第60話 十干争奪
「え、えーと……運動会は結局引き分け……だったんですね」
十二将学園動物愛好部部室。俺の目の前には円卓があり、申弥さん、酉奈さん、戌慈さんがそれぞれ対応する席に座っていて、何となく気まずい。
それに、彼ら以外の元十二支はいったい何をしているのか、この場にいるのは西方合だけである。
「……あの、部員少なくないですか」
「部活動やら何やらで、出払ってるっすね。俺は精霊さんに当番やってもらうためにいるっすけど」
「あっ。そうですね。西方合の3人の当番は終わっていないんでした。えっと、前は3人同時というお話でしたけど」
申弥さんの言葉から、そこまで仲が良くなさそうでありながらも、この場にまとまって3人がいたのは、そういうことだったのかと腑に落ちる。
「僕はセレンさまのお時間がある時で構いませんよ。昨日の今日ですし、僕たちの相手をするのも、気苦労をかけてしまうと思うので……」
「ワタシも構いませんよ! 我が君を守るためなら、いつでも飛んで行きましょう!」
「そ、それは申し訳ないような」
運動会のとき襲われたこともあって、元十二支は俺のことを心配してくれる。
例えば彼ら以外にも、亜未さんからは謎の黒い毛玉をもらい、定期的に家庭科室に来るように言われたり、丑理さんからは黒いお札を12枚ほど持たされ、肌身離さず持つように言われたりもした。
「俺も何でもいっすよ。今はごちゃごちゃとケンカする余裕もねーし、いい加減トラさんとかを見習って、十二支は人間と関わっていかないといけないっすからね」
申弥さんの言うとおりだ。今まで当番をしてきてやったことは、大抵は人間と関わるための土台作りにすぎない。
加えて、動物たちや俺を狙うらしき第三勢力の襲撃。選抜はあくまで人間から人気を集めることなのに、元十二支たちが気になっているのはそちらの方だ。
「……申弥さんって、この選抜で上位を目指したいんですか?」
だけど、俺が成すべきことは引き続き、彼らが選抜でどうありたいかをはっきりさせること。
彼らの意思を知らない限り、元十二支を尊重する俺は動きようがない。
「そりゃもちろん、やるからには上を目指すのは当然っすよ。1位を目指す気だけはあるっす」
申弥さんの口ぶりからするに、彼も十分な向上心があると窺えいた。
ただ「1位を目指す気だけ」という言い方や、かつて子音さんの望みを無謀と言っていたことを踏まえると、無茶な望みであることを理解しているのがよくわかる。
次に続いた彼の言葉も、そのことを証明していた。
「どう考えても、動物の人気で1番になるって想像がつかないんす。精霊さんはどう思います? サルの魅力について」
「そ、そうですね……サルの魅力と言うと、やっぱり人間に似ているところとか、賢いところにあると思います」
「でも、人間は自らにないものに惹かれるんじゃないんすかね。精霊さん。実際のところ、俺とこいつら3匹の中で1番人気があるのは誰っすか」
申弥さんは左を指し示し、どう答えるか非常に逡巡する問いを俺に投げかける。
サル、トリ、イヌ。桃太郎の護衛の3匹であり、いずれも人間にとって馴染み深いと捉えて差し支えないだろう。
「……人間と関わりが深いという点では、犬と鶏です。ですが猿は猿山など、動物園などで見る特別感のある動物と言うこともできるんですよね」
3匹は、かの幻獣などとは違い、人間に飼われる。
特殊なのはサルであり、賢さや器用さゆえに芸を披露することもできるから、他の2匹よりも見世物の面が出るかもしれない。
しかし……そもそも彼への問いの答えは、聞かれたときから明白ではあった。
「ただ……子音さんなどと同様に、人間にとって猿は害獣の面もあります。この中で最も人気がある……いえ、元十二支全体の人気を考えたとしても、やはり戌慈さんが1番十二支に近い存在だと思います」
「……セレン様にそう言っていただけて、光栄です」
「ケッ、まあ、普通に考えたらそーっすよね」
ほとんどの動物は、犬と人間との親和性に勝つことは不可能だろう。肩を並べることができるとしたら、猫ぐらいだ。
しかし、俺は疑問に思う。犬、猫……ときて、その次に人間に飼われていると言える動物って。
「あの、ちょっと疑問なんですけど……酉奈さんって、鳥類の全権を背負っている、との話でしたよね?」
「はいっ! ワタシ鶏が全ての鳥類の代表となりますが!」
「例えば、インコとか文鳥は人間に飼われる人気の鳥ですけど、その人気も加算される……という解釈で合ってるんですか?」
そう、問題は鳥類の全権を持っているという酉奈さんだ。
この選抜において、一応彼はニワトリの化身であるものの、権利的に他の鳥の人気も影響するのではないかと思ってしまった。
「はてさて……! 考えもしませんでした! そうだった場合、もしかしてワタシ、イヌくんに並べたりします?」
「それは……さすがに不公平な気がするが……」
「そうだったら反則だろ!」
「まあその辺は、運営に聞いてみるといいのではないでしょうか! ちょうどそちらにいますよ!」
「え……わっ!? 鼬雲さん!? いつの間に」
「ご無沙汰です、配達しに来ました。はい、どうぞ」
気配でも消すことができるのだろうか、全然気が付かなかった。
酉奈さんの反対側の李卯さんの席に、選抜の運営の一員である鼬雲さんが座っている。
彼は戌慈さんに手紙を放り投げるようにして渡し、すぐさま立ち上がった。
「さっさと帰ります。また呪いをかけられてはたまらない」
「来鶏告光!」
「あっ」
だが時すでに遅し。素早く酉奈さんが鼬雲さんに照準を合わせて呪文を唱え、彼を何らかの鳥の姿へと変貌させてしまったのだ。
「……ピョー」
「はっ、その声は! アオゲラくん!?」
「あ、アオゲラ……?」
「キツツキの一種っすね。ほんと足止めだけは得意だよなお前」
「足止めだけとは失敬な! まじない呪いの発動妨害をお忘れですかー!?」
「あー、はいはい。それが有効なの今だけな。てか、犬っころはなんで黙って……」
「戌慈さん……?」
そのあまりの真剣さのせいだったのだろうか、申弥さんの言葉は続くことなく、立ち上がって戌慈さんの背後に回り込み、彼の持っている手紙を覗き込んだ。
「いたたたたたた! ああ、いい突きですね。ぜひそのまま完全にキツツキくんに!」
「おいトリ、イタチを戻せ」
「はて? いいのですか?」
「戻してくれないか、トリ」
「犬猿の意見が一致……! これはっ!」
いったい手紙にはなんて書いてあったのか。
キツツキに突かれる酉奈さんをよそに、申弥さんと戌慈さんが、深刻そうな表情で彼に呪いを解くように言う。
2人の意見が一致したことに驚いた彼はパチンと指を鳴らし、再びこの場に鼬雲さんが現れる。
「はあ……十二支付きにしなければよかった……」
「イタチ。どういうことなんだ……? この手紙、神様の書いたものじゃないぞ」
「はい? 俺は神様に手紙を届けるよう言われたんですが」
「コイツの言ってることはマジだ。気色悪いことに、邪神の筆跡がわかるからな」
「神様を邪神呼ばわりするな!」
「あーはいはい。問題は内容だ。この手紙で十干はバラバラにされ、各地に散らばったことは確定した」
「……ふむふむ! 人間のお悩みを解決すると、運が良ければ十干の力が手に入るかもしれない、と!」
会話の流れから分かることは、鼬雲さんが届けた神様名義の手紙が、神様によって書かれていないという事実だった。
手紙の内容については、俺は直接確認できていないが、十干についてと見える。
十干が各地に散らばった……とか、確か似たようなことを子音さんや李卯さんが言っていた気がする。
「すなわち神様は、弱体化したワタシたちが元に戻る方法をこの手紙に記したのですねえ! そして他の動物が十干を見つければ、ワタシたちに匹敵するようになる! いわゆる十干争奪戦!」
「だから違う、これは神様が書いたものじゃないぞ!」
「だからどうでもいいだろそんなこと。つーか、なんで人間に関わることと十干が関係すんだよ」
「心当たりないですか? 奇妙な人間について」
申弥さんは鼬雲さんの質問に対して眉間に皺を作る。奇妙な人間、俺たちにとってそれは、心当たりがありすぎる言葉だった。
「神様は、十干の欠片を一部の人間に埋め込んだ。そしてその人間は、いずれ何らかの災難にみまわれる。そこを救うことができるか、人間への対応力を見るんじゃないんですか? 詳しくは知りませんけど」
鼬雲さんがそう言いながら、足元に穴のようなものを出現させる。
彼が飛び込んだ瞬間、酉奈さんが腕を引っ張ったから、またもや中途半端に地面に埋まるような姿で止まってしまう。
「待ってくださいイタチくん! ワタシの人気計算についてはどうなるのですかっ!?」
「……代表系動物は、人気の合計を種類数で割ります。つまりは、ニワトリの人気だけでなく、他の鳥類の人気も上げる必要があるということですね。まあ、頑張れください。では」
そうして鼬雲さんは酉奈さんの手を払いのけて、穴の中へと消えて行ってしまったのであった。
何はともあれ、俺の酉奈さんに対する疑問は解消された。もっとも、新しい問題が浮上したが。
「……ほほう!? ワタシ今、さらっと信じられないことを言われませんでしたっ!?」
「トリ、君……大変だな」
「ま、ニワトリだけなら勝ち目ないだろ。逆にいいんじゃね? 良かったな」
「コケコッ……」
「「やめろ!」」
「我が君……どうしたらいいですかね」
「え、えーと……まずはすみません。手紙を見せていただいても? ちょっとついていけなくて」
酉奈さんに縋り付かれるものの、いまいち状況についていけない。
というか、さすが酉奈さんが陰なだけあって、2人も彼の呪いに怯えるんだなあと全く別のことを思っていた。
さて、手紙の内容を見ようと紙を見たところ、書かれているのは全て漢字で、漢文になっていた。
「え、何ですかこれ……」
「俺が要約しますよ。この手紙には、十干の欠片を手にすれば自分の五行を強化できる内容と、それを手に入れるために人間と関わることを強く推奨する文が書いてあるっす」
「十干を手に入れるために……人間と関わる……」
「というわけで精霊さん。俺たちの当番として、さっそく部活動見学、付き合ってくれません?」
「え? こ、この流れでですか?」
「我が君、サルくんは何の脈絡も無いわけではありませんよ! ネズミくんが言っていました! 人間と簡単に関われる方法は部活動入部だと」
「……悪いが、僕はいかない。セレンさま、すみませんが僕は所用がありますので、また今度お願いいたします」
「え、戌慈さ……」
「あっそ。んじゃ、行きましょう精霊さん」
「行きましょうか! 我が君!」
「わ、ちょっ!」
作り笑いのような歪な笑顔で部室から出て行ってしまった戌慈さんが気になったが、俺はただ見送ることしかできなかった。
申弥さんと酉奈さんに引きずられるがまま、俺は彼らの部活動見学へと連れて行かれてしまったのだ。




