第28話:失うということ_1
それからというもの、隼人は今まで以上に会場へ足を運ぶ回数が増えた。ゲームを見たい。そしてお金を手に入れたい。なんとなく、楓と一緒に行くと純粋に楽しめない気がして、一人で行くことも多くなっていた。たまに会場で楓と会うこともあったが、そんな時は当たり障りなく会話をし、誘われれば一緒にゲームへと投じた。これは隼人の意地と妬みからの行動で、楓の知らないところでこれだけ勝てたと、沢山のゲームを見て場数を踏んだと、自分に言い聞かせたかったからだった。楓には感謝していたし、一時的とはいえ『どうして自分をこんなところへ連れてきたのだろう』と、疑問に思うこともあったが、素直に楓の言ったことを飲み込むことにした。今の隼人の楓への態度はそれとこれとは話は別で、自尊心を保つためには必要な行為だった。負けたくなかった。
残念だったのは、隼人がこの違法賭博の中で友と呼べるのが楓のみであるという事実だった。楓以外に話す相手のいなかった隼人は、その場にしかない孤独を埋めるために数多くのゲームへコインを賭けていった。その結果、沼から抜け出せなくなりあっという間に借金が増えていった。今、隼人のデバイスに表示されるコインは緑色の【17000COIN】である。マイナス約一億七千万円。
なぜ、あれだけ借金を気にしていた男がこれだけのマイナスを作ったのだろうか。その答えは至極簡単で、一人でVIPフロアへ入り浸っていたこと。賭けるコインの枚数自体は少ないため、金銭感覚がおかしくなっていたこと。勝った経験が賭けをやめられなくしていたこと。『絶対に次は勝てる』という謎の自信が心を支配していたこと。誰も止める人も相談する人も心配してくれる人もいなかったこと。賭けをやめたいと思ったころにはもう、賭け以外での借金返済が不可能になっていたこと。それそれの要因が重なって、大量のコインを賭けては負け賭けては負けを繰り返し、気が付いた時には後の祭りと、後戻りできなくなった今に至る。
だが、それでも。そんなことは誰にも相談できなかったし、賭けをやめるという選択肢を選ぶこともできなかった。
「……と……隼人? 聞いてる?」
「あ、え、あぁ、ゴメン。なんだった?」
「最近ちょっと話聞いてない回数増えてない? 大丈夫? 何かあった?」
「あーいや、何も」
「本当に?」
「本当だって」
「……」
この日、結人と桐人が熱を出し、病院へ連れていくために隼人は会社を休んでいた。流石に二人の面倒をリコに任せられないと思ったからだ。大事な身体になにかあったら困る。結果ふたりの病名はただの風邪で、幸いにも軽いものだった。念のため隼人が食事を準備して食べさせたり、必要なら絵本を読んでやることにして、リコも休める環境を作ることにした。リコは午後からでも仕事へ行って良いと隼人に伝えたが、隼人はそれを拒否した。……楓に会いたくないと思っていたからだ。あの会場以外で。隼人はまだ楓に負けが続いて多額の借金を負ったことを伝えていない。……伝えられなかった。これだけ負けて借金を作ってしまった言い訳を、なにも思いついていなかったからだ。合わせる顔がない。
「……最近、仕事、どう?」
「仕事? ……別に、普通だよ」
「そう……。あ、赤ちゃんのために、沢山必要なもの揃えてくれてありがとね。隼人言った通り色々調べてくれてて本当に助かったし、残業した分家にお金入れてくれたから、私が休んでる間も安心できそう」
「……必要なことだったから」
「何より、一緒に育休取ってくれて嬉しいよ。……本当は、少しだけ金銭的な部分は心配だったんだ。でも、隼人のおかげで安心だね!」
リコは言葉を選んで話をしているようだった。明るく振る舞っていたが、隼人の表立っては微妙な変化にリコは内心不安に思っていたからだ。
「あー……そうだ。ちょっと新しいプロジェクトのヘルプ頼まれてるから、あと一か月くらいは忙しいかも。それが落ち着いたら……多分、もう大丈夫」
「そうなの? ……無理、しないでね?」
「わかってる。……リコ、ありがとう」
「こちらこそ」
何も知らないリコは、笑って隼人の話を聞いている。その姿を見て、隼人は泣きそうになりながら俯いた。
「どうかした?」
「いや。……もうすぐ産まれてくるのか、って思ったら、こう」
「よろしくね? パパ!」
自分の不安を振り払うかのように、リコは隼人のへ中を叩いた。
「痛っ!」
「あはは!」
楽しそうに笑っている楓の姿を見て、隼人はできるだけ借金を返すべく奔走した。……といっても、やはりできることに限りはある。まずは自分がコインと交換した時計や服、リコへまだ渡していなかったアクセサリーやブランド品を会場へ運んだ。借金の額からしたら二束三文にしかならなかったが、何かしなければという思いで動いた。ほんの少しでも返せば、自分の人生がゲームオーバーになるまでの時間を少しは稼げる。運が良ければ、這い上がれるかもしれない。
次に、隠し持っていたへそくりを少しだけ子どもたちの口座へ移し、残りをコインへ交換した。夫婦共同の貯金から、自分が入れていた分も拝借した。隼人はしっかりと貯金していたが、一万七千枚のコインの前ではとてもじゃないが完済には届かない。たとえ完済に近づこうとも、隼人は子どものモノへは手を出したくなかったし、リコのモノへも手を出したくはなかった。自分があげた物を、喜ぶ顔が見たくて渡したものを『借金を返すために返してほしい』だなんてとても言えなかった。
家のローンは完済しているし、車も現金一括で購入している。これを抵当に入れれば他のものと比べて圧倒的に借金の額は減るだろう。だがこれをなくすわけにはいかない。帰る場所も、せっかく子どものために変えた移動手段も失いたくない。せめてこのふたつは、家族のために残したかった。
「おっ! 久し振り隼人!」
「あ、あぁ……」
「お前も下の階へ行くんだろ? 一緒に行こうぜ!」
ある水曜日、二週間ぶりの会場。怖くて来ることができなかった。借金の額は目立って減っていない。もし、デバイスを見られてしまったら、楓にコインがマイナスになっていることがバレてしまう。今まで何度か会場で会ってもできるだけ関わらないことで誤魔化してきたが、今、久し振りに会ったことでVIPフロアへ誘われてしまった。今まで積極的にVIPフロアへ行っていた手前、断ることはできない。
渋々隼人は楓のあとをついて行った。まだ入れる。ということは、入る権利を剥奪されるほどの借金には至っていない。一億七千万まで行ったのに大したことではないというのだろうか。
「まぁ、取り敢えずウーロン茶だろ? 今日のゲームは……あれ、一件だけか。珍しいな」
「そう?」
「あぁ。だって毎回何件もあっただろ? お前が来た時はどう?」
「あー、一件だけのときもあったような……」
「最近減ってきてんのかな? 俺ここのところ、新しいプロジェクトで忙しかったからさ。点々としか来られなかったんだよね。」
「忙しそうだよな、お疲れ」
「あんがと。で? 最近どうだ?」
「あ、あぁ……まぁ……」
「歯切れ悪ぃな? もしかして、負けてる?」
「……ちょっとね」
「じゃあ今回のゲームはバッチリだぞ? なんたって、賭ける対象が二人しかいないからな」
「そうかな……結局負けたら一緒なんじゃ……」
「確率二分の一だぞ? ま、負けたら俺がまたコイン渡すからさ。安心しろよ。……って、やべっ! これ締め切り早いじゃん! 急いで賭けろよ! あー、なんか俺毎回こんなんだな……」
「楓……」
「ホラホラ! いくらかわかんないけど、取り敢えず行っとけよ!」
楓の優しさが身に沁みる。それでも隼人は、悩みに悩んだ末自分の負けを今回で取り戻すべく、スペシャルコインを五十枚賭けた。周りのモノを細々と引き払って、借金は千五百万まで減らすことはできた。人気や実力が均衡しているのか、ふたりのオッズに大差はなかった。ただ、片方は【2.9】でもう片方は【3.1】だったため、隼人は勝てば借金がチャラになるほうへ賭けることにしたのだ。多大なる期待を込めて。
負けたら五千万失うことになり、二億の大台へ乗る。文字通り、一か八かの大勝負だった。
「隼人どっちに賭けた?」
「こっち」
「あ、俺こっちだわ。割れたな―」
「……既に怖いよ、勝つか負けるかわからなくて」
「そんなのここではいつものことじゃん」
隼人は楓の呑気な言い草に若干苛立ちながら、届いたウーロン茶を一気に飲み干してゲームが始まるのを待った。




