第40話:もう戻せない_5
沈黙が続く。呆然とする隼人を、三兼はただ見守っていた。
そして、ようやく隼人が口を開いた。
「……家族を……お願い、します」
「どういった意味で捉えるべきでしょうか?」
「家族を……返済に充てます」
「……そちらで、よろしいのですね?」
「はい……」
力なく隼人は答えた。もう、これしかないのだ。
「それでは、手続きをさせていただきます。勿論、気の変わらぬうちに」
「えぇ……」
「……先ほど、奥様がオリジナルでないことに驚かれていたようですが、ご存じありませんでしたか?」
「知らなかったよ、全然」
「そうでございましたか。……譲原様が色々とこちらへアクセサリーやブランド品類をお渡戻しになられたころに一度、それ以外は比較的最近のようでございます。……もしかしたら、譲原様が何をなさっていたのか、ご存じだったのかもしれません」
「……そんなこと、言わないでくれよ……」
「出過ぎた真似を。大変失礼いたしました」
三兼が今後の説明をするも、隼人の耳にはもう届いていなかった。
一瞬『自分がゲームに参加する道を選べば良かったのだろうか』とも思ったが、楓の『より後のないほうに賭ける』と言う言葉を思い出し、きっとまたオモチャにされるのだろうと考えるのをやめた。
この結果すら、楓は知ったら喜ぶのだろう。なぜ、自分が目の敵にされるのかはわからない。羨ましいと言われたが、何が羨ましいのかさっぱりわからなかった。隼人から見れば、恵まれた環境に生まれ育って、自分の好きなように生きる楓が羨ましかった。そんな話をしていたら、この結果は変わっていたのだろうか。
そういえば、リコの妊娠の話をした時だったか『クローン体は自分を人間だと思っていないかも』だとか『オリジナルが羨ましいんじゃない』なんてことを言っていたことも思い出した。確か、クローン体専門の病院で、突然喧嘩をふっかけてくる人がいる……という話だったはずだ。
「……楓も、羨ましいと思ってるヤツの一人だったのかなぁ」
そんなこと、気にしないヤツだと思っていた。社会人になってからでも、気の合う友人はできるのだと思っていた。お金は無くなっていったが、同じ趣味の友人は良いものだと思っていた。いつも助けてくれる情に厚いヤツだと思っていた。自分は楓の友だちだと思っていた。自分のことを嫌いなわけがないと思っていた。――その全てが自分の思い違いだったことに、隼人はがっくりと項垂れた。
「それでは、譲原様のご家族に関しまして、こちらで全て処理をさせていただきます」
「……もう、俺の家族は家に帰ってこないんだよね?」
「はい。そういった内容ですので」
「だよね、うん。わかってる。……あ、俺もうここへは入れないのかな?」
「記録はございますので、紹介無しで入ることは可能でございます。特に出禁になったというわけでもございませんので」
「……そっか。わかった。ありがとう。あのさ、また来ると思うんだ。その時、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「規約に違反しないものでしたら」
「あはは、そうだよね。俺の気持ちも変わるかもしれないから、でも、変わらなかったら預かってほしいものがあるんだ」
「危険なものでなければ。それに、生体は預かりかねます」
「そんなんじゃないよ。……あぁ、こんなんになっちゃったけど。楽しかったなぁ……。でも、俺にはきっと、向いていなかったんだろうね」
「譲原様……」
「今ね、まだ実感がわかないんだ。とんでもないことをしたし、何も残らなかったんだけど」
「左様でございますか……」
「近いうちに、また来ます。三兼さんに会いに」
「承知いたしました。お待ちしております、譲原様」
そこからどう帰ったのか、隼人はよく覚えていなかった。家族の、自分の帰る場所にと残した家には、もう自分以外帰ってこない。最悪の別れだったことを後悔しても、何もかもが遅すぎた。
今の隼人に、もうできると思うことはなにもなかった。リコたちは無事なのだろうか。そんなことを思っても、実家へ行く勇気もなければ連絡を入れる勇気もない。だが、一つ知りたいことのために身体は動かすことにした。リコの使っていたクローゼットやカラーボックス、本棚を調べる。彼女がセミボディになっていたとしたら、自分がそうだったように病院からクローン体に関する資料と手術に関する資料をもらっているはずだ。譲原家に、クローン体はいないはずだった。聞ける相手はいない。頼れるものがあるならば、どんなものでも残しておくだろう。……そんな考えに従って一つひとつ調べていく。
「……これか……?」
A4サイズが入る封筒が二つ。表には、それぞれ異なる病院名が載っていた。スマホで検索してみると、一つはクローン体の実験に力を入れている病院だということがわかった。隼人が手術をした病院ではなかったが、最新設備がいろいろと揃っているらしい。もう一つは、オリジナルの病院だった。が、ここの病院ではクローン体を必要とする人向けの紹介を行っているらしい。これだけ見れば、オリジナルの病院から紹介を受けて、クローン体の病院へ行ったことが容易に想像できる。
「……」
隼人は意を決して封筒の中身を出した。
「……ゴメン。ゴメンな、リコ……」
封筒の中身は確かに、両方ともクローン体に関する内容の資料だった。そして想像していた通り、オリジナルの病院はクローン体へ変わる場合の注意事項や手順等の資料、クローン体の病院はクローン体になった場合と手術についての注意事項、それから手術の同意書と身体の部位に値段の書かれた図表が入っていた。
値段の載っている図表にはいくつか丸が付いており、それだけを見れば、丸の付けられた部位をクローン体と差し替えたように読み取れた。
その手術で得たお金はそれなりの金額になっているはずだったが、共同の預金に預けられた形跡はなかった。隼人が自分の分を引き出した以降に入金しているのかもしれない。日付だけ見れば、その通り隼人が引き出した後の話で、共同の預金通帳はリコが持って行ってしまったため確認することはできなかった。そこにはもう、リコが入れたお金しか残っていない。隼人には必要ないという判断なのだろう。
「……? これは……?」
封筒の中身を見ていると、一つ目に留まる物があった。それは『不要な記憶を売りませんか?』という見出しの、記憶の売買に関するチラシだった。
その中には忘れたい記憶や必要のない記憶を、ほしいと思う人に売り出すことができるマーケットの話が書かれていた。記憶を売買するという話は聞いていたが、本当に行われているという事実に隼人は驚いた。が、同時に強く惹かれもしていた。
――自分には、今消し去りたい記憶がある。この数か月の、あの会場へ通っていた記憶だ。あの会場で起こったことを、あの会場へ行ったことで起こったことを、消し去ってしまいたいと隼人は思っていた。楽しかったことは事実だが、それ以上に失うものが多過ぎた。もう元には戻らないが、せめて思い出さないようにしたい。簡単に言えば、隼人は忌々しいと思っている出来事から、早々に逃げ出したかった。このチラシ通りなら、記憶を消したうえでお金ももらえるはずだった。
借金は返した。家も車もある。職にもまだ就いている。が、隼人にはもうお金はなかった。貯金も、その他に財産と呼べるものもなかった。給料日までまだ時間はある。それまで食つなぐにはどうしてもお金が必要だった。それに、楓抜きならば、まだあの会場で遊べるかもしれない。そうも思っていた。そんな、どうしようもないことを、今もなお。
居ても立っても居られなくなった隼人は、詳しくネットで記憶の売買について調べることにした。そこで分かったのは、部分的に記憶を抜き出すことはまだ実験段階で、記憶の抜き出しは期間で範囲を決めるというものだった。つまり、あの会場へ行っていた記憶のみを抜き出すことはまだできず、会場へ行っていたことを消すならば会場へ行く前から今までのことを丸っと消さなければならなかった。その中には仕事の話や勉強した内容も含まれており、量によっては生活に支障をきたすかもしれないため注意する必要がある。
――それでも、隼人は記憶を消して逃げることを選んだ。




