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トゥエルブ・セレクション  作者: 上川央離
第3章 十干争奪編
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第58話 比和

「うわっ! 何だこのネズミは! ぎゃああああ!」


 子音さんが半動物化し、祈るように手を組めば、あの時プールで見たネズミの形をした水が何匹も海から飛び出す。


 こちらに向かってくる人魚たちに一体ずつに付き、足止めしているように見えた。


 そして、それぞれに対峙しているネズミたちは、自由自在に五行を変化させては攻撃し、人魚たちを海に沈めていったのだ。


「よし、セレン。話の続きだが、お前が見つけた北門の前……そこで何があった」


(このまま続けるんだ……)


 俺に向かい合っている子音さんの背後では、人魚たちの悲鳴が上がっている。


「えっと……7組の生徒が、俺の記憶を操作した張本人だったんです。それで、もう一度記憶を奪おうとしてきて……」


 結局、俺は何のために襲われたんだろう。スイレンさんが助けてくれたとはいえ、当時の記憶は判然としない。


「ヒツジの呪物を壊したやつか。普通の人間じゃねーことは明らかだな」


「羊の呪物……? あの、それって何のことですか? 亜未さんに関係するものですか?」


 どうしてか俺がそう聞けば、子音さんは目を見開いて、表情を強張らせる。彼の言っている羊の呪物って、何だろう。


「おまえ……」


「えっと……? どうかしましたか?」


「いや……そいつが記憶を奪おうとしてきたって話だが、どういう術を使おうとしてたんだ?」


「ええと、一筆書きで描くような星の模様が、人の形のような白紙にあってですね。それが、俺に向かって襲いかかってきた……はずです」


「五芒星……だと」 


 子音さんが足で素早く、砂浜に星の模様を描き円で囲む。


「おい玄武、お前、陰陽師と接触していた時期があっただろ。そんときのことを教えろ」


 砂浜に手をついて、子音さんは何かに語りかけていた。玄武、と言えば、確か亀と蛇が合わさった神では。


「チッ。俺が十二支じゃねえ以上、返事するわけねえか」


「子音さん。玄武って……」


「北の方位、冬の季を司る天の将だ。昔、人間に力を貸していたのを見たことがあったんだ。お前の言う、五芒星の描いてある紙を介してな」


 そうだ。俺は知っている。玄武を始めとした、陰陽師に力を貸したという式神、その名も、「十二天将」。

 

「それってもしかして……十二天将……ですか?」


「あ? なんで天将は知ってんだ?」


 陰陽師と彼らは、関わりが深い。子音さんが星の模様を見て反応したことを考えると、俺を襲った犯人は、陰陽師である可能性があるってことなのか。


「まあいい。セレン、とりあえずその12の天将のうち、東西南北を司るものを言ってみろ」


「あ、はい。えっと、順番に青龍、白虎、朱雀、玄武……ですかね?」


「合ってやがる……お前、頭打ったか?」


「お、俺もよくわかりませんけど、パッと頭に出てきたんです!」


 いや待てよ。これっていわゆる四神というやつで、人間の世界でも、有名じゃないか。


 まさか人間の記憶……いや、十二天将なんて言葉、今まで頭の中に一度だって出てきたことはなかったはずだ。


「やっぱり記憶をいじられたな。すぐに帰って、ウシとヒツジに診てもらうぞ」


「は、はい。でも、どうやって帰るんですか?」


「あの門をくぐれば、十二将側に戻れるはずだ。お前もそこから来ただろ」


 子音さんが指を指し示した方向、そこには浅瀬に浸かっている門がある。


 子音さんが現れたとき、彼が海側から現れたのは、そこからこちらに来ていたからなのか。


 しかし、なんだろう。門のあたりに、何がいるような気がする。


「し、子音さん、何かあそこに」


「五行相生・水生木(すいしょうもく)生火生土(しょうかしょうど)」


「え……? うわっ!?」


 一瞬のことだった。まるで弓矢から矢が放たれたような速度で、水の塊のようなものがこちらに迫ってきていた。


 とはいえ、それは俺たちには届かず、子音さんが素早く唱えて生み出した土五行が受け止めて泥にし、その場に落ちる。


 陽式の五行だから相剋というわけではないのだろうが、土五行は水五行の性質を打ち消すということがよくわかる。


「わあ! さすが元十二支! 反応速度すごいね! やっぱりそこら辺の動物とは格が違うや!」


「ば、万渡流歌さん!?」


 パチパチパチパチと拍手の音が聞こえたかと思えば、門の上に、イルカの化身である万渡流歌がいた。


 彼は確か、スイレンさんと一緒にいたときに現れて帰ったはず。どうしてここに戻ってきたんだ。


「しつけーな……魚らといいお前といい、億が一にも俺に勝てたって、精霊がいなければ減点だぞ? バカなのか」


「減点されたってだいじょーぶ! だって俺、人気者だし! それよりさ、遊ぼうよ」


 彼はそう言うと門の上から海に飛び込み、その行方を暗ます。かと思えば、一気に海面から水飛沫が上がり、それはイルカの形を成していた。


 遊ぼうと誘う言葉は、子音さんに勝負を挑んでいるということに他ならない。


 数十頭ほどのイルカがこちらに勢いよく向かってきていることが、その事実を突きつけている。


「子音さん……! イルカが……!」

 

「ふーん、俺と同じ陽式水五行か……セレン、比和って言葉は覚えてるか?」

 

「ひ、ひわ? 知らないですけど……」


「はあ? 天将なんて知っておいて、それは覚えてねーのかよ。はっ、中途半端だな」


「ええ……」 


 しかし、子音さんはいつもの調子を崩さない。俺に新しい言葉を提示しては、その言葉を知らない俺を小馬鹿にしたように笑う。


「教えてやる。五行は、同じ属性が合わさると力を増す。そんで、強い方に引っ張られて増幅するんだ」


 万渡流歌は、子音さんの五行術のように、イルカを水で象って操っていた。


 明らかに水五行ではあるし、同じ属性と言えるのだろう。


「あいつの出しているイルカは俺と同じ陽式水五行。そのことを踏まえて、陽力が上の、俺の水五行をぶつけたらどうなると思う?」

 

 海面をたった1匹のネズミが走っていく。数十頭のイルカはそのネズミを取り囲み、一斉に攻撃にかかった。


 子音さんは自身の方が上だと言うが、大きさも数もあちらの方が上だし、強い方に引っ張られるとはどういう意味なのか見当もつかない。


 イルカの群れはネズミに一斉に襲いかかり、大きく水飛沫が上がる。


 まさか子音さんの水五行が負けたのではないかと思ったが、次に見えたのはイルカの背鰭に乗ったネズミだった……絵面が大変可愛い。


 サーフィン感覚なのだろうか。ネズミは身体を傾け、他の周りのイルカをどんどん吸収しては、万渡流歌の方に突っ込んでいった。

 

「あれ? なんで君たちこっち来てるの? って、わー!」


 結局彼は、自身で作ったはずのイルカたちにぶつかられて、遥か海の向こうに流されてしまったのであった。


 なるほど、比和という術は、同属性かつ、相手より自分が強ければ、五行を自分側のものとして奪うことができるんだ。

 

「はい、終わり。帰んぞー」


「子音さんって……強いんですね……」


「当たり前だ。十二支首席だぞ、1番強いに決まってるじゃねーか」


 いずれかの申弥さんが、十二支で誰が1番強いのか、という話題は口にしてはいけないと言っていたことが頭によぎる。


 その記憶を思い出せたことに安堵しつつも、スイレンさんの言う、第三勢力への不安が胸に募っていくばかりであった。

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