第19話:賭ける_6
「見るの? 見る? あああ、待って! 見ないで!! っ、い、いや、でも見ないと……あぁ、あぁ……」
カードを引いたのは隼人のほうだ。それなのにシナガワが取り乱している。まだなにが描かれているかは見ていない。伏せた状態で手前に引き寄せただけだ。
「めくりますよ?」
隼人自身、心臓が口から飛び出しそうなほどの緊張感だった。手のひらには汗をかいているし、心臓の音が耳に響いている気もする。圧倒的な差で、初めてコインをかけた時より緊張していた。
ゆっくりと、今の位置よりもさらに自分の元へと近づける。隼人もシナガワも、たった一枚の伏せられたカードに釘付けになっていた。そして、誰もが注目していたカードの絵柄は――。
「っ……! エース! スペードのエースだ‼︎ やった、やった‼︎」
隼人はすぐにデバイスを読み込ませ、勝利の瞬間を噛み締めた。三戦二勝一敗、勝ったコインの枚数は、VIPフロアへの足がかりになる六千枚。
「「「おぉぉぉぉ‼︎」」」
ギャラリーも湧いている。ババ抜きでコイン六千枚と言う破格な額が動いたこともそうだが、ずっと対戦相手を探していたシナガワに、引導が渡された瞬間でもあったからだ。
「……あ? え、本当に? 勝ち? 勝ちなの? アナタ、が? そんな? まさか?」
「俺の勝ちです、よく見て。俺の持っていたハートのエースと、アナタが持っていたスペードのエース。ね? 揃うでしょう? その一枚は、ババだ」
「そんな、違う、違う違う違う‼︎ こっ、これは、ババなんかじゃなくて……‼︎」
「え、だって、俺のところにババじゃないカードが来たなら、残っているその伏せられたカードがババ以外あり得ないでしょ?」
「イッ、イカサマだ! イカサマしてたんだ‼︎ ワタシはぁっ‼︎ けっ、決してっっっっ! まっ、負けてなんかっ‼︎」
「いやでも、これ揃ってるし……」
「ないっ! そんなわけ、ないぃぃぃぃ‼︎ このカッ、カードがぁ! ババなわけ、あるかぁぁっ‼︎」
「取り敢えずその残ったカードめくってみようぜ、誰かー‼︎」
「――いかがなさいましたか?」
「勝負がついたんですけど、そのオッサンが往生際が悪くて。『イカサマだ、これはババじゃない』って言ってるんで、めくって確認してもらえませんか? 俺たちが触ったら、イカサマって言われそうだし。お願いしますよ」
「承知いたしました」
騒ぎに気が付いたのは三兼だった。目の前に残されたカードをめくろうとしないシナガワを横目で見ながら、そのカードに指をかける。不安そうな顔で何度も三兼とカードを交互に見ながら、貧乏ゆすりをして親指の爪をガジガジと噛んでいるシナガワの姿は、なんともいえない感情を隼人にもたらした。
パチン――。
プラスチック製のトランプの、弾かれた音が静かに響いた。
「――これは……ババ、でございますね」
「――ぅ、あ――あぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁあぁ‼︎」
「ホラ! 俺の勝ちだ‼︎ いっ……やったぁぁぁぁぁぁ‼︎」
かたや両腕を掲げて笑顔で叫び、かたや床に膝をついて呻きながら頭を抱えている。これほど対照的な姿は、あまり見られない光景かもしれない。――まず、普段遊ばれているババ抜きでは、あり得ないだろう。
「コホン。――えぇ、こちらは今、どのような状況で?」
「そのおっさんとにーちゃんがコイン六千枚賭けて、そっちのにーちゃんが勝った感じ。あ、オッサンがまだ負けの登録してない。三戦して、そのオッサンが負けたの」
「左様でございますか。……シナガワ様、勝負がお決まりになったのであれば、速やかにデバイスをかざしていただきたく存じます。勝負の結果が、きちんと反映されませんので……」
「いっ、やっ、や、いや、まっ、まだ、まっ、まだ、なんだっ! ほら、ねっ、ねっ? ほら、ほらぁ!」
「決着はまだ、だと?」
「そうっ! そうっ! なの! あっ、あとっ! あと一戦っ‼︎ つぁ、つっ、うっぎはぁ! 六千枚のっ、コイッ、コインんんんんん‼︎」
「えっ、シナガワさんが言ったんじゃないですか……。『三回勝負で』」って。今よりずっと明瞭に『覆すことはない』って、みんなの前で言ったじゃないですか! 何でそんな嘘吐くんですか⁉︎」
隼人は思わず声を荒げてしまった。折角勝ったのに、その一言で覆されてしまってはたまったもんじゃない。それに、もう一戦したところで、勝てる自信も全くなかった。
「いっ、いや、いやぁ……。ね、ね? わかるぅっ、でしょ、でしょ? うん、はぁぁぁ。わ、ワタシもっ、ワタシもねぇぇ? 負けっ、負けられなぁぁぁいぃぃの‼︎」
「じゃあ、皆さんに聞いてみましょうよ。今勝負を見ていた皆さん! この人『三戦以上はしない』って言ってましたよね? 聞いた人、手を挙げてみてください!」
隼人の言葉に、見ていた人たちが手を挙げていく。残ったのは、この勝負を見ていなかった三兼と、シナガワの二人だけだった。
「え――あ――?」
「綿s串は今来たばかりですから。手は挙げません。存じ上げませんので」
無言の圧力がシナガワにのし掛かる。この場に味方は誰一人としていないことに、たった今気が付いたのだ。
「……シナガワ様。とにかく一旦、そちらのデバイスをこちらへ」
「ひっ……いっ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ‼︎」
「そう申されましても。ルールはルール、でございます。――こちら、三兼でございます。何人か人を、お願いいたします」
インカムを通して、三兼が誰かと連絡を取っていた。嫌がってデバイスを隠し、身体を抱え込んで駄々をこねる子どものように、シナガワは床に突っ伏していた。
そこへ、屈強な男性が五人、バタバタと音を立てて走ってきた。
「こちらのお客様が、勝負がついた後もデバイスをかざしてくださらず……。勝敗の登録ができませんゆえ、どうにか引き剥がしていただけますでしょうか?」
男性たちはそれぞれ、シナガワを立ち上がらせて羽交締めにし、腕を引っ張って機械をそこへ近づけるように持っていった。暴れないように両足を押さえ、手も押さえられている。ピッという音と共に登録された勝敗の結果、隼人はコイン六千枚を手に入れ、シナガワはコイン六千枚を表示上失っていた。
「あ……ああぁぁぁ‼︎ 嘘……嘘だ……‼︎ あーあーあーあー‼︎」
登録が終わり、男たちがシナガワから離れると、狂ったように叫びながらガチャガチャと腕からデバイスを外し、その辺へ投げ捨てた。
――ピピピピッ――ピピピピッ――ピピピピッ――ピピピピッ――。
投げ捨てられたデバイスから、アラームのような音が聞こえる。
「……シナガワ様。お時間のようです」
「そんな……そんなぁぁぁ? あ? まだっ、まだっ……」
「期限となりました。……マイナス六千コイン。こちら、返す手立てはない、そうですね?」
「いやっ! いやっ!」
「――さぁ、今後のお話を、一つ下の階でいたしましょう。なんてことはございません。今まで何度も、通った場所でございますから」
「あぁぁ……いや、たす、たすっ……助けてっ……‼︎」
「何を仰っているのでしょう? ただ私たちは、話し合いをするだけですから。助けを求める必要はございません」
「嘘っ、うぅぅそぉぉぉ⁉︎ ちがっ、違ううぅぅ‼︎」
「まさか、三千枚取り返そうとして、六千枚失うとは……。これは驚きです」
「ひっ、いぃぃぃぃいいい嫌だ‼︎」
「折角、億単位のコインを精算していましたのに。勿体ない。でも、それがシナガワ様の性分なのですね。……さぁ、参りましょう」
どれだけ嫌がっても、シナガワは男たちに簡単に引きずられていった。見ていた観客たち、そして隼人へ手を伸ばすも、誰一人反応しない。逃げ出そうにも、泣き叫びながら身体をよじってみたが、掴まれた場所はびくともしていなかった。
「――あぁ、譲原様」
「は、はい!」
「六千枚のコイン、おめでとうございます」
「……ありがとう、ございます」
「すぐにお話の続きをしたいところなのですが、もう時間も遅い。本日はお帰りください。また、近いうちにお越しいただけたら幸いでございます。その時は、今度こそ話の続きをいたしましょう」
「はい……」
シナガワの叫び声をBGMに、三兼は隼人へ向かって深々と頭を下げた後、引きずられるシナガワの後をついて歩いて行った。
「……俺、勝ったよね?」
楓を見る。
「勝った! すげぇ‼︎ コインめっちゃ増えたじゃん!」
「あぁ、よ、良かったぁ……」
身体の力が抜けた隼人は、座っている椅子に身体を預けて力無く座った。
「次は? いつ来る?」
「そりゃ当然明日……って言いたいところだけど、明日はリコの妊婦健診についてくんだよ。だから、次の水曜でどうだ?」
「おっけ。俺も来ていいよな?」
「もちろん。一緒に話聞いてくれよ」
隼人は自分のデバイスに表示された【9000COIN】の表示を見て、安堵の笑みを浮かべた。




