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出口のない部屋  作者: 三嶋トウカ


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第25話:沼へはまる_6


 時間は一刻一刻と過ぎていく。それなのに、最初に動いた女性以外、ルーレットが一周しても動くことはなかった。ルーレット三人目はかの女性だ。数字は【100】を引き、合計三百五十である。進み具合としてはさほど悪くないだろう。四人目はシナガワだった。彼はルーレットを拒否しようとしたが、当然そんなことは許されず渋々回した。止まったのは【300】と、今までで一番大きな数字である。それでも合計六百五十で、千グラムを超えている女性から見たらまだ余裕のある数字だった。


『さぁ、ルーレットを四人全員回し終えました! 経過時間はそれほど経っておりません。……なんせ、そちらの女性が頑張った結果、必要なグラム数を飛び越えたからです! しかし、まだ女性以外動きがありません! これはもしかして、女性の独壇場でしょうか? この先グラム数は増える一方です。減ることは当然ながらありません。この先グラムの差を埋めるためには、より思い切った行動が必要でしょう。――それができるのは、一体誰だ⁉︎』


 一部を染めた血はところどころ乾いており、前腕を切り落としてからの時間経過を表している。動きが無ければゲームは面白くない。このままでは女性の一人勝ちである。誰もがそう思い始めたころだった。二時間近く経ちこれほど動きがないのは、運営の想定内の出来事なのだろうか。それすら隼人にはわからなかったが、同じ部屋にいる観客たちが苛立ちを感じていることは空気でわかっていた。


「このゲーム、あんまり動きないんだな」

「完全にビビっちゃってるみたいだしなぁ。ゲームの説明は事前にあってもおかしくないと思うけど。参加してるんだからもうちょっと盛り上げてほしいよね」

「あー……まぁ」

「このままだとあの女の人が勝ちそうだし、あーあ、俺もシナガワじゃなくて隼人と同じ女の人に賭ければ良かったかなぁ」

「いやぁ、まだ、ね。わからないんじゃない? ……多分」

「こっから動く? 今まで一ミリだって残り三人血流しても肉削ってないけど」


 はぁぁと大きなため息を吐いて、楓はカチカチと爪でテーブルを鳴らし始めた。隼人は自分が賭けた女性が思い切った行動をして、今のところ一番であることに安心していたし、このまま逃げ切ってほしいと祈っていたが、それを口にすることはなかった。


『ルーレットは折り返し地点。残り四回となっています。さぁ、この四回の間に女性の記録を超えるルーレットの合計値が出るのでしょうか? 果たして、このまま逃げ切ることができるのでしょうか!』


 それぞれの回でクリア者が出た場合はすぐに次のルーレットを回すことになっている。だからかルーレットの順だけはすぐに回ってきた。

 二回目のルーレット。初手に回した男性は、二度目は一番大きな数字【500】を引き当てた。否、引き当ててしまった。


『う、ああぁぁ』

『おっ……お前! 何でそんな数字引いてんだよ!』

『なぁっ……何だよ! お前だって三百引いただろう⁉︎ ふ、ふざけんな‼︎』

『一キロ超えかよ……どうすんだよ……』

『……』


 一番大きな数字を引いた男性を口々に非難するものの、一度引いた数字を変えることはできない。女性はうんざりしたような、疲れ切ったような血の気の引いた顔で三人のやりとりを見ていた。重さから見て、ギリギリ、今回はまた身体の一部を差し出すことを免れたのだ。

 ――だが、今回ギリギリということは、もう次はないに等しい。


『これはデカい! ついに千グラム、一キロを超えました! 女性が傍観できるのはここまででしょうか⁉︎ しかし、一度はその身体を差し出しています。次も可能性はある! 男性陣も、同じように最低前腕は差し出さないとクリアはできなさそうですね。膝下なら残りも併せてクリアできる可能性もあります! さぁ、どうなる――⁉︎』


 次のルーレットは男性だ。女性はもう動く気力がなさそうにも見えるが、ここまでやったからには逃げ切りたいところだろう。男性はゆっくりとした動作でボタンを二度押して、すぐにガタガタと震え始めてしまった。


『……なるほど。次のグラム数は【50】です! これは、ギリギリ、本当にギリギリで、女性はまた免れました! しかし、次は五十グラムでも回避不可です! 運が良い。残り二回、低い数字を引き続ければ、血液だけでクリアできるチャンスも残されています!』


 自分が女性ならどうするだろうか――と、隼人はそんなことを考えていた。自分だったらおそらく各回の時間全てを使って、もしくは使える時間は使いつつ、それぞれの様子を見てやりそうだ、と思ったら先にやる。ここまで男性陣の動きはないのだから、この先もないかもしれない。が、それこそ火事場の馬鹿力が発動するならば、土壇場で脚を切り落とすヤツが出てくるかもしれない。

 

 残り二回で両方とも【500】を引けば、それだけで一キロになる。そうなれば合計二キロ超えで、女性であってもそれなりに重量のある部位を差し出すことを考えなければならないだろう。男性陣ならばなおさらだ。腕が両方なくなるよりも、足を差し出して片方ずつなくなったほうが、まだ生活はしやすい気がする。それ以外でまとまった肉を差し出せる部位も思いつかない。まさか重たいと言われる頭を差し出したらもれなく死んでしまうし、脂肪のつきやすいお腹も下手したら中身が出てきてしまう。

 結果、それなりに全身で見たら選択肢がありそうなのにも関わらず、実のところあまり選ばせてはくれない。


「いや、あの人マジで運が良いわ。引きヤバくない?」

「一回でこんなギリギリライン攻めてくるとは思わないよ。……本人も、ある程度思い切ろうとは思っても、最悪のパターンも考えてるんだろうな……」

「こりゃマジで血で残り埋めて逃げはアリかもなー」

「だと俺は嬉しいけどね。初戦飾れるし」

「俺はやっぱシナガワきてほしいよ! 負けてるとこしか今まで見たことないから、一回くらい勝った姿見たいって」

「これ、優勝者には賞金とか出るんだよな?」

「出るみたいだぞ? 詳しい金額は知らないけど、それなりにもらえないと出る意味ないよなー。借金返済組だったら金出なきゃやる意味ないし。借金無くても見合わないよな。人目にさらされながら腕とか足切り落としたのに『百万円が賞金です』は無しだろ」

「それはそうだな……・。全然割に合わない。せめてもう一個……いや、もう二個はゼロほしいところだけど」

「気持ちの問題もあるけど、一千万円と五千万でも違うよなー。……でも、シナガワがここに来たのも、隼人が勝ったからだもんな。少なくとも、上でのコインで六千枚分はもらえないと。……足元見て、実はめちゃくちゃ賞金少なかったりして」

「切羽詰まってたら、それでもお金がもらえるなら出るしかない、か……」

「一回一千万でも、大体六回優勝すれば完済か……。六回って多くない?」

「多い。だって毎回こんなゲームだったら、借金返す前に死ぬし」

「身体無くなっちゃうよな」

「……いやー……参加しないに限る、よな」

「そりゃそうだ?」


 隼人は背筋に悪寒を感じた。モニタの向こうは自分には縁遠い世界だと思っている。今まで『負けるほど賭けなければ良い』と思っていた隼人だったが、次第に『負けてもその分今度は勝てばいい』と思うようになっていたし、比較的負けが少なく全体的に勝ち越しの多い隼人は『自分はツイているしギャンブルに向いている』と漠然と感じていた。最初のころほどの警戒心はなく、コインを多く賭けることに懐疑的でもなくなっていた。だからこそ、このVIPフロアへもやってきたのである。


 そしてここで、初めて隼人は楓の総コイン数を『知りたい』と思った。そういえば、今まで一度もデバイスを覗いたことも、楓に何枚コインを持っているのか聞いたこともない。一緒にゲームをするときは勝っている姿しか見たことがないし、離れてプレイしあとで合流したときも『負け』という単語は聞いたことがなかった。単に負けても隠しているだけかもしれないが、それでも機嫌よくニコニコしている姿がほとんどなのだから、負けとは無縁なのかもしれない。

 一度に何枚賭けるのかは知らないが、羽振りが良いのもそれが理由ならばあっと驚く枚数なのだろうか。


「なぁ、楓シナガワさんに何枚賭けたの?」

「ん? 俺? 思い切って百枚」

「そんなに!?」

「そりゃあ、それくらい賭けないと失礼だろ? あの人人生賭けてるし。他の人は見たことないから知らないけど」


 これでシナガワが勝ったとしたら、そのオッズは4.4だ。単純にコインが四百四十枚で、このフロア換算だと四億四千万円ほどの価値となる。


「そんなに賭けて平気なの!?」

「まぁ、今まで平気だったから、今回も平気っしょ」


 あっけらかんとして楓は答えた。

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