第29話:失うということ_2
――賭けるまでの時間のほうが、ゲームが始まってからの時間よりも長かったかもしれない。そう思うくらいに、この勝負は呆気なかった。
「……おいおい、こんなにすぐ終わるのか?」
「あ、あぁ……」
「はぁ、もうちょっと楽しめるかと思ったのに。なぁ、隼人。……隼人?」
「どどど、どうしよう……どうしよう楓……」
「ん?」
「やばい、やばいやばいやばい……」
「なんだよ」
「お、俺……ま、負けちゃった……」
「あぁ、俺の賭けたヤツが勝ったもんな。でも、まだ次が……」
「ない! ないよ‼︎」
「えぇ? 取り敢えずどんだけ負けたんだよ。負け分を無しにして、せめてフラットにしたら……」
――ピピピピッ――ピピピピッ――ピピピピッ――ピピピピッ――。
「な、何この音……」
「この音聞いたことあるぞ? ホラ、あのシナガワのオッサンとお前が勝負して、あの人が負けた時にデバイスから聞こえた……」
「い、いや……! こ、これはきっと、誰かのスマホで……」
「みんな入口で預けてるからそれはないだろ……」
「じゃ、じゃあ時計のアラームだ!」
「お前のデバイスから鳴ってるよ……」
「――失礼いたします、譲原様」
「……っあ……三兼、さん……?」
「え、三兼さんどうしたの?」
「譲原様のデバイスより、通信が入りました。今回のゲームで、譲原様の負債が二億を超えた、と――」
「そ、それは……」
「あー、今から俺と隼人で勝負して、そしたら」
「二億を超えた時点で、一時的に身柄を拘束させていただきます」
「え⁉︎」
「そしてその後、その負債をどうするか、お話をさせていただくことになりますので。譲原様へご用のある場合は、またのちほどとなります。必要でしたら、阿形様はお待ちくださいませ。……譲原様のご対応の如何によっては、かなりのお時間お待ちいただくことになるかもしれません。それでもよろしければ……ではございますが」
「え、あ、俺行けないの? ダメ?」
「阿形様は入れません。当事者の譲原様のみとなります」
「ダメか……」
「では、参りましょう」
「楓!」
「お、俺待ってるから‼︎」
普段の三兼より、ずっと纏う空気が冷たかった。一人で来たわけではなく、ぞろっと屈強な男たちを連れている。断ることも逃げ出すこともできずに、隼人は言われたまま三兼についていった。不安そうな楓を見て、隼人はそれ以上の不安を感じたが、まずは行ってみないことにはどうなるかはわからない。
ただ、言われなくとも、行き先はわかっていた。あのカンキンジョだ。シナガワもいた、あの――
「……それでは譲原様。そちらへおかけください」
「……はい」
大人しく椅子に座る。
「先ほども申しました通り、負債額が二億を超えました。この額は、直ちにお返しいただく所存でございます」
「……なぜ、もっと早くアラートが鳴らないんですか? そうしたら、こんなになるまで」
「沢山の方に遊んでいただきたい。満足してご帰宅していただきたい。そんな思いからでございます。額が少なければ興醒めだと、多数のお客様からお話をいただきました。その結果でございます。――それに、皆様ご自分の返済可能な範囲で遊ばれますゆえ。……たまには少々、異なるかたもいらっしゃいますが」
「耳が痛いです……」
隼人はまるで親に怒られたような気分になった。負けを一気に返そうと、身に合わない賭けに出たのがまずかった。それに、元々VIPフロア自体向いていなかったのかもしれない。上のフロアならば、楽しく健全に、お小遣いを稼ぎながら遊べていたのに。
「あ、あの、俺もう返済できるものがなくて……家は無くすわけにはいかないし、家族もいるし……」
「皆様、こちらにいらっしゃる方は、高額の支払いをご希望されます。たとえ、負けていなくても、です」
「お、俺の場合は……二億……」
「左様でございます。こちらでも調べさせていただきました。今譲原様が二億の返済を行うには……マンション、車、他にアクセサリーや宝石類にブランド品をいただいたとしても、到底足りないでしょう」
「じ、じゃあ、どうやって」
「既にご存知かと思いますが、こちらからご提案できるのは譲原様、アナタ自身の売却でございます」
「……っ……お、俺……?」
「譲原様は、オリジナルでございます。オリジナルならば、脳以外……フルボディになっていただくことで返済が可能です。クローン体は、こちらでご用意いたします」
「……俺の身体はどうなるの……?」
「研究へ活用させていただきます。譲原様のクローン体を作成したあと、クローン体を作ったオリジナルの身体の変化や、使える臓器の移植、調査。遺伝子検査や、血液の流用と……」
「あああいいです! もう良いです‼︎」
「おわかりいただけましたか?」
「だいたいは……」
「それでは、こちらからご提案できるのは他にそうですね……ご」
「わかりました! ……ないんですよね? 他に道は……」
「ちなみに、一般的な消費者金融に借りる、という手がないことも……というところですが、これだけの額を借りるのは非現実的ではあるかと」
「うぅ……」
「阿形様がフルボディなのはご存知ですね?」
「えぇ。でも! アイツは事故が原因だし、俺は借金のカタなわけだし……」
「正直に理由を申告する必要はございませんよ? ……フルボディとなっても、なんらオリジナルとは変わりません。ただ少し、メンテナンスが必要なのと、身体にバーコードが刻まれるだけでございます」
「……簡単すぎて怖いんだよ、逆に、さ」
「そうですね、命がかかっていると思えば……二億では安いかもしれません。手術を行います、当然全身麻酔で。必要とあらば、手術の手順から全てお話しさせていただきます」
「そ、それは怖いのでいい、かな……」
「承知いたしました」
「……あ、オリジナルじゃなくなったら、みんなに知られちゃうのかなぁ……?」
「バーコードを見られればすぐにわかってしまうでしょう。それから、専門の病院へ通うことにはなりますので、IDカードへの登録が必要となります。戸籍上変更することにもなりますが、隠したいかたもいらっしゃいますので、表示しないことは可能です。ただし、わかるようになっております。よく調べればですが」
「……子供が結婚する時に、必要になるのかなって」
「一昔前でしたら、反対も起きたかもしれませんね。今でしたら……譲原様のお子さまが結婚するころには、今より理解は深まっているかと。それに、結婚するのはお子様ですから。親は関係ございません」
「そう……そうだよね……」
隼人の不安は、子どものことだった。子どもは三人と決めていたから、今リコのお腹にいる女の子で最後だ。だから、自分がフルボディになることは構わない。誇れるものや得意なことがない隼人にとって、オリジナルであることは一種のステータスだったが、これだけの借金の前ではちっぽけなものであり、不必要なものでもあった。確かに、オリジナルは珍しくなりつつある。そして、医療としてのクローン技術はみんながお世話になっており、一度でもほんの少しでもクローン体を取り込めば、一生戻ることのできないオリジナルはマイノリティになりかけていた。一昔前はマジョリティだったものが、むしろそれしかなかったものが、今は反対になくなりつつあったのだ。それを手放すのは、一部の人間の中では自己否定にも等しい。
「今回のように負債に充てられる場合は、ご家族の方でも調べることはございます。奥様がお調べにならなければ、特に問題はないかと。……調べる予定がおありで?」
「い、いや。そんなのない……と思います……」
「……いかがいたしましょうか、譲原様」
「――お願い、します」
隼人は三兼に頭を下げた。ここでどれだけゴネても、最終結果は変わらない。嫌だと言ったってここから出るすべはないし、借金はなくならない。誰も助けてはくれないし、助けを呼ぶこともできない。せめて自分に価値があることを受け入れて、その価値があるうちに手放すことが正しい道だと信じて肯定の返事をするしか道はなかった。
「かしこまりました。すぐに準備に取り掛かります。……そうですね、覚悟がよろしければ、明日にでも」
「そんなにすぐに……⁉︎」
「時間をおけばおくほど、決心は鈍るものでございます」
「……そうですよね」
「今はもう、大掛かりな手術ではありますが、早く済むよう技術も発達しております。拘束時間はさほど多くはございませんので、ご安心ください。縫合に問題がなければ、すぐご帰宅していただくことも可能です」
「の、脳は残るんですよね?」
「もちろんでございます」
「……よろしく、お願いします。……あ、後! 明日なら仕事休むんで。その、午前とかが、良いです」
「承知しました。では、確認を取りますのでしばしお待ちください」
三兼は隼人の決意が揺るがぬうちに、どこかへ連絡を入れると、簡単な会話をしてすぐに電話を切った。
「――お待たせいたしました、譲原様」




