第18話:賭ける_5
実際、ババを持っている隼人に、引くカードを選ぶ意味はなかった。二人でババ抜きをするならば、自分が合わせられなかったカードは必ず相手が持っているのである。どれを引いてもババ以外のカードは揃うのだ。よって、選ばなければならないのはシナガワただ一人で、隼人はいかに余り物となるババをシナガワに引かせるかが重要となる。
その後はただただお互いカードを引いて揃えた後、場にカードを捨てる行為が繰り返されていた。残りのカード枚数は隼人四枚、シナガワ三枚だった。
「よしよしっ! じゃあ、ふふふっ。次はね。これを引きましょうね」
「……」
その一枚を引いて持ちに加えたとき、ずっと笑っていたシナガワの口元が急に下がった。そして、なにも捨てずに手札をシャッフルすると、今までと同じように扇状に広げて隼人の前へかざした。
――初めて、ババが動いた瞬間だった。
「さぁ……どれにしようかな……」
今度は本当に悩む番が隼人へ回ってきた。一度手放したババを、また自分の手札には戻したくない。そんなことを考えながら隼人から向かって一番右のカードへ人差し指をかける。その拍子に隼人は楓の顔を見た。その時、隼人はあることに気が付いた。今までまっすぐ立っていた楓が、顔を自分から見て左側に首を傾げるようにして立っていたのだ。ここにくるまで何回か楓のほうへ目をやりはしたが、ずっとまっすぐ立っていたし、顔も真っ直ぐと前を向いていた。
『疲れたのだろうか』と思い、カードを選ぶために、かけていた人差し指をひとつ左へ移動させる。すると、視界の端で楓が動いたような気がした。
「これ、かな……いや、こっち……うーん、確かにババがあるってわかってるから、選ぶのに時間がかかりますね」
一番左端のカードまで指を移動させたあと、またゆっくりと一番右端まで指を動かした。そして、隼人は気が付いてしまった。自分が指をかけたカードよりも左側にババがあればそちら側に、反対ならば同じように反対側に、楓は頭を傾けていたのだ。そんな中で、一回真っ直ぐ向き直るタイミングがある。一回だけ。――おそらくその位置にあるカードが、ババなのだろう、と。シナガワの持っているカードは四枚、一枚以外どれを引いたとしても問題ない。つまり、一枚だけを示すなら左右は無視して一度頭が真っ直ぐになる場所さえ引かなければ良い。
自分では、どの位置にババがあるかはまったくもってわからない。だがもし、本当にあの首の位置がババの位置だとしたら――。
「……これにします」
恐る恐る隼人はカードを引いた。楓が首を傾げていた位置の。しっかりシナガワの顔を見ながら、指に力を込めてカードを引く。少し抵抗を感じたような気もしたが、抜けたカードを手札に加えると隼人はホッと溜息を吐いた。
「あぁ、良かった」
今引いたカードと元々手持ちに会ったカードを揃えて、今まで捨ててきたカードの山の一番上へ置く。こうして、隼人の残り枚数は二枚、シナガワの残り枚数は三枚になった。
「さぁ、どうぞ」
今までシナガワがやってきたように、隼人も真似て二枚のカードをシナガワの目の前へと持って行く。さっきまであんなに笑っていたのに、今度はハラハラと涙を流してた。口は半開きのままで。
「あぁ……あぁ……」
一枚カードを引き、自分の手札と合わせて捨てる。シナガワのカードは二枚になった。
「……これで決まるかもしれませんね?」
意地悪く言うつもりはなかったが、やっと一戦目の目処が見えてきた。ここまでくるのに、一体どれくらい時間がかかったのだろうか。三戦をお願いされて、まだ一戦も終わっていない。体感だけならば朝から始めてもう日が暮れてしまった気分だった。
言われたシナガワは、ふぅふぅと息をしながら、血走った眼で自分の手元の二枚のカードを交互に見ていた。何度見たって、シナガワのカードの絵柄は変わらない。一枚はババ。
「……さて。どちらにしようかな……」
プルプルと震えた手でシナガワが持つカードへまた、隼人は指をかけた。同時に視界に入った楓の頭の位置を確認する。選ぶフリをしながら指を動かして、最終的に左側のカードを引き抜いた。
「あ! 上がり!」
「あぁぁぁぁぁあああぁっぁぁ?」
隼人は自分の最後のカードを捨てた。そして素早くデバイスをテーブルの上の機械へかざして自分の勝利を刻む。
「まずは僕の一勝ですね?」
「う、うぅぅぅぅうーうーうーうーうー? あれ? あれれ?」
理解できないような顔をして、シナガワも機械的にデバイスを機械へ読み込ませた。カードを一度テーブルの下へと戻し、新しいカードの山を待って二戦目の開始である。
二戦目は、シナガワの勝利で終わった。楓が人に呼ばれて行ってしまったのだ。先ほどのように頼ることはできず、自分ですべて賄った。最初のババはシナガワ側で、何度か隼人の手元へもやってきた後、お互い引き合いを繰り返して最終的に隼人の手元へ残ったのである。――これで一勝一敗。残されたのは最終戦の三戦目のみとなった。
コインの移動も結果的に現状ゼロ枚だ。お互い勝利で千枚入手し、敗北で千枚失っている。なんとも言えない空気の中、最後の勝負のためのカードがテーブルへと現れた。
「な、なぁ」
「なんですか?」
「こ、このままだと、ワタシもアナタもちょっと儲かるか失うか、ですよね?」
「えぇ、まぁ」
「じゃあ、賭けるコインの枚数を増やしませんか?」
「たとえば?」
「六千枚」
「……」
「良いでしょう? 元々、この三番勝負に全勝したらもらるはずだった枚数の倍。悪くないはずだ。ね? ね?」
「この三戦目以上は戦いませんよ?」
「勿論です! 正真正銘、これが最期だ! ここにいる全員が証人だ、後から覆すなんてことはしない!」
笑っていた最初の時よりも、ずっと饒舌に話すシナガワを見て『何か裏があるんではないか』と隼人は訝しんでいた。だが、六千枚ほしいのは隼人も同じである。三千枚増えてカードキーを作っても、その会場で賭けるコインが足りない。それに、自分で言い出すよりも言われたほうが都合もいい。再戦しないと言ったのも向こうなのだから、負けてから食って掛かられても無視できる。もうひと勝負と言われたって断り易い。そんなことをしたら、下手したら向こうが責められるだろう。
楓がいれば、隼人には最後の勝負に勝つ自信があった。
「わかりました。それなら、最後の勝負は六千枚で」
「よし! よし‼︎ 二言はないですね? ないよね? ない? ないだろ?」
「ありませんよ? 早速始めましょう。……最後くらい、俺が先にカードを取っても?」
「ええ、どうぞ」
隼人の取ったカードの山に、ババは含まれていなかった。
楓もまたシナガワの後ろの位置へと戻っている。シナガワが揃ったカードを捨てて残りのカードを混ぜたあと、ジッとそのカードの並びを見ているようだった。
「……始めましょうか」
一枚、また一枚とカードが引かれ、無言のまま順に二枚のカードが捨てられていく。残りのカードが隼人一枚、シナガワ二枚になるまで、一度もババは移動しなかった。
「あぁ、あぁ……」
シナガワが泣いている。鼻をすすって、目から溢れ出る涙が、そのまま頬を伝ってポタポタと膝へ落ちていった。
ここに来るまで何度カードをシャッフルしても、楓がその位置を隼人へ伝えている。何人か周りに気づいた人もいたようだったが、誰もなにも言わない。
「どうしよう、あー、どうしようどうしよう、どうしよう‼︎」
「大丈夫です?」
「うー……ううう……」
明らかにシナガワは取り乱している。上を見たり横を見たり、席を立ち上がろうとしてやめてみたり、カードを伏せてテーブルに置き、大きなリアクションで頭を抱えてみたり。……それもそうだ。もし次の手で隼人がババではないほうを引いてしまったら、シナガワはそこで終わるのだから。
今も二枚カードを重ね両手で持ち、そこにおでこを押し付けてうーうー唸っている。
「あぁわからない、わからない、わからないよぉ‼︎」
今隼人にできることはない。ただ、カードを引ける状態になるまで、ひたすら待つだけだ。制限時間は決めていない。
「ねぇ、どうしたらいいと思う? どうしよう? ねぇ、ねぇ‼︎」
「お、俺に言われても……」
「あぁ、そうだ、そうそう。こうして、こうして……こうして」
デーブルに覆い被さって、持っていた二枚のカードをよくシャッフルしたあと、伏せてテーブルに並べて置いた。
「どうぞ、どうぞ!」
そうなってしまったら、楓の目でも確認できない。つまり、隼人は自力で正解のカードを引く必要があった。
隼人は焦っていた。果たして、自分の勘でカードを引き、ババではないほうを引くことができるのだろうか、と。まだ今ババを引いてたところで、ゲームが繰り返されるだけである。だが、その次のターンで自分の手元にババが残れば、それは自分の負けだ。
「引く? 引かない? 引くよね?」
「……っ……。……じゃあ……これで」
隼人は一枚のカードを手にした。




