第27話:沼へはまる_8
隼人たちがいる部屋の中では、拍手が沸き起こっていた。ゲーム自体造りがチープであることは否めない。それに、最初以外途中はほぼ動きもなく、最後にようやく動きがあったのだ。盛り上がりに欠けると言われてしまっても仕方がないだろう。だが、たとえそうでもその最後の追い込みと、一番最初に動いた女性の活躍は大きかった。『お疲れ様』という労いの言葉の代わりなのかもしれない。
その中で、拍手はせずただ茫然とモニターを見ていたのが隼人だった。途中まで『絶対に勝てる』と思っていたのに、結果を覆されてしまった。そして、たかだか数時間のゲームで、最低一千万の価値があるコインを失ってしまったのである。
「え、負けたの……? 俺……?」
「うわー、シナガワが動いた時、絶対いける!! って思ったのになー! あーあ、残念。でも、あの人頑張ったよな、死んじゃったけど」
「う、嘘……」
「隼人が賭けてた人も、惜しかったよなマジで。逃げ切るんじゃないかって思ったし。全然ノーマークだった……ってか、あんなのアリかよ!」
「ま、負けるなんて……コイン、コイン……」
「誰の身体の一部でも良いんだったら、最初っから全員ぶち殺したヤツが優勝だったんだな。……あんだけビビってたら、誰もそんな行動出ないだろうとは思うけど」
「クソ……クソッ……!!」
「……おーい? 隼人?」
「なぁ!! 一千万だよ! 一千万!! 負けた! 負けちゃったんだ!!」
「お、おぉ。大丈夫……ではなさそうだな……。けど、心配すんなよ。あと三十枚はこっちで賭けられるだろ?」
「でも……でも」
「実を言うとさ、ここのオッズって全然意味をなさないんだよな。みんな好き勝手入れるから。いや、まぁそういうもんなのかもしれないけど、前評判とか実力知って入れるだろ? 後はゲームの内容とか。だから、自分が『この人が良い』って思ったヤツに賭けないと損だぞ? あ、あと、前々から思ってたんだけど、オッズの中間……今回の残った二人だよな。このポジションって、何気に章率高い気がする。俺は中間層と好きなヤツと半々で入れてるけど、結構勝率良いぞ」
「お前も負けたじゃん」
「今回はそりゃ思った勝負……あー、勝ち方と違ったからしょうがないんだよ! たかだか十枚だろ? すぐに巻き返せ」
「楓は独り身でお金持ってるからそんな簡単に言えるんだよ! 俺は……俺は結婚して子どももいるし、デカいローンだってあるんだ! これから先、どれだけお金がかかるか……。そっ、それなのに、それなのに一度で十枚も……!」
「残ってるコインでローン返せばいいじゃん。そしたら当面の借金はなしだろ? んでまた稼げばいい」
「返したらここへ来られない! 稼ぐ手段がなくなる!」
「あー、そのための俺だろ?」
「なんでだよ!」
「言ったじゃん、俺は一緒に遊ぶ相手がほしいんだって。それなのに折角このフロアまで来た隼人がいなくなるのは困るんだよ。俺のコインやるから」
「な、なんで、そこまでして……」
「友達だろ? まずは隼人はローンを返す。んで俺とひと勝負する。それでコイン渡してVIPフロアに返り咲き~。借金にはなってないから、ここへ入る権利は当然あるしな。この部屋もお前一人で入れるんだから、一人で来ても良いんだぞ? ……まぁ、誘ってくれたら喜んでくるけど」
「楓……あぁ、ゴメン。感情的になって」
「いや、構わねぇよ。お金は大事だからな? そりゃそうもなるって。ホラ、今日は帰るか?」
「あ、あぁ。そうする……。ローンの繰り上げ返済とか、調べないといけないし」
「わかった。そういうのは早いほうが良いもんな」
隼人は楓を置いて帰宅した。楓に迷惑はかけたくないと思っていたが、自分をここへ誘った責任として、自分が借金を持たないようにしてくれているのでは? と考えるようにもなっていた。知らなくても良かった世界を知ってしまった。その代わり、今まで買えなかったモノを買って時間がかかると覚悟して組んだローンはなくなろうとしている。ここで交換したアクセサリーやブランド品は、売って換金すればそれなりの金額になるはずだし、VIPフロアから出ることになっても上の階で稼げばいい。楓は隼人をこの世界へ誘ったが、今この世界にいるのは隼人の意志だ。……楓は大金を持っている。だからそれがなくならなければ、頼ってもいいのではないだろうか。それに、楓は自分を助ける義務がある。などと歪んだ考えが自然に浮かぶほど、隼人は心を蝕まれていた。
元来、そんな考えを持つ男ではない。真面目で趣味は人並みに嗜み、人間関係に悩みながら努力をして今の人生を手に入れた。平凡かもしれないが、誰がなんと言ったって、隼人は幸せだった。――だが、その幸せが当たり前だと慣れてしまうのは誰にでもあり得ることで、隼人もそのひとりだった。その中で芽生えた意識は強い自我を持ち、ときには望まない方向へと自ら進んでいく。隼人は、真面目ではあったが強くはなかった。
次に隼人が楓に会った時、残っていたローンは完済した状態だった。生まれてくる赤ん坊を迎える準備も余分かもしれないものまであらかた済ませ、その子のために今乗っている車よりも大きな車へ乗り換えた。もちろん支払いは一括現金で。結人と桐人が寂しくないように沢山のオモチャとゲーム、それに本を買い込み、リコには普段の感謝を込めて今まで以上にプレゼントを買って渡した。
そうして、リコは妊娠七か月になっていた。
「な、なぁ、本当にコイン……」
「構わないって! あっちのフロアで賭けられないと困るもんな? 取り敢えず五千枚で良い?」
「……そんなにいいのか?」
「いいのいいの! あ、この枚数じゃそのまま譲渡できないから、ひと勝負することになるけど良い? 心配すんなよ、俺負けるから。トランプのスピードって知ってる?」
「小学生の時にやったことある。場へ出てるカードの数字が繋がるように、手札を出していくゲームだろ? ……あってる?」
「あってる。その名の通りスピードが大事。……俺が今やろうとしている通り、このゲームは譲歩するイカサマがしやすいんだよね。だから、結構みんなコインのやり取りに使ってるの。でもバレたくはないから、やっても半年に一回くらいにしとけよ、お前も」
「イカサマって、バレたらペナルティだっけ?」
「バレて訴えられたらだな。とにかく、さっさとやっちまお!」
ふたりは慣れた手つきでプレイヤー登録をすると、出てきたカードをきった。
「ま、お前は普通にプレイすればいいよ。俺これメチャクチャ苦手なんだよね」
「そうなの?」
「数字が頭ん中でイマイチ繋がんなくてさぁ。モタモタしてるうちに終わってる」
「焦るよな、結構」
「もうホントダメ。でも、真面目にやれよ? 手抜きって思われたくないから、お前は全力でやっとけ」
「うん」
言われた通り、隼人は全力で相手をした。隼人自身も、あまりこのゲームが得意ではない。結果、全ての札を使い切る速度はそこまで変わることなく、ゲーム自体は何とか隼人の勝ち……というしょぼくれたかたちで幕を閉じた。
「……おいおいおいおい。お前、マジかよ」
「俺も苦手なんだよ」
「ババ抜きにしときゃよかったか?」
「勝てたから良いってことで、ババ抜きも運だしな?」
「それもそうだな。じゃあ早速下に行こうぜ!」
賭けられていた五千枚のコインは隼人の懐へと納まった。
隼人はこの日、楓からもらった軍資金で二回ゲームへ賭けた。結果は一勝一敗で、コインの枚数的には負け越してしまったが、一勝でもできたという結果は隼人に大きな自信を与えていた。
「その一勝はデカいぞ?」
「あぁ。噛み締めておく」
「一枚だけ賭けてゲーム見に来てる客もいるくらいだからな、そんなに沢山賭けなきゃとか気にしなくて良いからな?」
「ありがとう」
「ところで、最近家のほうはどうなんだよ。結構入り浸ってる気もするけど」
「育休入るまでは忙しい……って言ってある。残業代として入れてるし、そんなに言われないよ」
「休日も来てるだろ? 怒らないか? 嫁さん」
「……まぁ……、でも、将来のためだし」
隼人は言葉を濁した。上手く行ってるのかと聞かれたら、正直に言えば上手くはいっていない。楓の言った通り、最近は家にいない時間が増えて喧嘩になることが多かった。『父親の自覚がない』と言われたときは『仕事なんだからしょうがない』と思わず答えてしまったが、実際仕事はしていない。定時内で終わらせてここへいつも来ている。自覚がないと言われればそうなのかもしれない。だが、隼人としては『家族のために』『子どもたちの将来のために』やっていることという認識だった。それなのにどうこう言われてしまってはその気持ちも萎えてしまう。
それもあって、隼人は段々と家に帰りづらくなってしまっていた。帰ることが遅くなれば余計帰りづらくなり、リコとの喧嘩も増え悪循環になることもわかっている。将来への投資は順調に進んでいるはずなのに、ここでの現状が豊かになればなるほど、家族との関係はカラカラに渇き目に見えない壁が積み上がっていくようにぼんやりと感じた。そんな嫌な思いから逃げるためにさらに会場へ来ていることも否めなかった。ここへ来れば全て忘れられる。刺激的なゲームに魅力的なリターン。同じ趣味の人間がいて同じようにゲームを楽しみ、飽きたら話のわかる女性との会話も楽しめる。負けてもすぐに追い出されることはなく、巻き返す時間も与えてくれる。
「楓、ありがとう」
「なにが?」
「俺をここへ誘ってくれて」
「そりゃあ、こちらこそ」




