1話
放課後、日の暮れかけた教室に部活にいそしむ生徒の声が遠く聞こえた。
僕はホワイトボードと向か合っていた。出版の期日、次の記事の予定、生徒から集めたネタ。マグネットで何枚か貼られたコピー用紙とあまり綺麗とは言えない僕の字。
雑然としたホワイトボードの真ん中、赤い文字で大きく『2―A 女 奇声』の文字。
「よし」
僕は机に置いていたスマホを胸ポケットに入れて、教室を出た。
新聞部は僕一人だけだった。先輩は受験のために早々に引退した。同級生はいない。下級生もいまのところ、新聞部の門をたたく奴はいなかった。
もし僕が一人のままなら、間違いなく廃部になるだろう。
階段を上って、3階の渡り廊下を渡る。部室やら実習室の多い西館はまだ人の声があった。HR教室がほとんどの東館は放課後になるとシンとしている。
また階段を上る。面倒なことに我が校は渡り廊下が一階と2階にしかない。僕がいま向かっている2年の教室は4階だった。
『2-A 奇声 女』
ここのところ、我が校でまことしやかに聞かれる噂だった。
放課後、2-Aから女の声が聞える。なにかをしているようだけど、怖くて近寄れない。
僕はその正体を暴くために廊下を歩いていた。
それもこれも、廃部寸前の新聞部を救うため。ここいらで一発、面白い記事を書いて4月に入学したばかりの新入生を勧誘――というわけではない。
新聞部がなくなるのは残念だが、仕方がない。もとから、そこまで精力的ではない部活だ。
僕は僕の勝手な都合のために新聞部を利用していたにすぎない。
だから、いまこうして2―Aの謎を暴こうとするのも僕の勝手な都合。
記事に起こすかはわからない。もし記事にしたとして、それが跳ねて新入生を迎え入れるなら結構。それ以上のことはする気にならない。
もっとも、僕は記事にできないようなことを期待しているのだが。
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高校生になってわかったのは世界はあまりにも普通ということだった。
魔法使いもいない。起こしにくる幼馴染もいない。勇者どころかスライムの一匹すらいないこの世界。
しかし誰だって一度は思ったことがあるはずなんだ。高校生になったら秘められた力が覚醒するんじゃないか。運命的な出会いがあるんじゃないか。世界のとんでもない秘密を目の当たりにするんじゃないか。
そんなのあるわけなくねwと冷笑する誰かだって心の隅ではちょっとくらい期待しているはずなんだ。
僕だって先週で17歳になった。本気で期待しているわけじゃない。けど、そんなのがなければ僕の人生はあまりにも悲惨すぎる。勉強ができるわけでもなければ運動はからっきし。女子にモテたことも、男子に担がれたこともない。他人様に自慢できるような特技といえば寿司打くらい。
ああ、神よ。いくらなんでも僕に与えられた才能が寿司打だけってのはないでしょうよ。
採算をとるには特別なイベントの一つや二つでもないと、世間は許してくりゃせんよ。
なんて。べつに本気で思ってるわけじゃないけど、おそらく人よりも自分の青春の色が褪せているとは思ってる。
僕だって17年間生きてきた。いい加減、ただ黙して二枚目を気取ってても部不相応、美少女が向こうから歩いてくるわけないことはわかった。
魔法使いも、幼馴染も、スライムも、現れないならこちらから探すしかあるまい。
なればこその新聞部。校内のありったけの情報をかき集め特別な青春を探しにゆくのさ。
まぁ、べつに本気で期待しているわけじゃないけど。ないけどね。
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2―Aの教室についた。僕は物音をたてないように耳を欹てた。
「ふんっ。はぁ!」
タレコミ通り中からは女の声が聞えた。提供者はおっかなくて中を覗くことはしなかったらしいが……どれ。
「ひっ」
扉を少し開けて覗くと、目が合った。まるで僕がいるのに気づいていたようにこっちを見てた。
退散しようとするも驚きのあまり足がもつれてしまった。
その間にドアが開く。
現れたのはギャルだった。それはもう一目でギャルとわかるギャル。それもオタクに優しくなさそうなギャル。
「見た?」
ギャルは僕を見下ろして聞く。目もあったんだ。言い逃れはできないだろう。素直に頭を下げた。
「……すんません。あの、誰にも言わないですから」
覗いた先、僕が目にしたのは彼女が箒にまたがっていた様子。バカにはしまい。誰にだってある。僕だって雨上がりは傘の剣を未だに振るうときがある。しかし、なぜ清掃時間でもないのに、ましてや外でもないのに竹ぼうきを持っているのかは謎だが。
「そう。見たんだ」
彼女は竹ぼうきを片手に目を細めた。こういう活動をしている以上、こういったトラブルも少なくない。手当たり次第に突撃してみるものの、結局はこんな誰も得をしないオチなのだ。今回も同じだったかぁ。はぁ。
「そっか~!見られちゃったかぁ~!ああーどうしよ。とうとう私が魔法を使ってるの見られちゃった。やば~い。魔法使いってバレちゃった~!」
「え?」
「ん?」
「魔法使いなんですか?」
「は?お前、見たんでしょ。さっきの」
「見ましたけど」
「見てんじゃん」
「見ましたけども」
「見てんじゃんて」
なんだろうこの無限ループ。彼女の顔がみるみる赤くなっていく。
「だから!さっき、私が箒にまたがって宙に浮いてるの見たよね!?」
箒に跨っていたのは見たけど、
「ちゅ、宙に浮いてた?」
なんだろう。急速に関わるのが怠くなってきた。
「お前、いま私のことヤバい奴だって思ったでしょ」
ぎくり。
「ちょっと、こっちこい」
教室に引っ張り込まれる。彼女は箒に跨った。
「見てて」
そういうと瞑目して「はぁ!おりゃあ!よっこいしょ!」魔法使いとは思えない声を上げると、
「どう?」
どや顔で聞かれるけど、
「どうとは?」
「浮いてるでしょって!」
凝視してみるも浮いてない。変わらず箒に跨った恥ずかしい恰好のままだ。
「浮いてないですけど」
「ちっ!うっざ。ちょっとしゃがんで」
言われた通りにしゃがんで足元を見てみる。
「お、おお。お?」
浮いてる・・・のか?1cmくらい浮いてるような気がするようなしないような……。
「どうよ」
どや顔で見られましても。
「すごいです。浮いてます……あの、もう帰っていいですか?」
「そう。知られたからには仕方ない。殺すしかないわ」
理不尽すぎる。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。なんでアンタがちょっと浮いてるのを知ったくらいで、殺されにゃいかんのですか!」
「それが魔女協会のルールだからよ。魔法の秘匿を脅かすものは即斬」
「どっちかといえば脅かしたのはアンタだろ!大体、ちょっと浮けるのがバレたからってなんだっていうんだ」
「っっ!魔女に心無い暴言を吐く奴も殺す。それも魔女協会のルール」
「なんて独裁組織だ!」
「ただ殺すだけじゃ楽しくないからゲームをしましょう。校舎を出るまで私に捕まらなかったら、今回は見逃してあげる。どう?最高にスリルがあるでしょ?命がけの魔女との鬼ごっこ。命女鬼ごっこといったところかしら」
「名前ださ」
「魔女のネーミングセンスにケチをつけるやつはミンチ」
自称魔女を名乗る10代女は懐から真っ黒なナイフを取り出してきた。おいおいマジかよ。魔法じゃないじゃないか。
「ほら逃げなさいよ。鬼ごっこでも10秒は待つもんね」
自称魔女がカウントダウンをはじめる。畜生。こいつヤベぇ。
状況に頭がついていかないが、目の前にはナイフを持った女が僕を殺すと言っている。いまは逃げるしかない。
教室から飛び出す。最悪なことにここは4階。当然、10秒で学校の外にはたどり着けない。しかし、10秒のハンデは大きい。普通に階段を降りても追いつかれないはずだ。そう相手が普通なら。
相手は魔女だ。どんな手を使ってくるか……いや、魔女か?箒にまたがって1センチしか浮けない魔女になにができると言うんだろう。というか本当に魔女か。今のところ10:0でただのヤバい女だぞ。
そう思うと真面目に逃げてるのが馬鹿らしくなってきたが、あいつがヤバ女なのは明瞭な事実。逃げるに越したことはない。
3階から2階の階段を降り切ってもまだあの女の気配は感じない。なんだ。やっぱりただのヤバ女だったか。「ふぅ」と息を吐いたとき、近くでチーンと電子音が鳴った。
そういえばうちには身体が不自由な人向けのエレベーターがあるんだった。
ぎぎぎ、と顔を左に向ける。エレベーターが開いた。
「あいきるゆー」
いた。チャッキーじゃない。ガキ大将よろしく帚を肩にかついだ魔女だ。
「せめて魔法で追いかけてこいよ!」
「電気装置だって魔法みたいなもんでしょうが!」
魔女がそれを言ったら終わりだろ。
さすがに気が動転していた。階段を素直に降りればいいものを廊下の方に走ってしまった。
僕は足がかなり遅いが、園田さんはもっと遅かった。たぶん箒を持ってるせいだ。滑稽。
「おらっ!魔法くらえ!」
あろうことかあの女、箒を投げてきやがった。しかも悔しいことに投擲は魔法みたいに僕の頭に直撃した。
「ぐへぇ!」
バランスを崩して派手に転んだ。痛い。運動音痴だから転び慣れてないんだ。
「えぇ、うわぁ。ぐ、ぶふっ。大丈夫そ?」
追いついてきた魔女に笑われながら心配された。すごい屈辱だ。
「大丈夫なもんか。最悪だ。足捻った。いってぇ」
「うわーなんかごめん。まさか当たるとは。で、まさかあんな……ぶふっ、こ、転ぶとは」
ち、畜生……ちくしょう!こんな奴に……!
「こ、殺すんだろ。ミンチにするんだろう!?」
「え?あーそうね、そうだったわ。お前は魔女秘匿漏示罪と魔女に暴言吐いた罪、魔女のネーミングセンスバカにした罪の3つの罪を犯した。よって死刑が妥当だけど――」
くそ。なんだってそんなバカみたいな罪で死なないといけないんだ。冤罪だし。
こんなエセ魔女で僕の青春を終わらせるわけにはいかない。僕はまだ本当の魔女に会ってないんだ。まだ死ぬわけには―――――いや。
風を感じた。春の風だ。
まぁ、いいか死んでも。けど、どうせ死ぬなら最後くらいは勝ってやる。
「なぁ、魔女。たしかルールは校舎の外に出れば僕の勝ちなんだよな」
「は?あのさ、私まだ喋ってる途中なんだけど。魔女の話さえぎった罪も適応されるよ?てか、足けがしてるんでしょ。まだ逃げる気?もう無茶せんときって」
「逃げる気じゃない。僕は勝つ気だ」
そう言って、僕は廊下の開け放たれた窓に飛び込んだ。
「ばか!!!」
遅れて魔女の声が聞こえる。遅い。僕はもう校舎の外に出た。僕の勝ちだ。
ここは二階。飛び降りてもそんなに大きなケガは――――ってもろ下コンクリですやん。骨折はしますやん。
でも、大丈夫。足から落ちれば骨折だ。
骨折で済む――――って僕にそんな運動神経ないですやん。変な飛び方したせいで頭からですやん。
あ、これマジで死ぬ。
コンクリートがとんでもない速さで近づいてくる。走馬灯も流れ始めてきたよこれ。
振り返ってみてもなんともまぁつまらない人生。正直なとこ死ぬの悲しくないかもな。実際のとこ諦めてるんだ。どうせ魔女なんていない。僕はきっとずっとつまんないままだ。それにしちゃあ最後の最後はなかなか面白い散りざまじゃないか。
あーあ。天国に行きたいなんて贅沢言いません。どうかチート持って異世界に転生できますように。
最後にそんなことを思って短い人生に目を瞑った。
が、一向に人生のエンドロールは流れない。神様も女神さまも現れない。
うっすら目を開ける。眼前に広がる灰色はコンクリートの匂いがした。
「あっぶなぁ。もうホント、めったなことしないでよぉ。焦ったぁ」
頭上からあいつの声がする。どうやら僕はうつぶせになっているようだが、身体を起こそうと地面に手をつこうとしてもなぜかつけない。足から立とうとしても、足もつかない。力点がないからうつぶせのままの身体で顔だけ上を向いた。
「よっ」
魔女がさっきの僕よりは綺麗に2階から飛び降りた。
「キャーーーーーー!!!」
とても華麗とはいえない着地だった。自分で飛び降りといて悲鳴上げてるし。なにがとは言わないけど丸見えだったし。
けれど、骨折は必至のコンクリートに二本の足で着地した魔女はすくりと立ち上がった。
ああ、この体勢からならよくわかった。飛び降りた彼女にケガがないのも、僕が助かったのも。
「ね、ちゃんと浮いてるでしょ」
どや顔ダブルピースをする彼女は、どうやら本当に魔女らしい。
たった1センチ浮いてるかどうかもわからない。そんな魔法に助けられてしまったんだ。認めざる負えない。
なんだよ。面白くなりそうじゃん、僕の青春。




