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出口のない部屋  作者: 三嶋トウカ


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第35話:失うということ_8


 「勿論信じてないよ! でも、フルボディになってそれが身体を売るためなら、そうまでしてお金が欲しいことってなに? ってならない?しかもその後羽振りがよくなったって思ったら、得体の知れない死に方するんだよ?」

「……それでも、衣玖たち親戚も、恩恵があったんだろ?」

「それは……」

「金払ってもらっときながら、亡くなったら急に憶測で悪口いい始めるとか、きっついと思うけどな、俺は」

「そんなつもりじゃ……」

「甘い汁吸えなくなったら掌反すみたいで胸糞悪ぃ」

「ご、誤解だよそんなの!」

「って、死んだら言い返すことも否定することもできないもんな。……まぁ、なんというか……。言いたい気持ちもわかるけど、奥さんもそんな話聞きたくないだろうし、マジで不慮の事故とかだったら失礼だからそのくらいにしておいたら?」

「でも! せめて奥さんには……」

「知ってたかもしんないだろそんなの。奥さんが黙ってたらわかんないし」

「……隼人、やっぱり何かあった?」

「別にないって」

「まさか隼人も、そういうギャンブルしてるの……?」

「なんでそうなるんだよ」

「してないって……言わないんだ?」

「何言ったって、その調子じゃ全部疑うんだろ?」

「もししてるなら、全部やめなよ! 僕、友達がもしそんなことになったら……」

「話飛躍させるなよ」

「だって! それか、せめて奥さんには……!」

「お待たせー!! 何かしらないけど、めっちゃレジ混んでて遅くなった! ……あれ? どうかした?」

「いや、別に」

「ごめん、なんでもないよ」

「そうか?」


 ご飯を買って帰ってきた楓に、隼人は救われた気がした。あのまま衣玖と話をしていたら、感情に任せて酷いことを言っていたかもしれないからだ。その衣玖の親戚が自分やシナガワ、あの会場にいる人間たちと同じことをしていたのなら、その顔半分しか遺体確認に使われなかった理由はなんとなくわかる。棺が明けられず、顔を見てお別れができなかった理由も。――そしてそれが、最悪も最悪中の、自分の末路である可能性もあることも、だ。


「……あ、俺、次の会議の資料作るの忘れてたわ。ゴメン、先戻る」

「あ? あぁ」

「……」


 心配そうに見る衣玖を無視して、隼人は席を立った。


「どうした?」

「あ、ううん……ちょっと、その……」


 衣玖と楓のやり取りを背に、隼人はその場を離れた。このあと行くが楓になにを話すつもりなのかはわからないが、楓は自分の味方だと隼人は思いながらこぶしを握り締めていた。


 半分喧嘩のようなことを起こしてから、隼人は衣玖と楓と一緒にお昼ご飯を食べなくなっていた。謝るタイミングを逃し、気まずいまま話をする機会もなく、連絡を入れることも躊躇われてここまで来てしまった。その間、なんとなく隼人は会場へ行くことを顔出しのみの最低限に留めていたが、リコが妊娠十か月に差し掛かった時『赤ちゃんが産まれてしまってはもうしばらくあの場所へはいけないのか』と考えたら急に不安になり、飲み会があると嘘を吐いて仕事終わりに会場へ向かっていた。本来なら、もういつ産まれてもおかしくない時期である。金曜日なら、次の日も休みだからきっと許してくれる。ちょっとだけプレイしたら、もう帰れば良い。地下に、長居さえしなければ。そんな呑気なことを考えながら。


 ――今までの隼人ならば絶対にしなかったその行動に、リコが不信感を持ったことに隼人は気が付いていなかった。


「――お久しぶりでございます、譲原様」

「三兼さん……こんばんは」

「お元気そうでなによりでございます。……少々、疲れたお顔をされているのが気になりますが……」

「そう、かな?」

「お身体のほうは、あれから如何でしょうか?」

「調子はいいと思います。こう、不具合みたいなものもないし。……不思議な感じですね。何も変わっていないみたいで」

「左様でございますか。違和感がないのは喜ばしいことでございます。さて、下まで降りていらっしゃったということは、本日は遊んで行かれますか?」

「そうですね、少しだけ」

「かしこまりました。どうぞ、デバイスのご確認を」


 三兼と共に受付まで足を運び、隼人はデバイスを受け取った。少しだけひんやりとした感覚が、隼人の腕を久し振りに包む。画面に表示されたコイン数を見て、隼人は安心感から微笑んでいた。


 今の隼人には、デジポットで返された五千枚のコインがあった。まだ一枚も使っていない。これがあればそのまままたVIPフロアへ戻ることもできるが、戻ったところで賭けるコインはないのが現実だ。コインの枚数がいかに大事かよくよく身に染みてわかっていた隼人は、このフロアで以前と同じようにコインを稼ぐことにした。

 このフロアで稼ぐことには慣れたもので、得意になったスロットを中心に遊ぶ。何人か見知った顔はいたため声をかけながら、まだVIPフロアを知らなかったころのようにゲームを楽しんだ。


「んんん……やっぱり、全然増えないな……」


 あまり思い切った枚数で賭けている人たちは今日いない。それこそ、以前のシナガワのように、高額ベットの相手を縋るように探している人がいたら、思わず飛びついてしまいそうなくらいコインを欲していた。今日は運が良かったのか、既に五百枚を超える枚数のコインを入手している。お遊びで気持ち多めの賭けをしているグループが何組かおり、便乗して独り勝ちしていった結果だった。まだまだ心もとないが、これを元手にまたあのフロアで遊べないこともない。


「……でも、ちょっと休憩しようかな」


 隼人は休憩のために女の子たちがいる席へ行くと、イロハを指名してドリンクとおつまみを頼んだ。


「お久しぶりね」

「うん。……まぁ、ちょっと色々あって」

「そうなのね? 深くは聞かないわ」

「ありがとう」

「今日は、お友達は一緒じゃないのね?」

「あれ、アイツも一緒のほうがよかった?」

「そういう意味じゃないわ。……あら、なんだか少し、雰囲気が変わったかしら?」

「そう思う?」

「えぇ。違った?」


 イロハは何もかも見透かしたような顔をしていた。


「そうだ。実は、その、友人から少し怖い話を聞いて。あ、楓じゃないよ? 別の友人なんだけど……」

「どうかしたの?」

「その友人の親戚が亡くなったらしいんだけど、葬儀がちょっと、普通じゃあなかったみたいで。借金のカタに自分を売り飛ばして、それで豪遊してたんだけど、結局そのあと死んじゃったって言うんだよね。お別れもちゃんとできなかったとか。あんまりにも突然稼いでるように見えたから、周りからはギャンブルのせいじゃないかって言われてたみたいで。……残されたご家族、どうしてるのかなって思ったら、ずっと心に引っかかってるって言うか。他人だけどね」

「……正直に言っても良いのかしら?」

「勿論」

「もしその人が、こういった会場に入り浸っていたのなら『そうなってもおかしくないわよね』って、思ってしまうわ。……想像がついちゃうから。隼人さんも、そうなんでしょう?」

「そうなんだ。それでちょっと、友人と言い合いになっちゃって。俺が悪いのはわかってるんだけど、きっと家族のためにってお金稼いでたと思ったら、他人事に思えなくてさ。聞いた感じちゃんと家族にお金使ってたみたいだし、なんならソイツ……他の親戚も恩恵に与かってたみたいだし。それなのに悪口言ってるみたいに聞こえて、嫌だなって」

「仲直りしたの?」

「……まだ。今までは一緒にお昼ご飯食べてたんだけど、気まずくてもうそのままにしてる」

「ずっと気まずいままにならない?」

「なりそう、ではあるけど……」

「タイミングがないのね。大人になると、子どもみたいに素直にはなれない時もあるわ。でも、後悔しないでね?」

「……うん」

「怖いのよね? 自分が責められているみたいで。そのお友達は、アナタがここに来ていることを知らない。先手を打たれてしまったから、話すこともできない。……そしてその親戚に、隼人さんは近づいている。……そんなところかしら?」

「……そうだよ」

「ここから巻き返せばいいのよ? ……なんて」


 バツの悪そうに俯く隼人の頭をイロハが撫でる。


「稼げるだけ稼いで、もうここへは来ない。そうしたら、ちょっと宝くじに当たったなんて言い訳すれば済むもの」

「そんなに都合よくは……」

「イイコト教えてあげる。……他の人には内緒よ? 絶対に」


 イロハは隼人の耳元で囁いた。


「来週、年に一度のイベントがあるの。……その時に沢山賭けると良いわ」

「何のイベント……?」

「一枚賭けた時に動く枚数が、一気に百倍になるのよ。だから、コイン一枚約百万円の価値。前日までのコインを使うから、その日一日はお金やモノをコインへ換えることはできないわ。コインが五百枚あれば、その価値は五億。……素敵じゃない?」

「……それ、いつ?」

「来週の金曜日よ」

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