホワイトボードにでかでかと書かれた「都市伝説」の4文字。

「っぱさ、みんなこーいうのに興味あるわけよ。ど、よくね?」

「……都市伝説なんて学校に何も関係ないからね。よくないね」

「だから、学校内のそーいう噂集めんだって。学校の七不思議的な。ほら、校内に謎の美少女魔法使いがいるとかさ。え、まってめっちゃよくね。よくなくなくなくね?」

「よくなくなくなくなくない。そんなことだろうと思ったよ」

 七織さんが学内報のことを聞いてきた時点でなんとなく想像がついてた。

「この新聞部を利用して七織さんは自分の存在を全校に知らしめようとしているんだろ」

「そだけど。なにが悪いん?」

 悪びれもせず。というか、本当に悪いと思っていないんだろう。

「お願いだから、僕を巻き込まないでくれ」

 新聞部にいる以上、彼女のとんちきに巻き込まれるのは確実だ。

「じゃ、辞めれば」

「き、貴様」

 七織さんはネイルにふーっと息を吹きかけた。

「べっつに私は私の私による私のための記事を書ければそれでいいし?お前みたいな文句たらたらの芋野郎なんていらんし。お前が何言っても残るつもりだし。巻き込まれたくないならお前が辞めれば?」

「なんだとぉ……!」

「くくく、ははは、はーっはっはっはっは!馬鹿な奴め!この私を部活に入れた時点で、学内報のことを教えた時点ですでにお前は用済みなんだよ!ほら退け。今日からこの部は七織七広報部になるんだよ!はーはっはっはっは」

 な、なんて奴だ。ゆ、許せねぇ。この部に思い入れなど特にない。しかし、こんな巨悪(?)に負けてはいけないと熱い心が叫ぶ―――!

「い、いいのか。七織さん――いや、貴様は自分の記事だけ書くつもりなんだろうけどな、他の記事だって書かないといけないんだぞ。面倒な雑務も山のようにある。貴様はそれを前任者のいない状況で、一人でやるんだぞ」

 熱い心が叫んだわりにはなんともにちゃっとした脅しだったが、効果は覿面だったようだ。

「はーっはっはっは……は?え、マジ?」

「そりゃそうだろ。今月の学内報だって春休み丸々潰して作ったんだから。一人って大変よ?」

 春休みといいながら、まったく休めなかった3月を回想する。

 よくある人数不足での廃部。もちろん決まりとして何人以下は部活としては認められないというのはある。しかし、新聞部に限っては単純に1人で業務を回すのはかなり大変だった。故の廃部。

「……あーね」

 七織さんはしばらく考えてキラッと笑った。

「ごめーんね☆許してちょ。もう、あの、なに?好きピ♡とてもベリーベリー大好きだから、あれよ。一生一緒にいてくれヤ……なんて。ど?」

 ど?と言われましてもね。

 笑顔には笑顔で。僕もキラッと笑った。


「辞めます☆」



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