第56話 かりもの
「位置について、よーい、ドン!」
号砲がなって俺は、お題の入っているであろう箱へと駆け出す。
記憶の人間は、文武両道だったというだけあり、実際今の俺の足は速かった。
他の生徒を差し置いて1番最初に箱に到達したので、早速箱の中からお題が書かれているらしき紙の切れ端を取り出す。
「……北門を触って戻ってきなさい?」
「おーっと、固まっている! いったいどんなお題を引いたんだー!?」
書かれていたお題は、なぜか物を借りるという行為を行わないものであった。
借り物競走ではなくないかという疑問が頭の中を占める。
しかし俺がモタモタしている間に、他の生徒はお題達成のためにこの場から去ってしまうだろう。
せっかくならば、勝ちたい。ツッコミどころは多かったが元十二支は運動会を楽しんでいたし、俺だって同じように、ちょっとは人間の行事を楽しんでみたいのだ。
「すみません! 北門ってどこですか!」
「なんとお題は北門!? ここから結構遠いぞー!?」
「えっ!? 遠いんですかっ!?」
思い切って声を上げてみれば、運営陣が反応し、北門がある場所が遠いことがわかる。
「一神ー! 校内図やるよ! 北門はあっちだー!」
「あ、ありがとう! とにかく俺、行ってくるよ!」
困ってキョロキョロしていれば、親切な同級生が俺の元に校内図を持って走り込んで来てくれた。
何というか、この学校の生徒は神様より神様に見えるというか、いわゆる民度というものが高いと言うべきか……元十二支の奇行を受け入れてくれることもあり、器が大きいなあと何度も思う。
とりあえず俺はそのクラスメイトから校内図を受け取り、それを頼りにして北門へと急いで向かっていったのだった。
「んー……おかしいなあ、お題に北門に行くなんてなかったと思うんだけど」
校内図によれば、十二将の北門は運動会が開催されているグラウンドからは相当遠く、ほぼ真逆の方向と言って差し支えない。
運動神経はあるかもしれないが、体力はない俺はだんだんと気力を奪われていた。
「き、北門……遠いな……」
「メ、メェ……!」
「あっ、羊の人形くん。ど、どうしたの? 元十二支に何かあった……!?」
疲れ果てている俺の目の前に、焦った様子の羊の人形が現れる。
まるで狼にでも見つかってしまったかのような慌てように、俺は元十二支が何かやらかしてしまったのかと焦ってしまう。
「メ……メメッ!」
「え……」
瞬きもしない間だった。
羊の人形は、俺を庇うように前に出たとと思えば引き裂かれ、胴体からワタがこぼれ、地面に落ちる。
ぴくりとも動かなくなってしまったその残骸を、俺は立ち尽くして見ていることしかできなかった。
しかし、後ろからヒヤリとした空気を感じ取って、俺はバッと振り向く。
「あーあ。十二支はこんな小細工しかできなくなってしまったのね。あなたのせいで」
そこには十二将の制服を着た女子生徒がいて、俺を見てイタズラっぽく笑っていた。
どこかで会ったことがあるような気もしたが、名前などを思い出すことはできない。
「あ、あなたは……?」
「クラスメイトなのにわからないなんて、薄情ね。まあ、わからないようにしたのは、私だけど」
「は……?」
「ねえ、そんな何の能力もない借り物の器で、何をしでかそうとしているの?」
「さ、さっきから言っている意味がわからない! 一体何なんですか!」
「あー、記憶がないとめんどくさいね。あの方からも了承は得たし、事が早く動くように記憶を戻すか……いや、いっそのこと、何も思い出せないようにしちゃっても……」
今の状況も、彼女が言っていることもわからない。ただ、ぐるぐると思考が混乱する中で、早く逃げなければと本能が警告するのだけは感じ取っていた。
逃げようとしたところで、人型のような形をした白紙が、俺の身体に張り付く。
すると、ずぶ濡れになった服をそのまま着用しているような、気持ちの悪い感覚に襲われ、一気に身体が重くなって、その場で身動きが取れなくなる。
彼女の周りにも同じような人型の白紙が何枚か浮いていて、星の模様が浮かび上がって光っている。
ああ、なんだっけ。この一筆書きで描けるような星の形、何かを意味していたような。
確か、たしか……
(思い出せない……)
正気を吸い取られでもしているのだろうか、意識が遠のき身体がふらつく。
縋るように近くにあった壁に寄りかかって、どうにか身体が倒れきらないようにすることしかできない。
そうして、何かに引っ張られるような感覚と、目の前の彼女の表情が驚いたものになったような気がしたのを最後に、俺は意識を手放してしまった。
――それから、どれから時間が経ったのかはわからない。
波が寄せては返すような、ザザーンという音が耳に入って、俺は目を覚ました。
目の前では、水兵さんが着るような服を纏った人間が、心配そうな様子でこちらを覗いている。
「あっ……目が覚めましたね」
「え……ここは」
「ここは海遊と十二将の境目です……」
「か、かいゆう……? あ、あなたは……?」
まだ意識がぼんやりとする中、俺が目の前の人間にその正体を問えば、彼は緊張しているのかどもりつつも、自己紹介をしてくれた。
「あっ。ええと、自分は五志精霊にして、十干の壬様と癸様の代理精霊、二神スイレン。兄様の次に神様により生み出された精霊です」
五志精霊……何だっけ。
たしか、十干とかいう五行を司る精霊が、何らかの原因で消えちゃったとかで。
それで、その代理をするとかなんとかが、五志精霊……たしか名前が、ドレン、モクレン、カレン、コレン、スイレ……
「ご、五志精霊!? スイレンさん!?」
そうだ。思い出せた。唯一まだ会っていない、水五行を司る十干、壬と癸の代理精霊。
俺が叫んで起き上がれば、スイレンさんはパアッと顔を明るくする。
かと思いきや、すぐにその表情が対照的に暗く沈んでいったので、俺はこの精霊も様子がおかしいのだと察したのであった。




