第38話:もう戻せない_3
「おっす隼人!」
「あ、あぁ楓」
「なぁ、お前衣玖と喧嘩したのか?」
「え? あ、あぁ、ちょっと……」
「最後に昼飯食ってから、ずっと来ないよな? 衣玖が自分のせいだって結構責めてたからさ」
「……色々あって」
楓は隼人に何が起こったのかすべて知っている。衣玖と違って。もしかしたら、楓なら自分の話をきちんと聞いてくれるかもしれない。――そう思った。
「あ、あのさ楓」
「ん? どした?」
「実は……」
隼人は起こったことをすべて話した。衣玖と喧嘩した理由。リコが子どもを連れて出ていったこと。嘘がすべてバレたこと。――賭け金はあるものの、家庭としてはもう後がないこと。
「……はー、成程。そんなことになってたのか……」
「それで、少しね。衣玖に悪いなとは思うけど、俺もよくわからなくなっちゃって」
「ま、最後に物言うのはやっぱり金だからなぁ。……あ、あれだ。宝くじ当たったことにしたら、遠慮なく金使えるし見せられるんじゃね?」
「それは思ったんだよ! よかった、楓もそう思う?」
「手っ取り早いよな。宝くじってそんなこまめに当たるもんじゃないけど、一回当てたことにしたら、そう簡単にもなくならないから追加しやすいし」
「だよなだよな。それで、困ったのがどうやって増やすか……なんだよね。半年前の宝くじが前後賞併せて一等七億だったんだよ。それに合わせられないかな……」
「ふーん。……じゃあ、今日七億勝てば良いんだな?」
「そ、そういうことなんだけど、そんな勝負誰が請け負ってくれるかなって……」
「俺がやるよ。本当なら、二億の時も俺がチャラにするはずだったのにできなかったからさ」
「……良いのか? だって、七億だぞ?」
「ここに誘った責任もあるからな、俺、めちゃくちゃ稼いだから! 心配すんなって!」
「楓……」
「勝負をどうするかだよな。俺が七億賭けたら、お前も七億賭けないといけないし。今コイン何枚?」
「七百枚」
「まだイベントの勝負してないよな?」
「してないよ」
「じゃあ枚数的にはクリアか。……よし、初心に戻ってババ抜きするか!」
「ババ抜き?」
「スピードでも良いぞ? 普通のルールだと、額の割に面白みがないよなぁ。あれだ、負けたほうは残りのカード枚数かけるコイン百枚の額を勝ったほうに支払うのはどうだ? そしたら、勝ちでコイン七百枚、更にカードの枚数だけのお金がゲットできる」
「……それ、要る?」
「怪しむヤツがいるんだよ。出来レースなんじゃないかって。だから、ちょっとルールに捻りを入れるわけ。そうするとあら不思議。そっちに目が行くから、怪しくてもなにも言わねぇの」
「そういうもの?」
「そ。そういうもの。俺が負ければ、その残り枚数は隼人のお小遣いにすりゃ良いだろ?」
「……楓、マジでコイン何枚持ってるの……?」
「二桁の億はあるけど?」
「ど、どうやって稼ぐんだよそんなに……」
「後で教えてやるって! 取り敢えず今はお前のコインを現金に換えるぞ」
「あぁ!」
楓の申し出に、隼人は疑うことなく返事をした。楓はいつも助けてくれる。その恩をいつか返したい。また『一緒に遊べればそれで良い』と言うならば、その期待に応えるためにコインは何枚あっても良い。遠慮なく、勝ってコインをもらおう。そう思っていた。
――これがこの会場に来始めたころの隼人だったら、きっと断っていただろう。大金を動かすのは怖い。実感が湧かず、信じられない。マイナスになった時のことを考えると胸が痛くなる。そんなお金を友達に使わせられない。理由は色々ある。
しかし、そんな理由はもう隼人にとってただの文字に過ぎず、マイナスになった時の怖さも、文字通り身をもって乗り越えた今、恐るるに足りなかった。口では『気をつける』『注意する』と言いながら、そんな気はさらさらなかった。勝つことしか、考えていなかった。
「あそこのテーブルでやろうぜ」
「そうだな」
「……この回で良いんだよな? 百倍にするの」
「勿論」
「よし、じゃあ登録するぞ?」
機械のモニタに勝負内容が映される。賭ける枚数は七百枚だが、実際の額は七億だ。
「なぁ、あそこの席イベント戦だって」
「やばっ、コイン七百枚⁉︎」
「大勝負じゃん?」
「でもスピードやるの?」
「一回勝負でこれは……」
気がついた客がテーブルへと寄ってくる。人が人を呼び、いつのまにか隼人達をぐるっと囲むように人だかりができていた。
「準備はいいか? 隼人」
「いつでも」
「……手加減はなし、だよな?」
「そりゃそうだろ」
「一回勝負だからな?」
「わかってる」
「どっちが勝っても文句なしだぞ?」
「……望むところだ……?」
念押しするように繰り返す楓に、隼人は少し違和感を持った。が、勝負を盛り上げるための余興だろうと気にするのはやめた。
「機械のアラームで開始だからな? 先に上がったほうが、手元のスイッチを押して終わり」
「大丈夫だって」
隼人の頭の中には、もう七億を手にした未来しかない。
一枚目に何が出るのか。とても大事なことだ。それで勝敗が決まるかもしれない。
ピィィィィ――。
アラームが鳴り、一斉にカードをめくった。幸い、隼人の手札には、その一枚目に重ねて出せるカードが揃っている。出だしは順調だった。それに、以前勝負した時に楓は『スピードが苦手』だと言っていた。隼人も特別得意ではなかったが、前回ギリギリだったが勝っている。今回もいわば接待のようなもので、隼人が勝つのだ。見栄えのために手抜きするつもりはないが、楓は手抜きをするだろう。
そう思いながら手札を減らしていく。
「……あ、え……?」
小さな声が隼人の口から漏れた。明らかに以前の楓とは違う。カードが流れるように場に出ていっており、たまたまカードの配置が良かったのかもしれないが、見る限り隼人よりも枚数が減っていた。
そのことに焦って、隼人は出せるカードを出し損ねる。そんなこともお構いなく、楓はどんどんと場にカードを出していった。
「あっ……あ、あ……」
これは接待だと、自分が勝つんだと思っているのに、目の前の光景はそうは言わなかった。
「――っ、と!」
最後の一枚を出し終え、ボタンを押したのは楓だった。
「やった! 勝ちィ‼︎」
「えっ、あ、あ……? う、嘘……だ……?」
「うわー‼︎ たったこれだけの勝負で七億かよ‼︎」
「ヤバいな、まさかスピードで億単位のお金が動くなんて……」
「信じらんねー……」
客が盛り上がる中、隼人は何が起こったのかよくわかっていなかった。隼人の手には、まだカードが残っている。楓が上がるまでに、出しきれなかったカードが。
「かっ、楓……? こ、これって、いい、いったい……」
「いやー、大勝利! 隼人カード何枚残ってんの?」
「え、あ、ああ……」
「ちょっと貸せって。えーっと、一枚、二枚……全部で七枚か! じゃあ、賭けてた七百枚のコインと、七枚分のコイン七百枚。全部で千四百枚だな。いやー、儲け!」
「まっ、待って⁉︎ この勝負、俺が勝つはずじゃ」
「……お前、何言ってんの?」
楓の顔が歪み、声が低くなる。もう、取り繕う必要はないと言わんばかりに。
「勝負は一回きり。どっちが勝っても文句なし。手加減もなし。ちゃんと俺確認したじゃん?」
「それは……言葉のあやってヤツで……‼︎」
「みんなも聞いてたよな?」
囲んでいた客の視線が、一斉に隼人のほうへと向いた。
「あ、いや……その……」
何も言えない。確かにそう言われて隼人は返事をした。違和感を持ったが捨て去った。
「勝負はおしまい。……登録完了……っと」
動けないでいる隼人を無視して、楓は勝敗の登録を行った。
「ね、ねぇ楓……どうして……?」
「さっき言ったよね? 『何でこんなにコインがあるか教えてやる』って」
「……それが……?」
「こういうことだよ。いやー、お前単純で助かったわ。やっぱ、衣玖よりもお前にして良かった」
「……それ、どう言う意味だよ‼︎」
――ピピピピッ――ピピピピッ――ピピピピッ――ピピピピッ――。
「……っ」
聞き覚えのある音に、隼人は一気に冷や汗をかいた。
――この音は、隼人のデバイスから出ていた。前にも聞いた、あの音――。
「いっ、いや、いやだ‼︎ 嫌だ‼︎ 違う! こんなの、こんなの……‼︎」
「――譲原様」
「や、やだっ……! み、三兼さん……‼︎ こ、これは違くて……」
「通知が参りました。この度の負債、七億円と言うことで……」
「違うんだよ! 俺は勝つはずだった! なのに! それなのに……‼︎」
「どうぞ、こちらへ」
「嫌だ! あそこへは行かない! 戻ってきたのに、戻ってきたのに‼︎」
「おとなしくきていただけないのであれば、実力行使するまでです」




