第57話 海遊
「間一髪、記憶の方はいじられなかったかもですね。しかしなぜ、人間がなぜあれほどの呪いを使っているのやら。恐ろしい、恐ろしくてたまらない……!」
五志精霊は感情を司るとは聞いたけど、このスイレンという精霊は……恐怖だろうか。
とはいえ、顔が明るくなったり暗くなったりと情緒は不安定。今だって、俺をそっちのけで百面相している。
「あのっ!」
「わあああ! すみません!」
今まで会ってきた精霊からは、胡散臭い、ガラ悪い、キャピキャピした、落ち着いている……など他者多様な印象を受けた。
ただ、このスイレンは……どこか俺と似ている。
俺が声をかけただけで飛び上がり、尻もちをついては制服を砂で汚す。
緊張しいというかビビりというか、他の精霊にはあった風格というものを彼からは感じなかった。
「……あの、スイレンさんは、俺を助けてくれたんですよね。ありがとうございます」
「か、感謝されるほどのことでは! しかし兄様、ちゃんと十二支のことについて思い出せますか!? 例の呪いが掠っていませんか!?」
スイレンさんに手を差し出すと、彼はその手を取ることなく勢いよく立ち上がっては、俺に鼻先くらいまで近づく。
勢いよく俺の肩を揺さぶり訴える姿から、どうしてここまで俺のことを心配してくれるのか困惑しつつも、俺は彼に返答するべく口を開いた。
「だ、大丈夫です……ちゃんと、覚えてますよ」
「支合!」
「え、相性が良い十二支のペアですよね」
「三合!」
「相性が良い十二支の3人組……」
「方合!」
「あ、方角や季節? を表す3人組だとか……」
うん。ちゃんと、憶えている。元十二支に教えられたことも、ちゃんとわかっている。
ホッとしているスイレンさんに釣られて、俺も安堵した。
「よかった……不安だとは思いますが、元十二支さまがすぐに兄様を迎えに来るでしょう。あの方々も、あなたを守れなかったことを悔やんでいるでしょうし、きっと今にでも現れ……」
「スイちゃーん!」
「わああああっ! ルカくん!?」
突然、海から人間が飛び出てくる。スイレンを知っているということから、何らかの動物に対する違いなかった。
「驚かさないでください! それに、なぜこんな海遊の端っこに君がいるのです!?」
「んえ? スイちゃんに教えてもらいたいことがあって〜、泳いできたんだ。あ! 誰この人間! つついて遊んでいい?」
「ダメです! 前にも言いましたがフグも人間もつついて遊んではいけません!」
「い、イルカ……?」
フグをつつくという言葉から、脳内にイルカのイメージが思い浮かんで、思わず口にしてしまった。
ルカと呼ばれた人間は、俺を見て微笑む。それはそれはとても愛嬌のある笑顔で、人を惹きつけるものだと思った。
「あっ、人間にバレたら失格なんだっけ? 俺はイルカじゃないよー、人間だよ〜」
もうそれは自白しているだろうに……スイレンさんが頭を抱えていて、その様子に共感してしまう。
やはり俺だけじゃない。動物の化身に振り回されているのは。
「海遊学園1年、人間の万渡流歌でーす。で、スイちゃん。この人なーに? スイちゃんが関わってるってことは、ただの人間じゃないんでしょ? ねえ、そうだよね?」
「それ以上近寄らないでください自分をつつかないでください」
確かに、俺の正体は人間ではない。だから、俺が彼をイルカだと指摘しても失格ではない。
だけど、本当に人間に正体がバレてしまったのなら、どのように失格になるのだろうか……?
「ねえねえ、君が思う1番人気な動物ってなーに?」
「え……」
考えごとをしていれば、至近距離にイルカの化身が。あ、精霊と同じく距離感がおかしい。
「わあわあわあわあ! 兄様から離れてくださいっ!」
「へえ、スイちゃんのおにーさんってことは、精霊だよね! あーよかったよかった! こんなところで失格になるわけにいかないしー。あ、君の言うとおり、俺はイルカだよー!」
「そ、そうなんですね」
なるほど、彼は俺の正体を探っていたのか。わざと俺に近づいて、スイレンの反応から情報を引き出そうとした。
彼の深海のような底知れない黒い目が俺を見る。何を考えているかわからなくてどうにも気味悪く感じた。
「あ、迎えが来た! 誰が早く学校に戻れるか競争しよー! じゃね! 精霊さんたちー!」
結局、万渡流歌は、海の向こう側からやってきたイルカの群れに呼ばれて、一緒に帰っていった。奔放で、海の波のように掴みどころがない。
「な、なんていうか、すごいですね……さすが海の人気者というか」
「無邪気に見えて賢いので厄介です……十二傑候補です」
「じゅうにけつ……?」
「はい。兄様の以外の精霊は、元十二支に匹敵する動物12匹、すなわち十二傑を選定しなければならないので……」
「ああ……例の……」
そうだった。俺以外の神様の分身は、元十二支に匹敵する動物を選定しているんだった。
コレンとかまだ好意的な精霊がいたせいで、警戒心が薄れていたが……いずれは、全員敵になるんだ。
「……ただ恐ろしいことに、本来動物の戦いですが、この選抜という混乱に乗じて、第三勢力の存在があるかもしれません……」
「さっき俺を狙った人、だよね……」
「初めは神様が選抜の障害物として用意されたとは思いましたが、違うような気がしますね……特に兄様に執着しているように見えるのも、不可解な点です」
確かに、俺を襲った女子生徒は、一体何を目的としていたのだろう。俺から記憶を奪って、元十二支を多少なり不利にするためなのか……
「……スイレンさん。五志精霊は、俺が選抜の全てのことを知っているって言うんだ。助けてもらっちゃったし、話したくない、話せないのなら答えなくていいけど、もし知っていることがあれば、教えて欲しい」
俺は、選抜のことを知らなすぎる。ただ、元十二支、五志精霊みんなが、俺の記憶を重要視している。
狙われるなら、理由があるはず。スイレンに対して選抜のことを聞けば、彼は気まずそうにしながらも話し始めた。
「……実のところ、自分はあなたに会って、この選抜の目的を教えていただくつもりだったんですよ。多分、他の精霊もそうなんじゃないですかね」
「えっ……いや、なんか全員、意味深なこと言ってただけなんだけど……しかもカレンさんに至っては、スイレンさんに十干がどうなってるかは口止めされてるって言ってたり……?」
「ええっ!? そんなわけっ!? あっ……カレンは自分のことを好きじゃないので、虚言ですかね。自分が知っているのは、十干様の代わりが自分ってことだけですし」
「ええ……」
そういえばカレンは火でスイレンは水というように、彼らは五行に対応しているわけだし、相性も反映されるというわけか……
「ご期待に添えず申し訳ないです……ただ、元十二支を担当する精霊が、この選抜の目的を知っているということだけは、自分の記憶の片隅にあったんです」
「なるほどな」
また海の方から声が聞こえたと思いきや、そちらを見れば見慣れた姿が視界に入る。
「え……子音さん!? な、何で海から出てくるんですか……?」
「ああああ!? 総大将さまーー!? なんでここにーー!?」
スイレンはまた飛び上がって驚き、尻もちをついている……
「んな驚くことかよ。さっき自分が言ってたこと忘れやがったのか? ……セレン、帰るぞ。運動会はもう終わった」
「はい!? そんなに時間経ってたんですか!? あ、ちょっと、まだスイレンさんとお話が……」
子音さんは強引に俺の手を引いて、スイレンから引き剥がすように距離を取る。
「壬と癸の代理精霊、うちのが世話になったな。だが、お前の担当する動物が俺らにケンカを売るのなら容赦しねえ。それだけは覚えとけ」
「わ、わわわわわわわかりました。あ、兄様、ではまた……」
「えっ、スイレンさんそっちは海……!」
「気にすんな。あいつは水の精霊なんだからよ」
ちょっと可哀想だ……ただでさえビビりなのに、子音さんから威圧されてしまうなんて。
帰り際、慌てて海の中に潜り込んで消えてしまったので心配したが、子音さんの言うとおり、確かに彼は水の精霊でもあるから、きっと杞憂なのだろう。
「そ、そうですね……あの、子音さん。こちらにどうやって来たんですか?」
「……気づいたことがあってな。それを踏まえて聞きてえことがあるんだが」
「は、はあ……?」
急に現れたかと思えば、聞きたいことがあるという子音さん。俺に向かい合って、珍しく何かを言いづらそうにしている。
どうしたのだろうかと声をかけようとしたとき、パシャンと何かが跳ねるような音が聞こえたかと思えば、群れをなした何かがこちらに向かって迫っていた。
「十二支の総大将を討ち負かせば、大得点が貰えるのは間違いない!」
「かかれーーー!」
「な、何ですかあれは!? 半魚人!? 人魚!?」
海の向こう側からこちらに泳いできている何かには、色とりどりの鱗が全身に浮かび上がっている。
予想できることは、その姿形から、彼らが何らかの魚の化身たちではないかということ。
しかしまさか、魚も選抜の対象だというのか……!?
「チッ、スイレン……アイツやりやがったな。こちとら雑魚どもに構ってる暇ねーんだよ」
子音さんは舌打ちして、少々乱暴にパチンと手を合わせた。彼は、戦う気だ。
魚たちに包囲され、多勢に無勢という状況と言っても過言ではないのに……やはり子音さんが負けるという未来は、全くもって想像できなかった。




