第24話:沼へはまる_5
映し出されたルーレットは、男が押したボタンに合わせてゆっくりと回転を始め、ゆっくりと回転を止めた。
『はい! えぇ、最初としては悪くないのではないでしょうか? 一回目のグラム数は【50】グラムです。……うん、出だしとしては悪くない。なんなら、血だけでも賄えてしまいますね? それでは皆様、早速その身を削っていきましょう! 用意、スタート!!』
司会の声を合図に、モニタに表示された【00:30:00】という時間が一秒ずつ減少し始めた。制限時間が減っている。スタートと声をかけられたにも関わらず、誰も動こうとはしない。参加者は椅子に座っており、目の前にはテーブルが置かれていた。そのテーブルの上には肉切り包丁、注射器、アイスピック、トンカチが置かれており、それ以外に使えそうなアイテムは『使いたい方はご自由にどうぞ』と言わんばかりに、部屋の中央の白いシートが敷かれた上に積まれていた。秤はそれらアイテムに挟まれており、守られた重要人物のように鎮座している。
「……なぁ、楓」
「んん?」
涼しい顔でいつの間にか届いていたジュースを飲んでいる。チューチューと音を立てて呑気に飲む楓の姿と、モニタに映し出されているゲームの差が気持ち悪いと隼人は思った。どちらが気持ち悪いのかはわからない。ゲーム内容は勿論酷いと思っているが、この状態でジュースを飲む楓も気持ち悪かったのだろう。何を思ったのか、よりにもよって飲んでいるのはトマトジュースだった。
「あー……お前は誰に賭けたの?」
「俺? ネタ的にはやっぱシナガワじゃない? という訳で俺はシナガワに賭けたよ」
「なんつーか、勇気、あるな」
「そう? 一番切羽詰まってそうだし? 火事場の馬鹿力ってやつ見せてくんないかなーって期待」
「俺怖くてとてもじゃないけど無理だったよ……」
「もしシナガワが負けたら、もう顔見らんないかもしんないんだぞ? 知ってるヤツがゲーム出てるのって燃えるからなー。大体ソイツに賭けるわ」
「そんなに出てるの?」
「たまーにだけど。割と俺歴長いから。やっぱいるもんだよ」
「へぇ。一つのゲームで二人以上いたら?」
「あー、悩むけどより後がないほう選ぶかも」
「性格」
「お前だって絶対そうやるって! ……あ! 見ろ見ろ! 動き出した!」
今まで動きの無かったモニタの向こうで、一人の人間が動き出した。隼人の賭けている女性だ。
「お、あれ隼人が賭けた人だろ? 最初に動くなんて、思い切り良いなー」
女性は非常に思い切った行動をした。ヘルパーと呼ばれる人間に声をかけ、自分の左腕を、肘から下全て切り落とすように指示したのである。せめて一瞬で終わるように、一番切れ味の良さそうなモノを選びながら。
『ふぅー……ふぅー……』
女性は服を脱いで腕を落とし易くすると同時に、その脱いだ服を口に含んでグッと噛み締めた。まだ何もしていないが、既に目は血走っている。
『うぅぅー……うぅぅ……』
目を瞑れば良いのに、彼女はジッと切られてなくなる予定の腕を見つめていた。鼻息荒く、それでも身体は動かさない。
ヘルパーは彼女の腕が動かないようにテーブルの上へと誘うと、腕を押し付けてから離した。『ここから動かさないように』とでも言いたげな動きだ。それを理解したのか、女性は自らテーブルへ腕を押し付けているようにも見える。切り落とす手前には止血のためかゴムを結んでいた。これは手際良くヘルパーがつけたものだ。
『うっ、うぅー……ううぅ……』
血走った目からはポタポタと涙が垂れ始めており、女性が天を仰いで目を閉じた瞬間、大きく振り被ったヘルパーが刃物を一直線に下ろした。
――ドンッ。
『んんんんんー‼︎』
一斉に残りのヘルパーが彼女の元へやってくる。止血していても出血は多い。傷口は綺麗なのか、ゴロンと切り落とした腕が動いた。一撃で落としたヘルパーの腕はなかなか手慣れたものだろう。
のたうちまわりたいほどの痛みのはずなのに、女性は落とされた腕をボウルへ入れると、後の処置をヘルパーへ任せるようにその場へ座り込んだ。相変わらず目は血走っており、涙は頬を流れている。辺りは血まみれになり、白かった周囲は真っ赤に染められていた。彼女自身、返り血を浴びている。
『――っ、これは、これは早い……‼︎ まさか【50】グラムで肘から下を全て落とすとは思いませんでした! 測った重さは……千グラム超えました! これはこの後も安心でしょう! 既にギブアップの一ポンドはクリアしていますので、勝てない、そう感じた時はギブアップも一つの手となりましたね。さぁ、他の参加者は……?』
他の参加者は唖然といった表情で女性を見ていた。まだ始まって、十分も経っていない。切羽詰まった時間なら皆動いたかもしれないが、まさかこんなに早く赤色に染まるとは、彼女以外誰も思わなかったのだろう。
『あ、ああ――』
『う、嘘だろ……? 何だよあいつ……』
『無理、無理ぃ、っ……ひぁ……』
完全に引いている。無理もない。司会者も実のところ、これほど早く千グラムを超える肉が置かれるとは思っていなかった。完全にイレギュラーである。
それだけこの女性は、優勝したかったのかもしれないし、ギブアップする手段を得たかったのかもしれない。それはこの女性にしかわからないが、その二つが理由ならば見事達成されたといっても過言ではないだろう。ルーレットで引く数字次第だが、それでも他の参加者を圧倒することは間違いなくできている。
現に引いてしまった残りの三人は、その場から視線以外動かせないでいた。
『どうやら、残りの三人は完全にビビってしまったようだぁ――! 無情にも、残り時間だけが過ぎていきます! 果たして、五十グラムをクリアできる参加者は、他にもいるのでしょうか⁉︎ 次のルーレットまでにクリアしなければ、雪だるま式にグラム数は増えていきます‼︎ 彼女のように一度に切り落とすことが必要です!』
司会者が煽り、参加者の動揺を誘う。それでも初手のインパクトのせいか、誰も動くことはなかった。
『さて、女性への処置が完了しました。……ここまで動きがあったのは、その前腕を落とした彼女のみ! 次のルーレットを回す必要がありますが……さぁ、次はいったい、どの数字に止まるのでしょうか――⁉︎』
次にボタンを渡されたのは、腕を落とした彼女だった。残った右手でボタンを押す。どの数字に止まっても、まだ二回目のルーレットであるため、彼女は安心して回しているだろう。
『次の数字は――なるほど! 今回は【200】です! 先ほどの四倍、まだ血液でもいけそうですが……さぁ皆様、チャレンジしてください!』
一回目と併せて二百五十グラム。それぞれの体重から考えたら、大した重さではない。が、身体から切り離すとなると、たった二百五十グラムでも彼らにとって脅威だった。
女性は段々と落ち着いてきたのか、痛みに顔を歪めて荒い呼吸であるにも関わらず、遠くを見据えている。この回は動かなくてもまったく問題ない。出血はじわじわと続いているようだったが、まだしっかり意識はある。腕は頭の上にあげ、できるだけ流れ出ないようにしていた。
ルーレットに書かれた数字は【50】が一番小さく、そこから五十刻みで【500】までの十種類あり、すべて一番小さい【50】に当たった場合の最低四百グラム。一番大きな【500】グラムを当て続けた場合は最大の四千グラムとなっている。四キロの肉となれば簡単に切り落とせるものではない。とてもではないが、血液で賄おうとすれば条件を満たす前に確実に死んでしまうだろう。
「なぁ楓、これ、一番小さい数字引き続けたらどうなる……?」
「ん? 四百グラムになるだけだろ? ……あー、そういうこと」
「わかんないよな、どうなったのか……」
問題は、一番小さい数字を引き続けた場合。……その場合は、一ポンドに満たないグラム数しか賄えない。つまり、もしすべて【50】を引き続けた場合は、おそらく全員がペナルティになっていたのではないだろうか。
救済措置があるかもしれないし、司会者はそれに対して言及していないが、そうであってもおかしくはない。今回はたまたま二回目で【200】を引いたためそれは回避されたが、もし引かなかったらどうなっていたのだろうか。楓の口ぶりだと、彼も知らない……見たことはないのだろう。




