第63話 卯宙
目の前が猿のお腹に塞がれるという奇天烈な状況。でも、李卯さんに手を引かれるままに部室までの道のりは進んでいるようで、階段も登り切ることができた。
「あの……李卯さん。俺、このまま部室に向かうんですか?」
「あんたの顔に張り付くように、呪いかけてあるから。じゃないと逃げるでしょ、おさるさんなんだし」
「ええ……」
サル吉に張り付かれているせいで声がこもる。それでも、聴覚がいい李卯さんには聴こえているようだ。
サル吉が逃げるという言い分は分かるとしても、どうせなら顔ではなく他の部位に拘束してほしいものだ。
「それにしても、サルは爪が甘いよね。この前呪われたっていうのに、その元凶に自ら近づいていくんだから」
「それは……言われてみればそうですね」
「僕を協力者にしたのも意味わかんない。解呪自体には強くないし、ウシはネズミと支合だとして、ヒツジあたりが適任だったと思うんだけど」
ぶっきらぼうに李卯さんが話す。陽が呪いに弱いということは理解しているけど、陰にも差が出るのだろうか。
「陰の中でも、呪いへの強さに違いがあるんですか? 双璧のお二方が強いのはわかるんですけど……」
「そりゃまあ。ただ、呪いにも色々種類があるし、種類ごとに耐性も変わるの。目に見えるか見えないとかもあるし……めんどくさいんだよ」
そういえば、辰幻さんは目に見えない呪いには弱いということを以前聞いた。
ただ、目に見える呪いは全て自分のものにできるというまじないを持っていたはず。
もしかしたらそのように、それぞれで長けている呪いの分野があるのかもしれないと思った。
「さあて、部室に着いた。解呪」
「ウキーッ!」
「あ……や、やっと解放された……」
そうこうしているうちに、どうやら部室の目の前についたようで、李卯さんが俺の顔面からサル吉を解放してくれる。
「なーにおさるさん、不満げだね? あなたのご主人ならこの中にいるんだからさ、入れば?」
「キキ……!」
「と、とにかく入りましょうか」
部室の扉の前にいても、中から会話などは聞こえてこない。
申弥さんはいったい何をしているのか、酉奈さんや戌慈さんは無事に2匹を連れてくることができたのか。
そう不安に思いながらも扉に手をかけ、少し隙間が空いたその瞬間、サル吉が素早く教室の中に入り込んで行った。
「精霊! 伏せろ!」
「わっ!?」
そのときと同時だっただろうか、李卯さんがそう叫んで、俺は彼に蹴られるようにして体勢を崩す。
「メエ!」
手足を床に付けたまま振り向くと、黒い羊の人形が李卯さんの目の前に現れ、飛んできた何か受け止めて跳ね返している様子が見えた。
「あっぶな。人形のおかげで助かった」
「な、何が起こったんですか……?」
李卯さんは、柱に突き刺さった金属片のようなものを取る。それは羽のような形をしていた。
「これは金五行。羽の形に似ているから、出所はあのやかまし鶏と見える……やっぱり、まずい状況かもね」
「酉奈さんが、俺たちに攻撃したってことですか……?」
「入って確かめるしかない。精霊、アンタはその羊、しっかり持ってな」
「は、はいっ!」
李卯さんが乱暴に扉を開けて、俺たちは一気に部屋の中へと突入する。
目に入った光景は、まさに混沌としていた。
床に倒れている裏木先輩、そして、動物3匹がこちらを睨みつけ、連動するように西方合が鋭い眼光を向ける。
「なっ……なんですかこれ……う、裏木先輩!? それに、みなさんも……ま、まさか……呪われて……」
「……拘束せよ、陰式木五行」
静かに李卯さんが唱えると、部室の天井や床から木が伸びて、3人を押さえつけるように拘束する。
「精霊、絶対に僕より前に出るなよ。そこにいる人間と一緒に下がってな」
「は、はいっ!」
「五行相剋•金剋木!」
しかし拘束された酉奈さんは、翼を出して、木を金五行で切り刻む。先ほど飛んできた金属片と同じように、羽の形をしていた。
さらに続けて、解放された申弥さんが、金五行で生成したのか、刀で李卯さんに斬りかかる。
持ち前の俊敏さでその攻撃を全てかわしているが、酉奈さんの羽の刃の追撃で、余裕がないのは明らかだった。
特に酉奈さんの放つ攻撃は、ひとつひとつが正確。
李卯さんは刃が俺たちに当たらないように木片を当ててその軌道をどうにかそらしているが、防戦一方では申弥さんが切り込む隙が生じてしまう。
「……っ!」
「李卯さん!」
申弥さんの刃が李卯さんの頰を掠める。このままでは、暴走した2人を止めることができない。
どうする、俺が助けを呼びに行くべきか。ただ、気絶してしまっている裏木先輩のこともあるし、俺にはすぐに十二支を呼べる能力もない。
「動くなよ精霊! 少しでも動いたら切り刻まれると思え!」
「でも……! このままじゃ李卯さんが!」
「う、ウサギさん……」
苦しい状況の中、とある声が耳に届く。それは、唯一李卯さんを攻撃していない彼の支合の声だ。
「戌慈さん……!」
「支合共有、効き目が薄いけど自我は保てるようだね。何があったか教えてくれる?」
そうだ、支合共有。おそらく李卯さんが言っているのは、猫口さんの呪いに子音さんがかかったとき、丑理さんが打ち消したことだ。
ただ、2人のときとは様子が違う。子音さんは丑理さんが来た時、すぐに呪いの苦しみから解放されていた。
しかし戌慈さんは苦しそうなままだ。かけられている呪いの強さが違うのだろうか。
「すみません……ウサギさん、思ったより侵蝕が強くて……兎月跳惑を、使ってください……」
「はあ? 僕、アレはあまり使いたくないんだけど」
「僕らにかけられているのは、解呪条件付きの、精神干渉系高位呪いです……! 今すぐに十二支で対処できるのは、ウサギさんしか、いない……!」
戌慈さんが必死に訴えかける。李卯さんは観念したかのように俯き、強く足を踏み鳴らした。
「……月の上で夢を見て、兎式呪法•兎月跳惑」
そして李卯さんが呪文を唱えた。彼の足元から暗闇が広がっていって、気づけば俺は凸凹した地面の上にいた。
目の前には紺色の闇が広がっている。まるで、宇宙にいるかのようだ。
「あーやっぱり、ウサギさんを協力者にして正解だったっすね。後で蹴られることは覚悟しとかなきゃっすけど」
「う、ウサギ……!?」
メガネをかけているウサギが話していた。話し方的に、このウサギはもしかしなくても申弥さんだろうか。
「し、申弥さんですか……?」
「そうっす。俺たちは意識をウサギさんに乗っ取られたんで、ウサギになってます」
「ピョン……ウサギくんに向かって攻撃してしまいました……どう償うべきでしょう……」
もう1羽、体育座りして丸まっているウサギがいた。あ、この落ち込みようからするに、多分酉奈さんだ。
「ウサギさんの兎月跳惑。十二支の中で唯一の精神干渉系呪い使いっす」
「精神干渉系……?」
「意識を乗っ取って、幻覚見せるっていう代物っすけど、強いっすよ。俺たちがかけられた呪いの侵蝕を、現実世界で止めてるっすから」
「あの、申弥さん、まさかとは思うんですけれど……こうなることって、見越していたんですか?」
「まあ、俺の計画どおりっすね。どうせ裏木兆を利用するんだ。多少強引でも、呪いの原因も解明すべきっす」
「……なんでそのこと、李卯さんには言わなかったんですか……? 呪いにかけられた申弥さんは、李卯さんのことを刀で傷つけたんですよ!?」
「はあ、傷つけ合うなんて、今まで何度もやってきたんで今更すね。まあ、繊細なコケコッコさんには、酷だったかもしれねーが」
敵を欺くにはまずは味方から、というが、十二支は少しやりすぎではなかろうか。
「それも、十二支の信頼関係かもしれないですけど……お、俺には言うべきじゃないですか!? 俺は、誰かが傷つく原因になりたくなかった!」
俺は言っていて自分が虚しくなった。申弥さんから計画を聞かされていたとしても、今の俺に何ができただろう。
裏木先輩を連れてあの場から逃げること……? それとも、他の十二支を呼んでおくこと?
過ぎてしまったことはしょうがないのに、無用なたらればが浮かんで増長しては消えていく。
「……そっすね、今から言うっす。俺たちがかけられた呪いの原因は」
「モモ太、サル吉、キジローの中の十干の欠片にありますっ!」
1羽のウサギが、すっかり落ち込みから復活したもう1羽のウサギに向かって、飛び蹴りした。




