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出口のない部屋  作者: 三嶋トウカ


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第36話:もう戻せない_1

 隼人は考えた。まるでVIPフロアと同じようなコインの額に『これならば自分の得意なゲームに勝ち続ければいい』と。


「一つね、注意事項があるの」

「何?」

「動く額が大きいでしょう? だから、その価値でゲームができるのは一人一回だけ」

「え? たった一回?」

「そうよ? だからみんな慎重になるの。でもね、一度に賭けられる枚数の上限は千枚。ルールとしては、五百枚持っていたらその日はそのコインに五億の価値はあるけれど、翌日にはまた五百万に戻ってしまうの。使わなかったらね。使えばいいの。使って戻ってきたコインは減ったりしないわ。デバイスの画面も、桁の表示が違うから気を付けて?」

「大量に賭けて大量にもらう……ってことなのかな……」

「そうね。この日はみんな、高額のゲームでも参加し易いの。……ただ、注意してね?」

「賭け過ぎに?」

「えぇ。五百枚賭けて千枚負けたら、どうなると思う?」

「えっと、五百枚は無くなるでしょ? ゼロになって、そこに千枚だから……十億の負け?」

「五百万の持ち金が、一瞬で十億の借金になることもあるのよ?」

「……肝に銘じておくよ」


 途方もない額に、隼人はグラスに入っていた氷を口に入れて噛んだ。既に二億ものお金を溶かしている隼人は、十億負けた時のことを考えて気持ちが悪くなった。それだけ負けてしまったら、自分に差し出せるものはない。あるとしたら、オリジナルである家族……と浮かんだところでイロハに断って席を後にした。


 この後はもう賭ける気力もなく、ただ、それだけ儲けられる可能性があるなら、と、VIPフロアのカードキーを再度作成してこの日は帰ることにした。残りは金曜日に使おうと手を付けていない。


 飲み会というていで会場へ来ていたことを思い出し、コンビニで一番容量の少ないお酒を買って、飲み干してから隼人は帰宅した。


「……ただいまー……」


 小さな声で言う。静かに鍵を開け、小声で話すのはもう日付も変わってしまったからだった。とっくに子どもたちは寝ているだろうし、リコも寝ているかもしれない。ギシギシと沈む廊下を、できるだけ忍び足で歩きお風呂場へと向かう。飲んですぐお風呂に入るのは良くないと思ったが、どっと疲れたような気がして早く眠りたかったため無視してお風呂を済ませた。

 家に入ったとき、明かりはついていなかった。やはり、家族は先に眠ってしまったようだ。今までこんなに飲み会で遅くなることはなかった。二次会以降に参加することもないし、比較的早い時間から開始される飲み会にしか参加しなかった。深夜に返ってくるなど、きっとリコが起きていたら怒られていただろう。遅くなったことを申し訳ないと思いながら、リコが起きていなかったことにホッとしつつ、お風呂を出ると寝るまでの準備を済ませて隼人は寝室へ向かった。


 やはり、ベッドにはリコがいた。寝息を立てている。起こさないようにそっと布団に入ると、隼人は昂った気持ちを落ち着かせるように深呼吸をしながら目を閉じた。


「……っ、頭、痛っ……」


 隼人は頭痛にうなされながら目を覚ました。二日酔いになるほど量は飲んでいない。疲れから来たのだろうかと横を見ると、リコはもういなかった。スマホで時間を見てみるととっくに昼の十二時を過ぎており、寝すぎて頭が痛いのかと納得しながら起き上がる。


「……リコー、リコ?」


 お腹が空いていることに気が付き、お昼ご飯を食べようとリコを探すと、リコが電気もつけずにリビングのソファに座っていることに気が付いた。が、リコはいるのに結人と桐人はいない。


「おはよ。あ、れ? 子どもたちは?」

「……お母さんにお願いしてる」

「そっか。今日実家行く予定だったっけ? お腹空いた、ご飯食べよ?」

「……その前にちょっといい?」

「ん? 何?」


 大きな溜息を吐いて、リコは隼人を見た。


「お酒、飲んできたの?」

「あ? あぁ。昨日?」

「そう。随分と帰りが遅かったみたいだけど?」

「いや、ちょっと上司が帰してくれなくてさ……。あ、悪いけど、来週の金曜も飲み会入ったから。よろしく」

「ねぇ、それなんだけど」

「何? 来週は早く帰れるように努力するよ」

「そうじゃなくて……。行かないって選択肢はないの?」

「え?」


 ――行かない選択肢などない。なぜならば、行くのは飲み会ではなくあの会場だからだ。来週の金曜日は、イロハの言う通りなら絶対に外せないイベントがある。参加しない理由はない。負け込んで貯金も無くなり、色んなものを売ってしまった隼人にとっては、またとないチャンスだった。


「え? じゃないよ……」

「あんまり飲み会行ってなかったんだからさ。たまにはいいだろ?」

「……一回だと思って目をつぶってたけど、そもそも臨月入ったら、いつ生まれてもおかしくないから飲み会はいかないって約束したよね?」

「……あ」


 隼人は思い出していた。そういえば、結人の時も桐人の時も、臨月に入ったら飲み会へ行かなかった。なんなら、その前からずっと行っていなかった気がする。万が一のことが起きたときに駆け付けられないのは困るからだ。よくそんな話をした。思い出した、ようやく。ずっと忘れていたのだ。


「しかも、お酒飲んでたら病院に入れなくなるし、車も出せないからお酒は飲み会に行っても飲まないでって話もしてるよね?」

「……」


 昨日、ウッカリ飲んでしまった。そんな話も飲み会と同じくすっかり忘れていて『飲み会に行っていないとバレたら困る』と思ったから、お酒を一杯飲んだことにしたのだ。それは、余計な行動だった。


「昨日私がもし破水してたら、一体どうするつもりだったの?」

「そんな……実際は起こらなかったから良いだろ?」

「そういう問題じゃないの! 結果論じゃん。いつ生まれるかなんて、私にはわからないんだから!」

「……来週は飲まないから」

「だから! 飲み会に行ってる間に何かあったらどうするの? 夜は結人も桐人もいるし、私は運転できないし……。荷物持って移動って、とてもじゃないけど」

「世の中にはやってる人もいるわけだし、リコだけできないなんてことはないだろ?」

「……それ、本気で言ってるの?」

「嫌なら実家にお願いすれば良いじゃん。なんのために近くに住んでるんだよ」

「隼人がいるのに?」

「だから、俺がいる時は俺がやるけど、来週の金曜日くらい好きにさせろよ! たった数時間だろ? だいたい、俺だって育休取るんだからそしたらゆっくりできないんだし、最後くらい行かせろって」

「……呆れた。そもそも、本当に飲み会なわけ?」

「……どういう意味だよ」

「これ、どういうこと?」


 リコは一枚の紙を取り出して隼人に見せた。


「ねぇ、隼人どうしてフルボディになったの? 事故に遭ってないし、大きな病気にもなってないよね?」


 彼女の持つ紙は戸籍謄本だった。隼人の修正欄には【オリジナル】から【フルボディ】になった履歴が印字されていた。


「なっ……んだよそれ!」

「私が聞いてるの! 何よこれ!」


 女性が妊娠して出産する際に、病院へお腹の子どもの両親がオリジナルなのかクローン体なのか書類に書いて出す必要がある。どこの病院でも行われており、クローン体の場合はセミボディであれば身体のどの部位がそれにあたるか書く必要があった。医療ミスや避けられるトラブルをなくすためのものであり、今お腹にいる子どもを妊娠した時も、その書類は提出していた。そしてそれは写しを返却してもらうことになっていたが、リコが取り出したもう一枚の紙、そこには間違いなく【オリジナル】の文字が書かれていた。


「この日、隼人は仕事だったよね? なのに何でフルボディになったって記録が書かれてるの? 仕事に行ってないの? 一体何してたの!?」

「ま、まぁ落ち着けよ……」

「落ち着けるわけないじゃない! 仕事だって嘘ついて、今までの残業も全部嘘だったんじゃないの!? 家に入れていたお金はなに? プレゼントしてくれた物はどうやって買ったの? ……ねぇ、何か言ってよ……」


 リコは泣いていた。涙を浮かべるその目は、得体の知れないモノを見るような目だった。


「それは……」


 思わず口ごもる。とてもじゃないが、今までに至ることを話せるわけがない。……ただギャンブルにのめり込んだだけだったら百歩譲って話を聞いてもらえたかもしれないが、家族に嘘を吐いて会場へ通い詰めた挙句、多額の借金を背負ってその借金を返すためにフルボディになったのだ。そんなこと、言えるわけがなかった。


「……本当に、仕事してるの? 残業してるの?」

「そ、それは……本当、だけど」


 歯切れ悪く言う。視線を外し、隼人はどうにか誤魔化せないか必死で考えを巡らせた。


「あぁぁ、もう無理! 嘘吐き! 嘘吐き!!」

「なっ、何だよ急に……」

「知ってるの! 残業なんかしてなかったってこと!」

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